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世界はこう変わる

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2011年6月 9日

ユーラシア情勢メモ 2011年4月

これまで中央アジア情勢メモを続けてきたが、これを旧ソ連圏を中心とした「ユーラシア情勢バロメーター」と改名し、旧ソ連圏を中心としたユーラシア情勢の主要方向、不安定要因、そしてそれが日本と世界に対して持つ意味などを分析していくこととする。これまでのユーラシア情勢の基本については、http://www.tkfd.or.jp/eurasia/turk/report.php?id=121を参照していただきたい。

本件資料は東京財団のサイトに掲載しているが、記録のためにここに1カ月遅れでアップしていくものである。

ビン・ラーディン殺害の影響
ラーディン殺害後、オバマ政権が外交政策をどう変えるか、明確なラインはまだ打ち出されていない。しかしおそらく最も注目するべきことは、オバマ大統領が就任当初から「米国はイスラム教そのものと敵対しているのではない」ことを明確に打ち出し、年初来続く中東諸国でのデモにおいても、現地社会を敵に回すような対応を避けたことにより、「敵としてのアメリカ」像を忘れさせることに成功しつつあると見られることである。
これは、米国が中近東で憎まれていなかった第2次世界大戦前の状況を想起させるものがある。但し、米国の政策がイスラエルに引きずられた場合には、米国への憎しみは容易に蘇るであろう。
なお、アフガニスタンをめぐる情勢については、次の方向がほぼ明らかである。

①アフガニスタンへの軍事物資の輸送路としての、ロシアと中央アジア諸国の有用性は低下する。米国、EU諸国はロシア、中央アジア諸国に対し、人権面等での要求を強めやすくなった。

②アフガニスタンが不安定なまま米国、NATO軍が撤退すれば、中央アジア諸国、特にアフガニスタンと国境を接するタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンは、ロシアに安全保障面で支援を求めざるを得なくなろう。タジキスタンは既に、対アフガニスタン国境警備強化のためにロシア国境警備隊を呼び戻すべく(右国境警備は2005年に、ロシアからタジキスタンに移管されている)交渉を進めていると報道されている。
 また、米軍によるキルギスのマナス空軍基地の賃借(アフガニスタンへの物資補給中継用)継続の是非も問題となるだろう。

アフガニスタン周辺以外に視野を広げると、次の点が注目される。
①オバマ政権は、これまで進めてきたロシアとの「リセット」(ブッシュ時代の過度とも言える対ロ圧力を弱め、代わりにイラン、アフガニスタン問題等でロシアの支援を得る政策)政策を続けるかどうか。米国が今後、ロシアに対して人権面等での要求を強めた場合、米国との「リセット」に自分の政治生命を賭け、西側によるリビア攻撃を容認さえしたメドベジェフ大統領は、2012年再選の可能性を大きく失うこととなろう。

②オバマ政権は国防費削減を実行し、核兵器撤廃という最終目標実現をめざしての対ロ交渉を続けるかどうか。続けるのであれば、米国の政策は父ブッシュの湾岸戦争後、クリントン政権が軍需削減を実行した時代のものに類似してくる。当時、軍需産業は大幅に縮小され、IT、金融、バイオ、医療機器等の新分野が台頭した。また、1985年以来のドルの大幅切り下げは5年間で輸出を倍増させ好況を現出したが、これも今回に似ている。

中東諸国のデモは旧ソ連諸国に波及しないのか?
中近東諸国における政府批判デモの動きは、旧ソ連諸国にはまだ広がっていない。だが、同種の動きは、もともと旧ソ連諸国の方が本家なのである。1989年頃エリツィンを担いだモスクワ市民の民主化要求デモがその皮切りだし、2003年にはグルジア、2004年にはウクライナ、2005年にはキルギスで選挙結果に難癖をつけてはデモを展開し、政権を倒す「カラー革命」(オレンジとか桃色とか、種々の色をシンボルとして実行されたため)が相次いで起きたこと、そしてその結果は果てしない利権争いと権威主義的統治の復活でしかなかったことが、忘れられている。

ロシアでも、モスクワでの大停電等、インフラの崩壊現象が顕著であった2005年の春には「ロシア版カラー革命が起きる」との観測が高まったが、原油価格高騰で情勢は安定化した。また中央アジア諸国の一部は、ウクライナやグルジアで西側諸国のNPOがカラー革命を指南したのではないかと疑い、これら団体の活動を強い監視・統制下に置くようになった。

従って、①国民がかつての「カラー革命」の結果に幻滅していること、②当局による規制が厳しいこと、③中央アジアにおいては中産・知識階級の層が薄く、しかも政府への依存度が大であること、④インターネットは中央アジアの一部諸国では厳格な統制下にある等の要因によって、旧ソ連諸国における反政府デモは盛り上がっていない。
散発的な動きはあり、たとえばアゼルバイジャンでも4月には首都バクーで小規模の集会があったし、ウズベキスタンでも聞いたこともないような団体がインターネットで反政府行動を国民に呼びかけている。

旧ソ連圏諸国の安定度
(1)ロシアでは2012年3月の大統領選挙を前にして、メドベジェフ大統領とプーチン首相のどちらが出馬するのかが注目されている。もっとも、これは両者の側近にとっては死活の問題だが、ロシア社会は醒めている。メドベジェフ大統領がリベラル勢力に心地よいことを言い、他方プーチン首相が実権をしっかり保持した上でパンと安定を求める大衆をしっかりつかむ、そして原油輸出収入に支えられたぬるま湯の安定の中で改革は進まず、政治家・官僚は腐敗にまみれるという現在の政権の性質は、見た目に明らかだからだ。ロシアの大衆はそれでもいい、メドベジェフでもプーチンでもどちらでもいいから早くプーチンに決めてもらいたいという心境なのであろう。

しかしその大衆ですら、与党「統一」を見限りつつある。ソ連時代の共産党にも似て、「統一」(プーチン首相が党首)は行政官僚の集合体になりつつあり、議会では単なる御用政党でしかない。そして有利な役職を独占しては、腐敗の限りを尽くしているように見える。大衆にとっては以前の皇帝に相当するプーチンさえいれば十分なのであり、その取り巻きに相当する政党は替えても構わない。従って「統一」は、今年末の総選挙では苦戦するであろう。そのため一部では、政権は大統領選挙を総選挙の前に前倒しすることによって安定を維持しようとするのではないか、との観測も流れ始めている。

(2)ロシア経済
原油価格の再びの高騰で、ロシアの株価は2008年夏以来の高水準を取り戻した。財政赤字も減少するだろうが、輸入が急増しつつあることが成長の足を引っ張る。4月22日クドリン蔵相がロシア産業・企業家連盟でのスピーチで言ったように、「原油価格をいくらに想定しても、(価格が低下すれば輸入が減少し、上昇すれば輸入が増加するので)ロシア経済の成長率予測は変わらない。原油輸出はロシア経済の成長要因ではなくなった」のである。

さりとて、ロシア独自の製造業は望みがないし、中国の例にならって道路建設への大投資で成長率をかさ上げしようとしても(4月20日下院での演説でプーチン首相は本年道路建設予算を40%増の約2兆円とすることを公表)、セメント不足、横領などの障害にぶち当たることが確実である。

(3)旧ソ連諸国
旧ソ連諸国の中で大きく不安定化している国はないが、目立つ点は次のとおりである。

①2008年世界金融危機のあおりに苦しむウクライナは、IMFやEUから資金援助を得るために一連の緊縮政策を行わざるを得ない。その苦しみを和らげるために、ロシアからの天然ガス輸入価格引き下げを狙っているが、ロシアはその代わりにウクライナ国内のガス・インフラをガスプロムに譲渡すること、ウクライナがロシア・ベラルーシ・カザフスタンが構成する関税同盟に加入することを要求している。そしてこれら全てにウクライナ国内の政争が絡んでいる。構図は複雑だが、ヤヌコヴィチ政権は前ユシェンコ政権とは異なり、対ロシア、対EU関係をうまく操りつつ落とし所を探っていくであろう。
②キルギスも、債権棒引きの代わりに関税同盟に入ることをロシアから求められたらしく、政府は2012年1月にはこれに加入すると表明した。もっとも、海千山千の同国政府がこのまますんなり加入するかどうかはわからない。産業に乏しいキルギスでは、中国から無関税で消費財を輸入し(双方ともWTO加盟国)それをロシア、カザフスタン等に転売して生活費を稼ぐ者が多数いるため、この面での利益が維持されることが、関税同盟加入の前提条件となるだろう。

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