Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2010年11月 4日

9月のロシア 経済情勢

世界金融不況で原油が下がり、西欧からは(低利の)借金ができなくなったロシアは、2008年9月からGDPを7%近くも落とした。原油輸出依存のもろい経済体質が露わになったのだが、たとえば北海道大学の田畑伸一郎教授が予測したように大崩れはしなかった。そして今年になると原油価格の上昇もあって、ロシア経済は在庫の積み増しを原動力にふたたび成長へと向かいだしている。問題は製造業の伸びに勢いがないこと、輸出より輸入の伸びの方が大きいこと、そしてプーチン首相の人気取り政策で社会保障支出が急増していることがインフレを激化させ、今年は公称8%にも達しようとしていることなどだ。既に書いたように、地下鉄の料金はこの2年で2倍以上にもなっている。

ロシア政府の経済政策には矛盾がみられる。あふれるオイル・マネーが国内でインフレを起こすのを防ぐために、政府は石油企業への徴税強化でこれを吸い上げ、将来の経済危機に備える安定化基金として貯蓄してしまう(不胎化)のだが、この数年はこの安定化基金を取り崩して社会保障支出にあてたから、インフレが起きた。

こうして消費のための支出は増えても、投資資金の供給は足りないので、市場金利は20%に近い。ビジネス・スクールの学生たちは異口同音に、これでは事業ができないと不平をならす。ところが政府はこの頃では、年間5%ほどにのぼる財政赤字の穴埋めをするために、これまでの外債発行に代えて、国内資本市場で起債する方向に転じた。これでは国内の資金不足はますます高じる。つまりロシアの富は消費・福祉にばかり使われ、投資に向かう余裕がないのだ。

政府は財政赤字を埋めるため、国営企業の株も売りだした。これを「ロシア経済の民営化」と評価する向きもあるが、国家は国営大企業の多数株をこれからも維持する。だからこれは民営化ではなく、国有財産の切り売りでしかない。国営である以上、ロシアの企業の経営は効率的にならないだろう。
他方、官僚にとって実入りが少なそうに見えた業界は民営化率が高いそうで、たとえば薬品業界の多くは民営企業、しかもなぜかユダヤ系が多いのだそうだ。

企業の所有権が暴力的に奪われるケース(Raid)が相変わらず報じられているが、これは白昼覆面でオフィスに押し入って登記書を奪うというような原始的なものはもう過去のものとなり、不良債権の抵当を銀行から安く購入する等の合法的な手段で行うことの方が多くなったそうだ。

今回、日本大使館とモスクワ大学ビジネス・スクールが主宰して、「日本とロシア・製造業が生き延びる道」と題するシンポジウムをやったのに出席した。そこには世界的アルミの大手ルスアルの傘下、重電・機械大手の"Russian Machines"の社長(30代後半に見えた)が出てきて、次の面白いことを言った。

①機械生産において、エネルギーは以前は原価の2%にしかならなかったが、エネルギー価格上昇のために現在では10%にのぼっている。

②これまでロシアはソ連時代の技術の蓄積でやってきたが、これがさすがに古くなり始めた。それでも、ヘリコプターや航空機においては、ロシアの技術は未だに強い。

③(モスクワやサンクト・ペテルブルクでは労働者が高い賃金を求めて職場を転々とするが)ニジニノヴゴロドのような地方都市においては労働者、エンジニアとも職場に対してより真剣である。(これは、日本の企業も地方都市で工場を建設した方がいいのかもしれないということを意味する

モスクワ大学のビジネス・スクールで僕は「世界はどこからやってきて、どこにいて、これからどうなるのか」を基本テーマとして、産業革命前後の世界経済史、通貨の歴史を講義しているのだが、学生には同時に起業のためのビジネス・プランをグループで作らせている。
その結果、観察できたことは次の諸点だ。

学生たちのビジネスについての知識には高度なものがある。これまでのように、西側や日本で生まれた者が自分達の生活、経済について語ればそれでも十分講義になった時代は、もうとっくに終わっているのだ。

②学生たちは、起業をめぐるロシアの現実、限界をよく心得ている。今回のプランでは製造業を志すものはほぼゼロ、みな機械は輸入したうえで洗車や学校制服の製造等、小規模のものから始めようとする。

そして機械や製品を輸入する場合には、彼らは中国かドイツ製品のことしか考えず、日本は最初からなぜか考慮の外になっている。太陽電池とかLED照明のように、日本が競争力を持っていると我々が思いこんでいる分野においてもそうである。彼らにしてみると、日本の製品は高いだろう、日本企業は自分たちを相手にしてくれないだろう、日本企業は決定が遅いそうだ、何を考えているかわからないし、という思いがあるのだろう。
そして中国の企業はインターネットの広告にあるメール・アドレスに学生が照会を送ると、上海が深夜でも直ちに返事を送ってくるのだそうだ。「小口の商売」や「得体のしれない連中」を馬鹿にするか、あるいは社内の官僚的手続きに縛られて、多くの一見の照会を無視しているだろう日本の企業に比べていじらしい。

④だが学生に、日本経済についての理解が足りないわけでもない。ソ連時代は、「日本では政府が経済に直接介入したからあれほどうまくいったのだ」という、計画経済を正当化するための、為にする日本経済「誤解」が広まっていたものだが、その点については現代の学生にもはや誤解はない。

⑤ロシアでは大衆レベルに、外国からの直接投資に対して相変わらずの敵意が見られる。「ロシアの石油を掘って安く持っていく」、「ロシアの自動車産業を駄目にする」というのが、彼らの典型的な意見である。だがビジネス・スクールでは流石に、この点について学生たちの間に異議はないようで、「外国からの直接投資はロシアにとってプラス」ということで意見は一致していた。

⑥他方、自国の「政府」については、態度が二つに分かれる。ひとつは「政府」というものはビジネスの邪魔になるもの、できればない方がいいものとするもので、他方は政府に低金利の融資などの優遇措置を期待する者である。
前者は、賄賂はもちろんのこと、認可手続きにどのくらいの時間がかかるのか予測不可能であることを、ビジネスの障害として指摘する。政府はこの点を改善すると言っているが、学生たちには改善の実が見えていないようだ。
他方後者はともすると、政府への依存ぶりが極端となる。政府のために働いてやる、だから融資を出せ、と言わんばかりの姿勢である。

賄賂なしにはビジネスが進まないロシアの現実も彼らは心得ており、ビジネス・プランには「予想外の出費」という項目の形で費用が計上してある

⑧真剣な学生がいる一方で、シニカルな者たちも当然いる。彼らはロシアの現実にさじを投げており、卒業後は外国に移住しようとしていることを隠そうともしない。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/1286