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世界はこう変わる

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2010年8月13日

欧州は分解するか? NATO篇

(長文です)
はじめに
5月、ギリシャ金融危機たけなわの頃は、欧州が分裂して露仏協商だの露独同盟だの合従連衡が渦巻いていた20世紀初頭に戻ってしまうのではないかと思えたものだ。そこでもう5月の末になるがブラッセルに行く機会があったので、EU、NATO関係者に会って直に感触を確かめた。

なぜ欧州が分裂すると思ったかというと、ギリシャ金融危機がスペインやポルトガルに飛び火した場合、ドイツ国民はそれを自分達の税金を使って救済することに反対して、ユーロが崩壊するのではないかと思ったからである。

またNATOの場合には、モメンタム(前向きの勢い)がなくなっている。ソ連崩壊以後のNATOは常にその存在意義を問われてきたし、オバマ政権がロシアとの関係「Reset」に乗り出した今、その論議はまた蒸し返されている。そのような情勢の中でフランスはNATOにあらかじめ諮ることもなしに、ロシア海軍に最新型強襲揚陸艦「ミストラル級」を売る商談を始めて、ロシア海軍の標的となり得るバルト諸国、グルジアなどからの反発を受けている。

そして米欧関係がますます相対性を強めている。欧州側はオバマが「アジア重視」であると思い込んですねているし、米欧同盟を担保する重要な材料だった戦術核も、米ロ間の新START条約が批准されれば、欧州からの撤廃を求める声が高まろう。
米国は、欧州を一つにまとめておく豆腐のにがりのような機能を果たしてきたので、米欧同盟関係が緩むと欧州内の遠心力の抑えがなくなる。
そうやって欧州で多極化世界が現出すると、それはアジアにも必ず及び、日本国内では米軍撤退を求める声が高まるだろう。

だが5月末のブラッセル出張で得た結論は、次の単純なことだ
①欧州は今、政治的・経済的・文明的にボトムにある。
②だがEUもNATOもそう簡単には崩壊しない。欧州諸国は、EUとNATOの存続に利益を持っているからだ。

以下、上記のことを敷衍する。懇談相手の名前は明らかにせず、総合的な分析とする。もう8月になるが、5月末以降大きな変化はない。

1.NATOがどうして日本に関係あるのか?
(1)NATOという名称を見ただけで、この文書を捨てる人が多かろう。遠い欧州のよくわからないこと――これが通り相場だから。だがNATOとは米欧同盟のことであり、欧州方面の安定の礎である。アジアでは日米同盟に相当する。
日米同盟が日本の安全にとってだけでなく、東南アジア諸国周辺地域の安定の礎でもあることは、普天間問題で不安定化した日米関係にこれら諸国の要人が示した懸念でよくわかっただろう。

だから欧州はいくら遠いと言っても、①米欧関係の緊密度、②NATOとロシアとの関係、③NATOと中国との関係、④NATO域外でのNATO加盟国軍の活動(たとえばアフガニスタンやソマリア沖でなど)などは、日米同盟にも直接響く切実な問題なのである。

(2)NATOは当初、ドイツの復活を抑え込むため作られた(よく"Germans down, Russians out and Americans in"の原則と言われる)。だが冷戦が激化して以来、NATOの使命は当時圧倒的優位を誇ったソ連の軍事力に対して抑止力を維持し、ソ連が攻撃してきた場合にはこれと戦う(特に西独を守ること)こととなった。
 従ってソ連が崩壊して以来、NATOはその存在意義を問われている。日米同盟の場合、軍事力を急速に増強し、政治的・軍事的野心を隠さない中国が隣にあるため、存在意義に悩むことはないが、NATOの場合は深刻だ。

それでも今のところ安泰なのは、①ロシアが未だ西欧文明とは異質のものを強くもっている、②NATOは全加盟国の意見が一致しないと決定ができない組織である。ロシアを入れると、グルジア、ウクライナなどロシア周辺地域で情勢が不安定化した時、NATOは何もできなくなる、③ロシアをNATOに入れた途端、NATOはその存在意義を失う(反中国同盟にでもすれば別だが)。ロシア軍もNATO司令官としての米国軍人の指揮下に置かれることを好むまい、④ソ連崩壊後NATOに入ってきたバルト・東欧・中欧諸国がロシアを恐れ、これに対する抑止力をNATOに強く期待している、⑤NATOの欧州側メンバーの軍備が十分でないために1999年のコソヴォ紛争などでは米軍の軍事力なければ意味のある作戦ができなかったこと、などの要因がある。

2.NATOとロシアが一緒になれない千の理由
(NATOとロシアの関係の詳しい経緯については、「岐路に立つNATO――米欧同盟の国際政治――」[2010年3月日本国際問題研究所]http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/h21_nato/natostudygroup20100331.pdfを参照願いたい)
(1)物質と反物質
この広い宇宙にはわれわれを構成する原子とそっくりだが、対象的な構造を持った「反物質」というのがあるそうで、これがわれわれと遭遇すると、プラス・マイナス打ち消し合って双方とも瞬時に消えてなくなるのだそうだ。NATOとロシアの関係にはそれと似たところがある、と今回言ったら、NATO関係者は大笑いだった。やはりロシアを心底嫌っているのではないのだ。
ロシアは何と言ってもヨーロッパ文明の派生物であり、本来は西欧が軍事同盟を作ってまで対抗しなければならないものでもない。冷戦が終わった今、NATOの存在意義は本当にわからなくなっているのだ。現在のロシアはおそらく、経済的にも軍事的にもかつての力を取り戻すことはほぼないと思われるだけそれはなおさらで、軍事大国をめざす中国を隣りに抱えるアジアとは、情勢が基本的に違うのだ。

(2)NATO解散が難しい理由
だから冷戦が終わった25年前から(考えてみれば、冷戦がDNAに入っていない外交官が大多数になってきたということか。My goodness!)、NATOを解体せよとか、ロシアをNATOに加盟させよという議論が何べんとなく繰り返されてきた。メドベジェフ大統領がロシア経済を石油依存から脱却させるための経済改革に重点を置き、そのために米国、欧州との関係を大きく好転させようとしている現在、NATOの存在はますます時代錯誤に見えかねない。だが、NATOが自ら解体することは次の理由から難しい。

①NATOがないと、欧州諸国の多くは核の傘を失う。英国やフランスが、他国防衛のために自国の核ミサイルを使うかどうか、保証がない。ロシアは多数の長距離核ミサイルの他に、手軽に使える戦術核を数千発も持っているのだ。

②NATOは全会一致でないと、決定ができない組織だ。ソ連崩壊後NATOに加盟したバルト・東欧・中欧諸国にとっては、ロシアからの軍事的脅威はリアルな問題なので、解体に賛成するはずがない。北極圏をロシアとともに取り巻く諸国も、NATO・ロシア接近に慎重であるようだ。北極圏海底の資源をめぐって紛争が生じ得るとでも思っているのだろうか?

③そして他の西欧諸国も軍備に十分の予算を割いていないこともあり、一旦事があるとどうしても米軍に依存しがちだ。それは、1999年のコソヴォ紛争の際、如実に示された。NATOを維持し、米軍に欧州に駐留し続けていてもらわないと、いざという時米軍の参画は得られないかもしれない。

(3)ロシアのNATO加盟が難しい理由
ではロシアをNATOに加盟させるのはどうかと言うと、それも難しい。前記のように、NATOの決定は全員一致を前提とするので、ロシアが入ると実質的なVeto権を得てしまい、NATOはロシアの意に反することは何もできないようになる。ロシアとバルト・東欧・中欧諸国の間で紛争が起きた場合、NATOは加盟国間の紛争という、難しい問題を抱えることになる。
ロシアのインテリは西欧文明を最高度にまで身につけているが(ただし若い世代の教養水準は落ちている)、大衆は言うに及ばずロシア上層部の支配的メンタリティーは、accountabilityとか廉潔とか社会奉仕の精神から程遠いものである。ルネッサンス以来、自由と個人主義と豊かな経済をはぐくんできた西欧と、そうでないロシアの間には決定的なギャップがある。

(4)NATOとロシアは「敵でもなく友でもなく」
ロシアの国民的吟遊詩人ヴィソツキーに、「敵でもなく友でもなく、ただ・・・」という唄がある。NATOとロシアの関係もそれであり、決定的に対立することはないが、ある時は友に近く、またある時は敵に近い存在となることを繰り返していくのだろう。そして後述するように、そのゲームのなかでは中国というファクターが益々意識されるようになっていく。
今回の出張でロシアのNATO加盟について聞いた言葉は、①「"Never say 'never'."(以前、ソラナ事務総長が言った言葉)に尽きる」、「ロシアはNATOメンバーとしての要件(自由とか民主主義とか)を欠く」、「ロシアについては加盟でも敵対でもなく」などで、当面はロシアとの関係改善を演出していくつもりになっている。

(5)MDをロシアと「共同開発」?
その目玉としてラスムッセン事務総長が強調しているのは、「ミサイル防衛兵器(MD)をロシアと共同開発していく」ことである。ブッシュ政権はMDをポーランド、チェコに配備しようとして、ロシアから猛然たる反発を受けた。「このMDの実体は中距離ミサイルで、実の狙いはイランの核ミサイルよりロシアの核ミサイルだ。そのようなものがロシア近辺に配備されると米ロ間のバランスを崩すので、ロシアは到底受け入れられない」というわけだ。

オバマ政権はこの決定を大きく変えて、射程がはるかに短いミサイルをMDとしてポーランドに配備することとした。それは7月初旬、クリントン国務長官のポーランド訪問の際最終的に固まっている。これならばロシアが文句を言う理由はなくなるのだが、他面、「共同開発」の可能性も小さくなっただろう。ラスムッセン事務総長は梯子を外された心境ではあるまいか?

(6)仏製「ミストラル級」強襲揚陸艦の対ロ輸出
フランスがミストラル級強襲揚陸艦(ヘリ空母、艦隊司令機能を有する)をロシアに輸出する話が、もうこの1年ほどマスコミをにぎわせている。NATO加盟のフランスが旧仮想敵国に最新強力兵器を輸出すること自体センセーショナルだし(但し小火器、戦車用暗視装置などは既に輸出されている)、ロシア海軍の脅威に直にさらされるグルジア、ウクライナ、そしてNATO加盟のポーランドとバルト諸国にとっては許せない話だろう。

ロシアはソ連崩壊後、軍事技術面で重要な役割を果たしていたウクライナを失ったこともあり、潜水艦発射多弾頭戦略核ミサイル「ブラーヴァ」の開発実験に何度も失敗する等、軍事技術の低下が顕著である。また近年のインフレにより製造原価が上がったために、国防調達費をいくら増やしても装備の更新テンポは以前と変わっていない。この中で兵器調達を担当するポポフキン国防次官は、外国製兵器購入を積極的に進める意思を表明し、実行しているのである。

だが米国は、ゲーツ国防長官が強い懸念を示す一方でジョーンズ大統領補佐官はフランスに宥和的な態度を公言しており、立場が統一されていない。NATO事務局は「これはNATO条約に違反していない。仏ロ二国間の問題である」と言うだけで(これは右ジョーンズ補佐官の発言とほぼ同じ)、あとは沈黙を決め込んでいる。
他方フランスは、諸方から反発を受けたあと、「売ると言っても船体だけで、司令・情報伝達システムなどは売らない」と言いだして、ロシア側を「約束違反だ」として怒らせている。これがもう春のことで、そのあと動きが報道されていないから、水面下で何かが進行中なのかもしれない。ちなみにこのミストラル級強襲揚陸艦は、近代的な艦隊指揮電子司令設備こそが売り物なので、船体だけならロシアで十分できるだろう。ロシアの造船所側は、船体くらい自分達に作らせろという声をあげている。

(7)NATO域外、旧ソ連地域でのNATO・ロシア間連携の可能性
(イ)以上のように、NATOとロシアがこれからも並立していくのが必然であるならば、旧ソ連地域をはじめとする「NATO域外地域」をどちらが差配するのかという問題が起こる。エリツィン時代、ウクライナ、コーカサス、中央アジア地域はたとえて言えば、米国は関わる意思を見せず、ロシアは余裕がなかった。これら地域はソ連崩壊後の混乱のなかに放置されていたとも言える。

(ロ)だがブッシュ・ジュニアの時代、米国はロシアの警告を無視してウクライナ、グルジアのNATO加盟にコミットし過ぎた。またアフガン作戦のための中継地を確保するため中央アジア諸国に軍を駐留させたことも、ロシアの神経を過敏にさせた。これがプーチン大統領(当時)を対米強硬路線に転じさせ、遂には2008年8月のグルジア戦争にまで至るのである。

(ハ)従って、米国が対ロ関係のResetを標榜し、NATO域外への無用な拡張政策はとらないことを公言している今、NATO域外、旧ソ連地域の安定維持、紛争処理をどうするのかということを、NATO・ロシア、米ロの間で話し合っておかねばならないのだ。
話し合うと言っても、おそらくかっちりした集団安保体制などはできまい。NATO側にしてみれば、これら地域がロシアの「歴史的な影響圏」であることを認めることはできないが、他方自分たちで丸抱えする力も意思もない。
だから何か事が起きれば、その時々の米ロ関係、米ロ・NATO間の力関係などでものごとが決まるのだろうし、何よりもこれら地域の諸国は独立国で、彼らは米ロ・NATOが隠微なゲームを続ける中で、けっしてこれらに翻弄されているのではなく、むしろ援助などの形で漁夫の利を得てきているのである。

(ニ)NATO域外の紛争処理については、バイデン米副大統領が5月6日ニューヨークタイムズに投稿し、「NATO域外の問題はOSCEで対処する」ことを提唱したが、これはほとんど反響をよんでいない。OSCEは武力を持っていないから、右論文は「西側は何もしない。NATOは域外で何もしない」ことを公認したことになるからだろうか? バイデンの考え方は、もしかすると米政権内部で一致した意見ではないのかしれない。

(ホ)ロシアがこの論文(NATOの域外活動を大きく限定することとなる)に飛びついていないことも、面白い。ロシアは、NATOとロシアが共にユーラシアを差配するという意味合いを持つ「メドベジェフ提案」をプロモートしたいからだろうか?
この「欧州安保条約」についてのメドベジェフ大統領の提案というのは2009年11月に公表されたが、これはユーラシア大陸を中心とする国連別働隊を作るようなもので、第10条では「この条約は、EU、OSCE、CSTO、NATO、NIS及びバンクーバーからウラジオまでの全ての欧州・北米、ユーラシア諸国の署名に開放される」と規定している。
NATOのように兵力で決定を担保することはしない。その第5条は「締約国Aが締約国Bはこの条約に違反する行動を取っていると見なした際、Aは全締約国に協議を呼びかけることができる。2/3のメンバーが出席すれば、その協議の決定は拘束力を持つ」、第7条は「締約国が武力攻撃を受けた場合(他の締約国、域外国からの双方を含む)、自衛権を行使できる。他の締約国は攻撃を受けた締約国を助けることができる。この場合、緊急会議を開き、これに締約国の4/5が出席すれば、その決定は拘束力を持つ」と定めている。

ロシア側は、これでNATOの拡大を防ぐとともに、ロシア・NATOの接近により中国を牽制することを考えているのだろうが、NATO側にしてみれば行動の自由を縛られることになる。ブッシュ時代であれば直ちに拒否していたことだろう。だがオバマ政権は、ロシアを正面から侮辱して無用な対立を生むことは避ける。だから今回NATO関係者はこの点も含めてロシアについては言葉少なだったし、僕も追及しなかった。言わずもがなの問題なのだ。

4.NATOをめぐるロシア、中国間の隠微な鞘当て
(1)ソ連が崩壊して以降、NATOをめぐってロシアと中国が隠微な鞘当てを続けている。エリツィンは国力が極度に疲弊した中で米国、NATOとの蜜月を演出したが、当時モスクワにいた中国の外交官は「NATOが中ロ国境にまで迫ってくること」に対して気が気ではない様子だった。

その後はむしろ中ロが手を結んで米国・NATOに対抗する時代となったが、今またNATOがロシアと中国の間で「取り合い」になっている。それは、ロシア極東部における力のバランスが圧倒的に中国有利なものとなってきたため(人口では中国東北部はロシア極東部の20倍ある)、ロシアが有力な提携相手をNATOに求めているからだろう。

2010年2月のJamestown "Eurasia Daily Report"でRoger McDermottは、ロシアのフラムチヒン政治軍事分析研究所副所長が(「軍事産業クリエ」誌2月18日号掲載)、「中国軍は最近の演習で対ロ侵攻を演習した。中国の関心はチベット、台湾から中央アジア、ロシアに向かっている」と書いていると述べている。McDermottは更に、「ロシアの新軍事ドクトリンが述べた核の先制使用は、中国を意識したものではないか」とさえ書いている。

またメドベジェフ大統領が提案している「欧州安保条約」は、ロシアの代表的論客カラガーノフによれば、中国を明確に意識したものである。彼は、09年12月の国際会議で右条約についてコメントし、①ロシアと米欧が対立するべき理由はない、②ロシアは、NATO拡大の歯止めが欲しい、③OSCEでは法的拘束力がない。それにOSCEは冷戦的思考を維持している、④NATOがこのメドベジェフ提案を拒否するなら、ロシアは中国と提携する。中国がロシアを侮辱しないなら、たとえロシアが中国の弟分になっても構わない、⑤メドベジェフ提案を実現すれば、米ロとも安心して中国、アジアへの接近を続けられる、⑥この条約が実現すればロシア国内の民主化も進めやすくなる、と述べている。

(2)他方中国も、NATOに対する以前の警戒的・敵対的態度をまったく捨てている。両者の間には、事務レベルでの交流が始まっている。EUにとって中国が、既に2004年から最大の貿易相手国になっていることも大きい。2008年12月のISPI Policy Briefは、EU・中国間の実務協力は進んでおり、既に27分野で事務レベルか大臣レベルの協議が行われていると報じている。それはエネルギー、環境保護、消費者保護、航空、教育、文化、雇用、知的所有権、海運、産業政策その他の由。

ブラッセルの中国外交官は9.11集団テロ事件前後から、それまでのNATOへの警戒心を解いてNATO事務局と接触するようになった。中国と国境を接し、中国の伝統的な友好国であるパキスタンとも密接な関係を有するアフガニスタンで米国、NATOが作戦を開始する状況では、中国もNATOと情報交換を密にせざるを得ない。それにアフガニスタン情勢は、隣接の中国新疆地方の情勢にも影響を与え、また麻薬取引の面でも大きな意味を持つ。

(3)中央アジア諸国がNATOと公式の協力関係を有しているのに比し、中国はNATOと公式の交流・協力枠組みを持たない。しかし実際には、いくつかの交流・協力プロジェクトも動いているようで、それは恐らく「反テロ」を前面に立ててアフガニスタンなどをめぐる情報・意見交換、アフガニスタンからの麻薬流出取り締まり、アフガニスタンにおける中国人要員の安全確保などであると思われる。だが、その詳細は表に出てこない。中国への警戒心を強めるロシアを過度に刺激しないよう、その規模は小さなものに止まっていると思われる。

(4)当面の焦点は、中国がアフガニスタン政府軍への装備供与、訓練などを行うかどうか(2010年2月現在、NATOはロシアにこれを行うことを求めているが、ロシアは無償供与を拒否している)、アフガニスタンから米軍、NATO兵力が撤退したあと、国連PKOの類が配置されるのかどうか、その場合、中国がPKOに兵力を派遣するかどうか、といったところであろう。

(5)NATOと中国の関係強化は、それがアフガニスタンを念頭に置いたものであったとしても、ユーラシア大陸における力のバランスを大いに変え得る。それは主として、「NATOと中国が交流している」というパーセプションがもたらす効果だけでしかないだろうが、政治にはパーセプションで動く側面もあり、日本も上海協力機構との関係強化も含めてこのゲームに早めに加わっておく必要がある。

5.NATOと上海協力機構
上海協力機構(SCO)と言うと、これがユーラシア大陸の東半分を牛耳っているかのように過大評価して、日本の加盟を性急に求める声もあるが、SCOはこれまで日本の加盟に対しては否定的だったのであり、日本が懇願までして加盟させてもらう理由はない。入ってもよし、また入れなくとも十分やっていける。他ならぬ中央アジア諸国が、中ロ米以外の諸国とも関係を発展させたがっているからである。

欧州にも、NATOとSCOの関係促進を求める声が学界の一部にある。それは、「NATOと中国」という形での協力体制を作るには中国国内体制があまりにも自由制限的なので、政治的に適当でなく、隠れ蓑としてSCOを使おうという発想である。
だがこのような考え方は、NATO事務局内では支持を得ていない。「SCOとの関係樹立如何は、検討の対象になっていない」ということであった。

だが今回聞いたところでは、ラスムッセン事務総長も上海協力機構の事務局長と既に会っているそうで(時期と場所は不明)、没交渉というわけではない。しかもこの会談を推進したのがウズベキスタンだというから面白い。ウズベキスタンは今年、上海協力機構の議長国で、6月にはタシケントで首脳会議も主宰したので、そういうことをしたのだろう。NATO事務局はこれからも、折に触れてSCO事務局との交流を維持していく姿勢である。

6.NATOの「新戦略概念」
NATOは数年に一度、「戦略概念」を更新している。自衛隊の防衛大綱と似たようなものだ。NATOは今の戦略概念を1999年に決定しているが、その後の情勢変化を受けて今、新しいものを作成中である。起草委員会は2009年8月に作業を開始し、本年9月には草案を完成、11月21日のNATO首脳会議で採択する運びとなっている。

なお2009年に就任したラスムッセン事務総長は、デンマークの首相を9年強務めた人物である。NATO事務総長を首相職経験者が務めるのは初めてでもあり、彼もその点を大事にしている。そのため、ベルギーにいる加盟国大使の話し合いから積み上げる、これまでの決定方式を、彼は事務局がイニシャティブを取るトップ・ダウンのものに変えた。新戦略概念についても、昨年8月事務総長の下に起草委員会が作られ、加盟国大使が協議にあずかるのは6月の予定となっていた。ラスムッセン事務総長は加盟国大使とはあまり協議することもなく、加盟国首脳クラスとの直談判でものごとを決められると思っている。これが新戦略概念の作成においてプラスに作用するか、加盟国大使たちから反撃を食らうかは、今後の注目点である。

今回聞いた話を総合すると、次のような姿が浮かび上がる。

(1)画期より継続
 当初、新戦略概念に寄せる意気込みは一部で大きかった。だがアフガニスタンでの「域外活動」が苦難に満ちたものであることが明らかになり、更に金融危機も起こるにつれ、いろいろ限界も見えてきて、結局これまでのラインの継続という考え方が主流となりつつある。

(2)核についても中庸路線
 新戦略概念においてオバマ大統領の核廃絶路線に言及することを強く主張する者もいる。また現在、まったく新しい通常兵器である「宇宙から降る金属棒」などが専門誌をにぎわせており、核兵器が時代遅れになってしまったかのような雰囲気を醸成している。
だがこれら新兵器は開発に費用も時間もかかるもので、米国自身は核政策変更については慎重である。
ロシア軍部はイランや北朝鮮の核ミサイル登場に備えて、中距離核ミサイル(1980年代に米ソが互いに中距離核ミサイルを廃棄している)復活に色気を見せている。しかし新戦略概念においては、この点についても変更はないだろう。
 なお英国の保守党は、潜水艦搭載の自国核ミサイル「トライデント」システム近代化計画を捨てると称して選挙戦を戦ったが、勝利後は近代化計画の維持に寝返っている由。

(3)欧州配備の戦術核の去就について米国は柔軟な立場
 (イ)冷戦時代、欧州方面における軍事力バランスは、ソ連に圧倒的に有利であるとされていた。ソ連が攻撃を始めれば、「2週間で大西洋岸に至る」可能性が大っぴらにささやかれていたものである。このような通常軍備面での対ソ連劣位を補うために、西欧諸国には「戦術核」が多数配備された。これは大砲で発射したり、飛行機で投下する小型核弾頭であり、ソ連の戦車軍団の先頭に投下して戦力を殺ぐために使うものであった。これは防御用の兵器なので、自国内で使うことが想定されている。従って、発射に当たっては地元政府の同意も必要とするdual keyの方式が取られている。

 (ロ)冷戦終結後、戦術核は技術的に老朽化し、政治的にも時代遅れになったにもかかわらず、残存している。08年7月のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンによれば、今でもケルン南方70マイルのBuchel独空軍基地に戦術核が配備されている。これは小型のミサイルB61、20基で、戦闘機トーネードJBG33に装備される。トーネードは2013年から順次退役するし、後継機のユーロファイターは戦術核装備用ソケットを持っていない。
同じ記事によれば、米軍核兵器保管庫は他にベルギー、イタリア、オランダ、トルコにあるが、米国は戦術核は時代遅れのものとして撤去を望んでいる由。英国からは既に04~05年に、B61が撤去されたもようである。

(ハ)今回関係者から聞いたところでは、①米国は戦術核撤去の用意はある、しかし戦術核は米欧団結の象徴であって軽々に撤去するべきではない、②ドイツは、自国領に米軍の戦術核がある故にNATOの核戦略全体への発言力を維持できる(英国、フランスは自前の核ミサイル装備原潜部隊を持っている)、③しかし、ドイツ国会がユーロファイターを戦術核搭載ができるよう改造するための予算を認めなければ、ドイツの戦術核は早晩撤去されるだろう、ということだった。

(ニ)ただ米国は、米ロの戦略核ミサイル弾頭数削減を定めた「新START条約」(2010年4月署名)の議会承認がすむまでは、戦術核について大きな動きは示さないだろう。「新START条約」が批准された時、NATO・ロシア間で積み残された軍縮諸交渉(通常兵力削減交渉CFEなど)が動き出す。戦術核兵器はその時、一括して交渉のテーブルに載せられることになるだろう。

(4)欧州通常戦力削減交渉(CFE)について
(イ)NATOとソ連・ロシアの通常戦力を削減するための交渉は、ソ連時代から行われている。それは、「緊張緩和」を呼び掛けるソ連のブレジネフ政権に欧州が応えて1973年にMBFRとしてスタートした。一部兵器の廃棄、人員の削減、地域間の移動の制限などがその内容である。

(ロ)これは合意に至らないまま1989年、CFE(Treaty on Conventional Armed Forces in Europe)条約交渉に移行、1990年に署名に至るも、ソ連分裂に応じて内容修正を行い、1999年に「CFE適合条約」の署名に至った。これをロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシは批准したが、欧州側はグルジア、モルドヴァからのロシア軍撤退までは批准を控える姿勢を取り、発効しなかった。

(ハ)ロシアは当時、グルジアからの撤退は開始したが、プーチン大統領は2007年2月頃から対米、対NATOで強面の姿勢を示すようになり、その一環として2007年12月、CFEの義務履行の一時停止を声明した。
これによりロシアは部隊を自由に動かせるようになったが(ウラル山脈から西では、ロシアは地域ごとに兵力の上限を規定され、移動の自由を持っていなかった)、戦車上限がロシアは6300台、NATOは22.000台のように、兵器数制限がNATO側に有利なままになっている。これは東欧・中欧諸国がソ連圏から離脱してNATOに入ったためである。ロシアは戦車上限を拡大し、増強分を情勢不安定な北コーカサス地方に配備したい。

(ニ)新START条約が批准されれば、CFE適合条約批准へ向けての動きがまた強まるだろう。しかしその場合NATO側は、ロシア軍がグルジアのアプハジア、南オセチアからも撤退することを求めるに違いなく、それは交渉の動きを止めてしまうかもしれない。それに、通常兵力についてはNATO側の方が有利になっている現状では、これをわざわざ崩すような方向での動きについては特に中・東欧諸国が乗ってくるまい。

 (ホ)今回聞いたうちでは、「ロシアはCFEを進めたがっている。NATO側もCFEに定められている査察の権利を確保したい。しかしアプハジア、南オセチア問題の解決なしにはグルジアが賛成しないだろう。CFE交渉においては参加国すべての合意が必要であり、グルジアは参加国である」、「NATOは特にflank limits(側翼の兵力制限)について、CFEを進めたい。ロシアも基本的には、中国を意識してNATO方面を安定させたいだろう」という言葉が印象に残った。

Flank limitsとは90年代、中・東欧からの旧ソ連軍撤退が行われた際、これがNATO加盟国のノルウェー、トルコの近辺地域に集中配備されるのを防ぐため設けられた条項である。ロシアにしてみれば、トルコ近辺地域に近年不穏な情勢を強める北コーカサス方面が含まれているために、軍の増強が思うにまかせないという状況があった。この問題はチェチェン(現在は平穏になっているが、カディロフ大統領はメドベジェフ大統領には面従腹背の姿勢)、その他北コーカサス地方(イスラム主体の民族の坩堝であり、外部テロ勢力の介入、民族紛争、2012年隣接するソチで冬季オリンピックが行われることにからみ、情勢の流動化が顕著である)の安定に関わるもので、ロシアとしては慎重に対応するであろう。
 
(5)新規加盟国について
 既述のとおり、NATOを旧ソ連諸国に拡大(つまり新規加盟)させることは、ロシアとの間で常に摩擦を生んできた。だが金融危機克服、イラク・アフガニスタンからの撤退実現を至上課題とするオバマ政権は、「民主主義、市場経済は長期的な課題であって、米国はこれを他国に強制することはしない」という立場を取り、NATO拡大は棚上げとした。新戦略概念においても、こうした立場が反映されることになるだろう。

(6)域外でのNATO軍の行動について
 (イ)ソ連崩壊で存在意義を大きく失ったNATOが注力しようとしたのが、NATO域外での行動である。これは、米国と欧州がその軍事力を使って世界全体の安定を保証するという思想に沿ったものでもあった。だが1999年のコソヴォ紛争で欧州諸国は、米軍兵力なしには意味のある作戦ができない限界を思い知る。そしてNATOの欧州諸国は2001年、アフガニスタンのISAFに兵力を送りはしたものの、駐留期限を延々と延ばされている上に死傷者が多い。従って現在の欧州では、「域外活動はちょっと・・・」という雰囲気が強い。ドイツはNATOの一部として域外活動をすることに生き甲斐を見出そうとしていたが、結局はアフガニスタンでも最も安全な北部に止まり、死傷者を出さないことに腐心している。

 (ロ)今回聞いたところでは、新戦略概念で域外活動につきどのように書くかはまだ決まっていない。「域外の事態にまったく対応しないわけではないが、『世界の警察官』としてではなくむしろ『消防』に似た機能を提供する、例えば災害対策」という者もいたし、「域外活動をこれからどうするかは、アフガニスタンでのISAFの成果に左右されるところが大きい。それに域外での行動にどのようなパートナーがいるか、という点も重要だ」という者もいた。
 また域外活動の難しさ、NATO非加盟国との協力関係が形式化、マンネリ化している現状に鑑みて、新味を打ち出すためにconnectivityという曖昧なスローガンを打ち出すことを示唆する者もいた。人脈ならぬ国脈みたいなもので、政治面、あるいは資金面での協力を非加盟国にもっと期待していくということだろう。
 
(7)なおバルト・東欧・中欧諸国の、ロシアに対する懸念を解消するため、「新戦略概念」においては外部からの脅威に対する共同行動を定めたNATO条約第5条が強調されることになる由。

7.アフガニスタン
(1)アフガニスタンにおけるNATO軍への補給物資はパキスタン(南)、中央アジア(北)の双方から搬入されている。南ルートがタリバンに脅かされているため、最近では北ルートが重要になったが、欧州とアフガニスタンの間に所在するロシア、中央アジア諸国の同意を得なければならず(NATOにしてみれば、これら諸国にあまり余計な借りを作りたくない)、ロシア・中央アジア諸国にしてみればNATO=敵というイメージが染みついているので、これも簡単な話ではなかった。
 今回聞いたところでは、鉄道による北ルートの輸送が本格化したのは2010年3月で、空輸は未だできていないそうだ。但し鉄道も空輸も、NATO加盟国が個々にやっているものもある。
 
(2)今回聞いたところでは、ロシアもアフガニスタン安定化に一役かっている。アフガニスタン政府軍兵士を少数ながら訓練しているし、ヘリコプター運送企業(民間企業)を現地に派遣して、米軍・ISAF軍に協力している。ロシアの大型ヘリコプターが、前線で故障した米軍ヘリを釣り上げて帰投したこともある。更にNATOとロシアはこの数年、アフガニスタンの麻薬取締強化について協力を続けている。モスクワ郊外の施設で、アフガニスタンの麻薬取締要員が教習を受けているのである。これは、2008年8月グルジア戦争中にも中断されなかった。

(3)なおアフガニスタンには、中央アジア諸国がエネルギー資源など様々なものを輸出している。ウズベキスタンとタジキスタンは電力、ミネラル・ウォーターなど、そして今回初めて知ったのだが、トルクメニスタンがトラックでアフガニスタン需要量の40%分の天然ガスを出しているそうだ。気体のままのガスを運搬しているのだろうか。効率が悪かろう。

8.OSCE首脳会議開催へ
NATOと直接の関連はないが、最後にOSCEについて一言。
アメリカの後押しで今年のOSCE議長国になっているカザフスタンが、OSCEの「首脳会議」を自国で開くべく画策中である。首脳会議は1999年以来開かれておらず、米加、欧州、ユーラシアの首脳がカザフスタンに集まれば、この国の声価は一段と高まるだろう。だが昨今「首脳会議」がやたら開かれ、このままでは各国の首脳は会議屋になってしまう。ロシアのメドベジェフ大統領は出席する意向を示しているが、西側の大国はそうでもない。それに中央アジアのなかにも、カザフスタンだけが大きな顔をすることに快からず思っている国もあることだろう。
今のところカザフスタンは7月17日にアルマトイでOSCE外相会議を行い、年末までに首都アスタナで首脳会議を行うことを決めるところまでこぎつけたが、オバマ大統領などスター級が顔を揃えるかどうかはまだわからない。カザフスタンは中国首脳も特別に招待する意向のようだが、日本のことが念頭にあるのかどうか。もっとも日本の首脳も年末は特に忙しいので、厳寒のアスタナにまで行けるかどうか。首相経験者の出番かもしれない。
                                   (了)

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