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世界はこう変わる

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2009年3月15日

世界不況のあおりを食ったモスクワ―ーーその風景

2月下旬から3月8日まで2週間、モスクワ大学のビジネス・スクールで教えていたので、半年ぶりに見聞きしたモスクワ風景ーーー空前の石油景気から一転して世界不況の真っ只中に放り込まれたとは言ってもそれほど変わっていない―ーーを何回かに分けて紹介したい。

地下鉄の通路や車両の中の乞食が少し増えたような気がする。それでも、血色のいい肥えた中年女性が物乞いに近寄ってきても、真剣にとりあう気にはなれない。

地下鉄の通路に澄んだソプラノが響く。初老の上品な婦人が背筋を伸ばし、「ウグイスよ、ウグイスよーーー」と歌っている。僕も彼女の前に転がる帽子の中に、ルーブルを置いて立ち去った。

そして野犬が増えた。モスクワ大学の構内でも雪の積もった中を、まだ育ちのよさそうな野犬が隊伍を組んで歩き回っている。捨てられて間もないのだろう。そのうち周辺の人たちへの悪意でいっぱいになる。道端は金持ちの学生達の車でいっぱいだ。

だがこれらは不況の徴をあえて探せばというだけの話で、僕の友人が勤めるコンサルティング会社は不況の影響を受けていないそうだ。そしてモスクワ大学の近くには超大型のショッピング・センターができていて、その脇にあるアメリカ式ダイニング・キッチンは学生風でいっぱいだ。超モダンななりをした、幸せでいっぱいの恵まれた学生達。一食1000円はする、決して安くないレストランなのだが。

不況がもたらしたいいこととして、モスクワっ子は「車が少なくなったこと」を挙げる。今回はいつも地下鉄で移動していたからわからなかったが、1回タクシーをつかまえたら大渋滞に巻き込まれ、会合に20分も遅れてしまった。遅れたのにメーター以上の料金を請求するので、僕も憮然としてメーターだけの料金をチップなしで渡してタクシーを降りた。

モスクワに着いた日の夜。モスクワ全市で時ならぬ砲声、と思えたのは花火で、軍の記念日の花火なのだった。モスクワでは年に10回弱は全市で花火が上がる。軍需工場にとってはちょっとした稼ぎだ。高台にあるモスクワ大学の宿舎から眼下のモスクワを見下ろしていると、花火という力の象徴がもたらす奇妙な安定感が感じられる。ああ、モスクワに来たんだな。

今回、一番「いいな」と感じたのは、モスクワが歩行者優先の世界になっていたことだ。ソ連の時代、乗用車は特権階級の持ち物であることが多く、歩行者というか車も持てない者の権利は無視されていた。92年以降の混乱の中、乗用車が急増したが、それは成金、マフィアが所有していることが多く、富を誇示し、ベンツやBMWやSUVを戦車のように縦横無尽に飛ばしていたものだ。横断歩道でも構わずに、彼らは突っ切った。

半年ぶりのモスクワで驚いたのは、これがすっかり歩行者優先の世界に変わっていたことだ。僕が横断歩道の脇で立ってでもいようものなら、車の方で止まって、運転者が「早く渡れ」と手を振る。

聞いて見ると、数ヶ月前新しい法律ができて、歩行者優先に違反した車には3千円くらいの罰金が課されることになったのだそうだ。警官が見てなければ大丈夫だろう、と僕は言ったのだが、そこは職務に忠実、というか「罰金」稼ぎに目がないロシアの警官のことだから、物陰に隠れていた警官につかまって罰金を私的に取られたモスクワっ子は数多いのだそうだ。車を持っていない市民も、そういう状況であることを知ったので、自分の権利を行使するようになった。

だから、メドベジェフ大統領の好きな「法治国家」の表れとして、歩行者優先がまず実現したのだけれど、何はどうあれ、こうやって市民社会的な習慣が定着していくのはいいことだ。人々は直に、罰金が嫌でこうなったことなど忘れるだろうからだ。               河東哲夫

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