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世界はこう変わる

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2008年10月26日

この頃のロシア人の心象風景―ー「世界は多極化する」

ヴェニスでのシンポジウムから
Copyright ©08.10 河東哲夫

10月12,13日と、ヴェニスで開かれたロシア主宰のシンポジウムによばれた。ロシア、欧州、アメリカなどから40~50人が参加する大型シンポだったのだが、中世ヴェネツィア政府の建物の一室に押し込められて二日間、本当に「エコノミークラス症候群」にかかるところだった。

(外見は壮麗でも、内部はエコノミークラスのヴェネツィア市庁舎=サンマルコ広場時計塔から)
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主宰したのはInternational Institute of Global Developmentという、ロシアの研究所。
これはアレクサンドル・レベジェフという、元KGB(本人もその経歴を隠さない)転じて銀行家が樹立した研究所。
彼は今度、ゴルバチョフと共同して「独立民主党」というリベラル政党を立ち上げた。「右派勢力同盟」というリベラルの老舗の政党が最近雲散霧消してしまったので、ヤブロコと並んで数少ないリベラルの灯をともし続けることになっている。

もっともシンポ自体は、「独立民主党」とは関係のないものだった。テーマは、「一極支配の世界のあと:その様相はどのようなものになるか」というもの。

このシンポ、半年以上前から準備していたのだろうから、8月の金融危機は想定していなかったろう。
ロシアに対するアメリカの圧力を少しでも減ずるために、あえて「一極支配のあと」をテーマに企画したのだと思う。

ところが欧米の金融危機で、アメリカが本当にメルト・ダウンしてしまったかのように見える。
思いがけない展開に、このシンポの企画者も先見の明を誇っていいのだろうが、アメリカを核とした世界体制に代わるものは結局、提案できずに終わった。

それでもロシア人は、「アメリカを見ろ。分不相応に世界を支配しようなどとするから、崩壊したのだ。ソ連と同じだ。世界は根本的に変わった」と言って有卦に入っていた。
いい気なものだ。自分自身の足元も、氷がとけた白熊のように株式市場崩壊、クレジット・クランチ、そして油価低落に悩まされているのに(それでも外貨準備が5千億ドルもあるので、98年8月のような経済崩壊は起きていない)。

もっとも日本人はアメリカと一緒にやっていくのが楽なものだから、今回の金融破綻でも世界の構造が変わったとまでは思っていないが、世界の構造が変わるのを望む者達は既に大きな将来の絵を描き始めている。
そしてそういう大きな枠組みの話では、図体が大きくアメリカからの独自性が高い国しか座に呼ばれない傾向がある。日本の意見には、そういう場面では誰も関心を持たない。
実際には、欧米の金融破綻の後、日本経済が果たしえる役割には非常に重要なものがあるのだが。

会議での議論はけっこう淡々と進んだ。
ただ、ユダヤ系ウクライナ出身のアメリカ人専門家(この呼び方自体、随分複雑だ)が、アメリカを核とする世界連邦を遠い将来作る見通しについて報告した時、ゴルバチョフが10分間くらい感情的にかみついた。
彼はソ連の末期、IMFなどから借金する交渉を自らやり、(自分が交渉すればIMFなどいちころだと思っていたのだろうが)、いろいろ屈辱的な条件を(格下と見ていた)IMFの官僚達に課されたことを感情的に言い立てていた。

ソ連が崩壊してからの15年以上、NATOの拡大などロシアはアメリカに一方的に押しまくられており、その屈辱感は深い深い傷となって彼らの心に沈殿している。
その傷に塩を塗りこむようなことをするから、このアメリカ人は聴衆の面前でロシア人達から(言葉での)袋叩きに会った。KOならぬKYの一場でありました。
もっとも、ロシア人の中にも、「NATO拡大に対するロシアの反発はやりすぎだ」という者もいたが。

で、このアメリカ人、その後の昼食の席で皆に慰められ、また自分でもなにくそと思ったのだろう、午後になると自ら追加説明に立ち、反論していたから見事なものだ。拍手。

そうそう、ゴルバチョフがこの会議には出席していて、僕にも握手してくれたのだ。
午後のセッションに彼は遅れてやってくると、「自分は遅れたのだから」と言って一般聴衆の席に座る。
あのペレストロイカの熱で浮かれる1988年頃だったか、彼は人民代議員会議か最高会議か忘れたが、共産党幹部とともに会場に入ってくるや壇上ではなく、一般会衆の席に腰掛け、それをテレビで全国放映させて、民主化を印象づけたのだ。

僕が「あの頃のことを思い起こします」と彼に言うと、ゴルバチョフは冗談半分、「で、それで何か変わったと思うかね、うっ? なーーんにも変わらなかった。なーーんにも」と言った。
ごもっとも。社会の惰性というのは、強いですからね。ご苦労様でした。
でも、歴史と直接対話できてよかった。

ま、前置きはこれだけにして、会議の有り様を分類してお話したい。少し長くなりますが。

アメリカ中心の世界体制に代わるもの

僕自身は、アメリカを核とする戦後の政治・経済世界体制が崩れたとは思っていない。
ロシア人も本当には崩れたと思っていないらしく、いろいろ提案はするのだが、それについての議論は一向に発展しなかった。言いっぱなし。

ゴルバチョフは、ヨーロッパだけのための安保理のようなものを作ることを提案した。
全世界をカバーする国連はもはや機能しなくなったと思っているのだろうし(別のロシア側参加者は明確に、国連を解体するべきと述べた)、明確には言わなかったが、アメリカを欧州から排除したいのだろう。

国連の各地域版みたいなものを作って、それぞれに地域の主要国が安全保障理事会を作るというのは、一案だが、やはりアメリカのように絶対の存在がないと、ただのおしゃべりクラブに堕してしまう可能性が大きいだろう。

1949年に外交官になり、外相まで務めたというインドのRasgotra氏は、「新バンドン会議」を提唱したが、これも同じ地域思考だ。同じくフォローがなかったが。

ロシアにも常識・良識はある
外交政策の策定を直接担当しているロシア人が来ていて、これが穏健で現実的でごく自然に腰が低い人だった。
ヴェニスの島に行く船の中などで随分話をする機会があったので、僕の方からあえて聞いて見た。

「この頃のロシアの青年などを見ていると、西側の青年とまったく同じでリベラルで民主的だ。
ロシアとNATOがいつまでも角突き合わせている理由はないので、ロシアもNATOに入って見たらどんなものか」と。

そのような考え、動きはエリツィンも、プーチンも示したことが以前あったが、結局、欧米に警戒されて実現しなかった。それもそのはず、もともとNATOというのはソ連の軍事的脅威から欧州を守るために作られた(そしてドイツ軍国主義の復活を防ぐため)ものなのだから、これにロシアを入れるためには、その存在目的を大きく設定し直さないといけないからだ。

だから、件のロシア人はやや悲しげに微笑むと、「NATO加盟は無理でしょう。徐々に関係を深めていくしかないでしょう」と言った。これが、現実的で誠実な外交官の典型的な考え方だ。

「世界連邦」について
既に書いたように、あるアメリカ人が「世界連邦」を提唱して(もっとも、「いつになったら実現するかはわかりませんが」と自ら言っていたのだが)、ロシア側から袋叩きにあったことは既に書いた。
このアメリカ人がユダヤ系であったことも、ロシア人の反感を高めたのかもしれない。

ユダヤ人と言えば「コスモポリタン」(国際的という意味だが、根無し草という隠れたニュアンスがある)と欧米では悪口を言われているので、アメリカの威を借りて世界連邦を標榜し、ロシアを押さえにかかっていると誤解されたのだろう。

このアメリカ人が言ったのは、「何十年先のことか、あるいは全く実現しないかもしれませんが、将来は世界連邦のようなものができるかもしれません。
その場合、その核となるのはまずアメリカ、もう少し広げるとNATO、もっと広げるとOECD諸国で、これら諸国だけで世界のGDPの75%を生産しています。
それよりもっと広げるといわゆる「北」の諸国で(注:工業化を達成した諸国のことで、南北問題における「北」と同じ意味だ)、これにはロシアも入ります。世界GDPの80%を占めることになります」ということ。

ここでゴルバチョフが猛然とかみついたのだ。
「その考え方には欠点がある。単なる算数だ。
アメリカ・モデルは駄目になったのだよ、君。
利潤を求めすぎ、消費し過ぎる。社長が数十億円稼いでいる時にアフリカでは・・・」云々。

日本に帰ってから、このアメリカ人、Ira Strausに論文を送ってもらったが、フランスのバラデュール元首相などと一緒に、NATOを自由諸国同盟(日本も当然入る)に拡大する構想も提唱している人物だった。
自由諸国の同盟としてのNATOというのは日本にとっても興味あるアイデアだが、ロシア、中国も何かの資格でEngageするものでないと、日本にとってはリスクが大きすぎるものになる。

「大国の責務」についての致命的な認識のすれ違い
アメリカに対するロシア人の想いは愛憎入り乱れて、妄執に近いものになっている。
思えば世界の中でアメリカから経済的・政治的恩恵を得ていない国は数少ないが、ロシアはその中で最たるものだ。だから、アメリカから圧力を食らうと、反発しかしない。

戦後60余年にわたってほぼグローバルな自由貿易体制が維持され、日本、東アジア全域、欧州はそれから利益を得てきた。アメリカに命令されるだけなら、誰もこの体制に従おうとはしないだろう(僕は、そのことを発言した。特に反発もなかった)。

ロシアにはこのことが見えないから(彼らは、「大国」であることは自分の利益を他国に押し付けることができる権利を持つことだと思い込んでいて、大国の責務を無視している)、アメリカの圧力に反抗すれば世界中がロシアを支持してくれて当然だと思っているのだろうか? 逆に孤立化するだけなのに。

そして政治のことを議論するロシア人は、経済のことが悲しいほど見えない。
だから、「アメリカ崩壊後の世界」をどうするかについても、どの国がどの国と結んでどの国に対抗するかというような、それこそ算数の話が中心になる。
考え方がゼロサムだ。産業革命後の社会は新しい富をほぼ無限に作り出せるプラス・サムの社会になっているのに。

(注:そして白人至上主義からも抜け出せないでいる。
プーチン首相自身、これからはBRICsの時代だ、インド、中国と組めばアメリカに対抗できる、と言うことがあるのに、「ロシアをBRICsと一緒くたにしないでくれ」と言うロシア人がこの会議ではいた。
あくまでヨーロッパの国でいたいのだろう。今の石油依存経済を続ければ、BRICsの中に残っていることさえ、30年先には覚束ないというのに)

国家論で名高いアメリカのIkenberry教授は言った。
「戦後の世界体制は帝国ではなかった。この体制に加わるのは容易で、覆すことは難しかった」と。

その通りだ。アメリカも一枚岩ではないし、国益、民主主義のためと称して私利を追求する悪者もいるけれど、総じて言えば世界の幹事役、司会役として一番ましな存在だったのではないか?

それでもロシア人はアメリカに本当はあこがれる
ロシア人も本音は、アメリカと仲良くやっていきたいところがある。
「最近アメリカが北朝鮮に核開発の問題で譲ったように、ロシアにも柔軟に対処してくれれば、話し合う気持ちはあるのだが」とか、

「ロシア人インテリにとっては、『反米』というのは自分を守る一種の仮面みたいなものなんだ(つまり、リベラルも反米を叫んでいないと通らない)」とか、

「でもアメリカのポピュリズムが怖いのだ。ロシアに対して独断と偏見でこりかたまっている」とかいう発言が、その表れだと思う。

アメリカの大統領選挙でロシアはたいしたイシューになっていないのだが、ロシアのマスコミがあおっているのだろう、アメリカは反露で凝り固まっている、とロシア人は思い込まされている。

アメリカの「覇権」は終わったのか?
これについては、アメリカのIkenberry教授の言葉が全てを語る。
「世界におけるアメリカの『覇権』が終わったのかどうかについては、中国の動向が軸になる。
しかし古来、戦争なしに『覇権』国が代わったためしはない。
そしてまた現在、アメリカを核とするシステムに代わるものを作るメカニズムがない」

そして誰だったか忘れたが(多分、ロシア人)、面白いことを言っていた。ロシアを自ら将来の極の一つと考えていない点が面白かったのだ。日本のことには、言及もしなかったが。

「これからの世界は何層かに分かれていくだろう。第一層には三極としてEU、アメリカ、そして中国があり、第二層には第一層のいずれかの極と同盟することによって全体のバランスを変えることのできる国々、即ちウクライナ、グルジア、カザフスタンそしてロシアがある」

グルジア紛争について
グルジア紛争で、ロシアと西側が熱した議論を展開することはなかった。
南オセチアとアプハジアにロシア軍が駐留してStatus quoを維持している現状が、大体の落とし所と見なされているのだろう。
北キプロスにトルコ軍が長年駐留して、トルコしか北キプロスの独立を認めていない、キプロスの状況にグルジアは似てきた。
グルジアのサカシヴィリ大統領はまた軍事的報復を策している、とラブロフ外相が警告を最近発しているが。

ヴェニスの会議で、あるロシア人インサイダーが面白いことを言っていた。
「第一次大戦がセルビアの跳ね上がりから起きたように、大国が小国によって振り回され、戦争に引きずり込まれる時がある。
今回グルジアの場合もそうだった。ロシアは南オセチア、アプハジアに振り回され、アメリカはグルジアに利用された。
ロシア軍が、功を焦った面もあった(注:将軍の大量解雇等、ロシア軍の本格的リストラ計画が10月に発表されている。軍部はグルジア紛争で功を上げることで、この計画を防ぎたかった、という意味だろう)。
しかし今回はロシアも、EUも、アメリカも予測可能に振舞った」

"Modernity"について
論壇とか国際シンポジウムの世界にも流行がある。「文明の衝突」とか「歴史の終わり」とか、リベラリズムとか市民社会とか、日本ではあまり盛り上がらない諸概念が盛んに論じられる。こうしておかないと、論壇も産業として成り立たない。

で、以前は「市民社会」というテーマが世界中のシンポジウムをにぎわせていた。
ところがアメリカのイラク進攻の時からだろう、どうも市民社会とかリベラリズムという言葉が使われなくなってきたのだ。

よく知らないのだが、EUのあたりでModernityという概念が言われるようになり、それをロシアのリベラル・インテリ達が議論するようになっている。

80年代後半に成人したロシア人インテリにはリベラルな者が多いのだが、彼らは90年代ロシアの改革失敗で、リベラリズムとか民主主義とか市民社会とかいう言葉をもう使えなくなっている。
ロシアの国民が、こうした西側の考え方こそ90年代の大混乱をもたらした元凶だと思い込んでいるからだ。

そしてロシア人自ら言うように、「西欧の人間の遺伝子には、『ロシア嫌い』が染み付いている」という状況だから、リベラルなロシア人は世界に居場所がない。
(注:西欧とロシアの間は、なぜ嫌われるのか互いにわからないでいるという点で、日中関係に似たところがある)

だから、リベラル政党を標榜するレベジェフの「独立民主党」にとって、Modernityという概念は拠り所として重要なものなのだろう。

日本の消滅
失われた10年で足の引っ張り合い、善玉、悪玉のレッテル貼り、そしてこの2年で三回も総理が代わるうち、日本は世界のレーダー・スクリーンから消失した、と言われている。

低金利政策で輸出を増やしそれで経済を支えてきたため、円のレートは実力以上に落ち、日本の力もすっかり過小評価されるようになった、と言うか、もう「およびでない」(irrelevant)国になっている。

ヴェニスの会議でもインドは3人も元外交官を送り込んでいた。中国は誰も来なかったから、僕が中国のことを説明したりしたが、日本のことを聞く者は誰もいなかった。
まあ、どうせアメリカの忠実なポチだ、聞いてもしょうがない、くらいにしか思っていないのだろう。
だから僕も随分手を上げてしゃべったけれど、日本といえば皆ちやほやしてくれた20年ほど前とは完全に様変わりで、今ちやほやされるのは中国だ。
この頃、この手の国際会議に出る日本の識者は、皆こうした状況と戦っているのだと思う。

上げ潮のインド
インドも大きくて独自の立場を持っているから、最近は上げ潮だ。
僕は、BRICs諸国の経済成長は少なくとも当初は、先進国の経済成長の枠内でしか実現しないと思っているが、彼らはそう思っていない。もうアメリカに取って代わる気になっている。

そして、彼らの中国に対する対抗心はすごい。上海協力機構にしても、インドの加盟は中国を助けることにしかならないから加盟しない、と言う者がいる。

そしてインドは、話がグローバリズムとか貿易の自由化に及ぶと、「伝統」とか「異なる価値観への寛容」とかを持ち出して抵抗することがある。あれだけ自分を西欧文明の一員として位置づけたがるのに、面白いことだ。

ところで外相まで勤めたベテランのRasgotra氏が洒脱なことを僕に言った。
「これまで会って見て、これはと感服した外国の指導者はいましたか?」と僕。
「いんや。感服した指導者はいない。皆、視野が狭く、自分の国はすごいとしか言わなかった」
「周恩来に会いましたか?」と僕。
「彼は巧みな外交官だったが、彼の言ったことは全部実際とは異なった」                (了)


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