Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2023年5月 5日

ドルは凋落するのか

(これは4月26日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第132号の一部です)

米欧で銀行破綻の連鎖がリーマン危機2.0を起こすのではないかという懸念が高まっている。更に、ドルの世界的な地位が後退するのではないか、ということが、一部で期待をこめて議論されている。後者については、それほど簡単にはいかないということを、ここで論じてみたい。

ドルの後退は、次の二つの前線で起こり得る

1) 一つは、海外で米国の覇権を嫌い、制裁を恐れて、ドルの使用を控える動きが広がっているように見えること。
反米の旗頭の中ロは人民元・ルーブルによる決済に本気で移行している。と言うか、ロシアはドルを使わせてもらえないからそれしかない。インド・ロシアがルピー・ルーブルによる決済に移行する動き、湾岸諸国の一部に人民元での原油取り引きを模索する動きがあるが、これらはずっとマージナルなものだ。

2) もう一つは秋に向けて米国政府の債務上限を引き上げておかないと(そのためには議会の承認が必要)国債の増発ができなくなる。するとこれまで発行した国債で期限が来るものの返済をする資金がなくなる。するとドルは信用を失ってその価値は暴落する。そしてドルはその支配的な地位を失う――こういうシナリオだ。
 
1)の方は、今心配する必要はない。中ロも本来なら、ドルを使って貿易・資本取引をしたいところだろう(中国はロシア以外との取り引きでは、ドルを使っている)。ドルは、最も使い勝手がよい。相手からドルを受け取れば、それは第三国への支払いにも回すことができるからだ。そしてドルが手元に溜まれば、米国国債を購入し、高い金利を享受することができる。

人民元とルーブルでは、中国、ロシアの間だけで物々交換をしているのと実質的に変わらない。人民元やルーブルを、第三国への支払いには中々使えないからだ。冷戦の時代、ソ連圏諸国はドルではなく、「振替ルーブル」なる通貨単位で身内の貿易を数えていた。計画経済だったので、貿易も年間計画になり、基本的に輸出入額をバランスさせていたのである。だから「振替ルーブル」という紙幣はなく、単なる帳簿上の計算単位であった。

現代の人民元は、世界第2の経済大国の通貨だから、使いやすいように見えるが、中国は貿易黒字体質の国。人民元が「出て」いくのは、資源国を相手にした時だけ。中国は資本取引は厳しく規制しているので、人民元はこの分野では交換性を持たない。つまり人民元は、世界中の取り引きの決済で使えるほどの「量がない」

中国と人民元での決済を増やそうとしているロシアだが、ロシアの銀行などは人民元を入手できずに困っている。今モスクワでは、FXや預金用に人民元が大人気なのだ。

ロシアはインドとの貿易もルーブル、ルピーで決済すると豪語しているが、実際には難しい。この貿易は今ロシア側の大幅な出超になっている。EUに売れなくなったロシアの原油がインドに大量に向かっているからだ(インドはこれを精製して、多くを欧米諸国に再輸出している)。ルピーで支払いを受けても、ルピーはインド当局の管理が厳しく、使いにくいし、これが溜まってもどうしようもない。

3月末ブラジルと中国が、人民元とレアルでの貿易決済を行うことで合意しているが、まだ意図表明の域を出ていない。実現しても、ブラジル・中国間の取り引きに限られる。しかし2021年の両国間貿易は、ブラジルの約300億ドルの黒字になっている。つまりブラジルに毎年それだけの人民元が溜まっていくのだが、それでブラジルはいいのだろうか?
以上、世界の貿易でドルが用いられる分は減少するだろうが、米国や日本がそれで困ることはない。米国は自分で印刷したドルで、恣に輸入を増やすことができるし、対外投資もできる。財政赤字になってもその分の国債を発行すれば、それを購入して金利を得たい国々が米国の門前に列をなすだろう。ドルの重要性、地位は簡単には後退しない。

危ないのは、上記2) の米国の「オウン・ゴール」だ。今年7月~9月、議会が債務上限引き上げで合意ができず、「米国政府がデフォルトに陥る」可能性が濃厚になれば、世界中の人がドル暴落を予期してこれを売却、別のもので財産を保持しようとするだろう。その時買われるものは円と日本株式、ユーロとEU株式、そして金といったところ。ドルは暴落するだろう。

かつて債務上限が問題となって米国デフォルトの危険が高まった2011年8月には、与野党は直前に手を握って、デフォルトが実際に起きるのを防いでいる。この時、ドルは円に対して1ドル76円台の最低水準にあったが、急落したわけではなく、債務上限引き上げ後も次の年まで低値で推移している

今回、民主党と共和党の対立は国民に対して無責任なレベルにまで高まっているし、予算を握る下院では野党の共和党が多数議席を握る。しかも来年11月には大統領選がある。となると、共和党は債務上限の引き上げを認めないかもしれず、米国政府はデフォルト、ドルは暴落と相成るかもしれない。

しかしこの時、ドルを手放して他の通貨や資産に乗り換えようとしても、後者の規模には限度がある。そしてドルは一時暴落しても、経済の実力に見合ったレートに復元してくるものだ。

戦後、米ドルが大きく減価した時は何度かあった。1971年、ニクソン大統領がドルと金の間のリンクを切った時、ドルは金に対して3年で30%以下の価値に下落している。1985年、「プラザ合意」で米日独英仏は「緩やかなドル下げ」で合意したが、市場の圧力でドルは円に対して2年で2分の1の価値に下落した。

これらの場合でも、ドルは世界の取り引きで最も使われる通貨であることを止めていない。決済、そして運用のためのインフラが揃っているからである。米国以外の国は、ドルが暴落すると、自国の通貨が切り上がって、大市場である米国への輸出が難しくなる。対米黒字が減少すれば、その国の通貨はまた価値を下げていくのである。

つまり一度世界の基軸通貨の地位を確立した通貨は、その地位をなかなか失わない。戦後の世界の通貨体制はドルと金を柱に構築されたが、英国ポンドは1955年になっても、世界各国の外貨準備総額の中で40%分の地位を占め続けていたのである。

こうしてドルの価値が変動する中で、金は多分一貫して値を上げるだろう。2008年の金価格は1オンス871ドル、1グラム2900円。2012年の価格はそれぞれ1669ドルと4282円になっている。

以上、ドルが国際基軸通貨の座から転げ落ちることは今回ないし、人民元がドルに取って代わることもないだろう。ドル価値はかなり大きく上下する


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/4256