Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2022年6月12日

ウクライナ戦争とロシアの興亡

(これは5月25日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第121号の一部です)

 (ロシア経済の底力もどこまで)
 ロシア、特にその経済がウクライナ戦争での制裁でどこまで弱るか、実はまだわからない。ロシアがいつもなら発表する、GDP統計の多くの項目を隠ぺいしているのもその一因。但しルーブルが一時暴落したことで、ルーブル・ベースの国家歳入はむしろ増え、3月は中央・地方とも史上最高の財政黒字をあげている(4月18日クレムリンでの会議でプーチンが発言)。

そして種々の報道は、ものごとの裏を十分教えてくれない。例えば西側企業はロシアを捨て、西側ブティックもほとんどが閉店したという報道がある一方で、西側企業はロシアでの事業をまだ売却したわけではない、売却先が簡単には見つからないとか、店の品ぞろえは変わっていないという報道もある。西側の本社は撤退しても、ロシアでのこれまでの提携相手が単独で事業を続けている場合も多いのだ。

 今のところわかっている数字は、第1四半期の輸入が対前年同期比でマイナス40%(中国からの輸入はマイドイツからの輸入はマイナス62%)、輸出がプラス7%というもの。このアンバランスな貿易で、経常収支は記録的な520億ドルの黒字をあげている。年間を通じては2500億ドルもの経常黒字が予想されており、これは2021年の1200億ドルの二倍以上の記録的な数字だ(以上、高等経済学院の開発センター資料)。ただ、それが実際にロシアに流入するのか、そしてそのうちロシア中銀が自由に使える分がどのくらいになるのかはまだわからない。そして輸入は機械などの投資財と家電などの耐久消費財だから、その激減は近い未来の生産を減らし、現下の商業売り上げを下げ、GDPを減少させる。

他には自動車の生産が3月、対前年同期比72%減少した。これは、外国の自動車企業が軒並み操業停止、あるいはロシアから撤退していることによる。しかし自動車生産は、ロシアのGDPの1%にもいかない。他に冷蔵庫が52%、洗濯機が50%の生産低下を見せている(5月15日付 The Bell)。

 今後EUがどこまでロシア原油・天然ガスの輸入を「本当に」削減するかで、ロシア経済の今後は大きく左右される。インドや中国は、EUに代わる存在にはならない

(伸縮を繰り返すロシアの範囲)

 ロシアは昔から大きくなったり縮んだりしてきた国柄だ。もともとは13世紀頃生起した、モスクワを核とする都市国家。16世紀にウラル山脈を越え、アメリカ人とは反対に東へ、東へ。住んでいたトルコ系、モンゴル系の原住民を脅し、すかし、騙し、殺して、清朝中国の領土も侵食、1860年にやっとウラジオストックまでの大帝国を作り上げた。その間17世紀初めにはポーランド軍にモスクワを約4年間占領されているし、ステンカ・ラージンの乱、プガチョフの乱と、国内の統治を脅かされている。1812年にはナポレオン軍にモスクワを占領され、1918年にはボリシェヴィキの革命政権が領土を大幅に割譲する形でドイツと単独講和をはかり、第1次大戦から抜けている。そして1919年、日米のシベリア出兵で極東の安全を脅かされると、翌年には「極東共和国」なるものを独立させ、それによって日米と戦争状態に陥ることを防ぐ。

 直近では1991年、ゴルバチョフとエリツィンの権力争いでモスクワの権力が真空状態になってくると、諸共和国や大きな州は、モスクワへの税収の送金を拒否。首長は「大統領」を名乗って、独立の機運を高めた。ロシア共和国の大統領に既になっていたエリツィンは、ソ連をなくすことでゴルバチョフを追い落とすという、奇手に打って出ていたのである。91年12月、彼はベラルーシの森の中にウクライナとベラルーシの首長を集めると、ソ連の解散を一方的に宣言。この超法規的な政治的行動で、超大国ソ連はあっさりこの世から消えたのだ。税収を失っていたソ連政府は、何も抵抗できなかった。
 
 今回は、事態はまだここまでにはなっていない。しかし91年の情勢との類似性を心配する論調はちらほら出てきた。報道は抑えられているが、諸方の新兵招集センターで爆破事件が続発している(5月6日付intellinews)など、不安な兆候は出ている。アレクサンドル三世の保守的な政策で抑えられている中で、左派革命勢力によるテロが相次いだ19世紀末の状況を思わせる。

 そして「プーチンはもう賞味期限」という見方は、ほぼ常識になっている。その中で心配なのは、統治機関、マスコミなど多くの組織もトップの世代交代の時期にさしかかっていることだ。ロシアの組織では、トップに権限が集中しているだけに、それが代わるということは天地がひっくり返るような危険を意味する。別の派閥に属する者がトップになったりすると、これまでの支配的派閥に属した者たちは飯の食い上げになるからだ。だから、プーチンが代わるということになると、後継の大統領には自分たちの息のかかった者を送り込もうとして、命がけの戦いが始まるし、主な組織の中でも対抗馬同士が異なる大統領候補を担いで、派閥闘争を展開するだろう。マフィア、暴力団、少数民族の暴力団、あらゆる暴力がこれに利用される
 
(一帯一路は一体どうする?)

 一つ面白いことが起きている。それはアジアとEUを結ぶロシアの鉄道が利用しにくくなっていることだ。欧州委員会の対ロ制裁に「ロシアの鉄道を使わない」という項目はまだ入っていない。しかし実質的に使うのが難しくなっている。一つには外国保険会社がロシアから撤退したことで保険をかけにくくなったこと、銀行を通じての支払いが難しくなったこと、そして何より戦争の危険があることによる。

ロシア経由のアジアとEUの間の鉄道貨物は、戦争前は年間150万TEU(1TEUは、長さ20フィート×8×8.5、つまり約6米×2.5米×2.5米のコンテナ)、うち146万は中国とEUの間の貨物、つまり一帯一路の一環だった。これが止まると中国の対EU輸出が止まるかというとそんなことはない。2021年の中国の対EU輸出は4722億ユーロあったが(Eurostat)、このうち鉄道を通るものは250億ドルしかないからだ(以上4月20日付Jamestown)。多くは海路、空路によるものである。上記150万TEUはコンテナ船であれば150隻ほどで運べるが、貨物列車ならば50両連結でも毎日82回、1時間約3回の運行が必要となる。

ロシアを通る鉄道に代わり得るルートはいくつかある。中央アジアからイラン、次いでトルコにぬけるもの、カスピ海を横断してトルコにぬけるもの、などである。しかし鉄道はあっても運べる貨物の量に限りがある、あるいは鉄道がまだない箇所もある等、実用にはならない。それに近代的なビジネスに慣れていない国とその税関がいくつも存在するこれらのルートは信頼性に欠け、とても西側や中国の大企業が使えるものではない。

(中国の動き)

中国はウクライナ戦争で中立の立場を貫いているが、企業レベルではいくつか相反することをやっている。一つは中国の銀行が米国に制裁されて米国とのビジネスができなくなるのを怖れるあまり、ロシア関連の業務(融資、送金)をしたがらないという問題があるということ。これに相反する現象としては、中国の大海運企業COSCOがロシアの原油を大々的に中国に輸送しているということがある。これは、EUがロシア原油の海上経由取り引きを自粛(8月からは正式に禁止となる)しているのとは対照的な動きだ。ロシアのタンカーが発信装置を切って出港、沖合の「瀬取り」で第三国のタンカーにひそかに積み替え、後者がEU諸国に積み込んでいることは既に指摘されている。この中にCOSCOのタンカーが入っている可能性もあるのだ。

(ユーラシアで重みを失うロシア)

先月号でも書いたが、ロシアが大幅に退潮、あるいは分裂傾向を強めると、ユーラシアの国際政治は様変わりとなる。特に中央アジアでのロシアの存在感は大幅に後退し、トルコ、イランと同等、あるいは下回るものとなる。つまりユーラシアで何かをするという主体性を失い、受け身の存在になるということだ。アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタンは独自の勢力としての地位を高めるだろう。

中国が席巻するという見方もあるが、中国の経済力は下降気味。軍事力をprojectする経験もないので、「席巻する」ことはないだろう。地政学の大家マッキンダーなどは昔、「ユーラシアの中央部分を牛耳る国がユーラシア全体を、ひいては世界を牛耳る」と言ったが、現代の米国にその野心はない。米国はこの地域に大きな経済的利益を見出していないし、この大陸の真ん中に軍を送っても兵站で苦労することを心得ているから、折角アフガニスタンから撤退した後、また軍を送って苦労するような愚は避けることだろう。

日本はこの地域で外交を強化する必要は特にないが、大国の下らない力比べを戒めて現状で国境を固定、それを国際条約で担保するような方向に世界を動かす、くらいやったらいい。

(ロシアの分解と核兵器)

 最後に、ロシアがもし分解すると、ソ連分解の時と同じく、核兵器の扱いが非常に大きな問題になる。特に米国は非常に神経質になるだろう。ソ連分解の後は、ウクライナやカザフスタンに配備されていたソ連の核兵器は、ロシアがすべて回収した(ことになっている)。しかし今回は、かつて核兵器をロシアに全部差し出したウクライナが、今ロシア軍にいいようにやられているのを見た者たちは、核兵器が手元にあれば放そうとはしないだろう。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/4173