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世界はこう変わる

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2022年5月16日

ロシアのない世界 はどうなる?

(これは、4月27日に発刊したメルマガ「文明の万華鏡」第120号の一部です)

 プーチンは「ロシアの居場所がない世界は、ロシアに無用」ということを言っている。これは世界と無理心中する用意を表明したもので、不気味なことこの上ない。まあプーチンの側近は彼と心中したくないだろうから、ある日突然世界は、「プーチン大統領が心臓発作で急死しました」というニュースを見て驚くようなことになるのだろう。ロシアにはあらゆる薬がそろっていて、いろいろな病気の症状を起こすことができる。

 それはそうと、ロシア制裁が続く限り、ロシアは塩をかけられたナメクジのようにだんだん小さくなっていくだろう。原油・天然ガスの意味が低下すると、その度合いはますます激しいものとなる。その結果、何が起きるか。

 まず、ロシア国内の政治が安定性を失い、地方は離反傾向を強めるだろう。2024年の大統領選挙がそのきっかけとなる。プーチンでは再選(五選)はおぼつかず(2024年までにインフレは激化し、生活は更に苦しいものとなっている)、彼をかつぐシロビキ(公安警察等)は自分たちの権力・利権も失ってしまいかねない。かといって、プーチンに替わる神輿として適当な人材は見当たらない。うっかりすると、昨年9月の下院総選挙で30%以上の得票率を示した共産党に、大統領のポストを取られてしまうかもしれない

したがって、大統領選挙の前後には様々の勢力が入り乱れて、大統領ポストの争奪戦を始めることだろう。ロシアに多数できている傭兵会社、あるいはチェチェンのような異民族が形成する暴力組織は、政治家たちに雇われて、政敵の「始末」合戦を始めるかもしれない。

有力大統領候補が殺されたりすれば、モスクワでの権力は真空化する。そういう時、頭をもたげるのは地方の自立傾向だ。1991年末、エリツィン・ロシア共和国大統領はゴルバチョフ・ソ連大統領から権力を取り上げるべく、地方をしかけた。「ソ連中央から主権を取り上げろ。ソ連中央に税収を上納するな」と。そしてその年の12月、彼はベラルーシの森にベラルーシとウクライナのトップを集めると、「ソ連邦の解体」を超法規的に表明。不思議なことに、そんなことで70年続いたソ連邦は解体してしまう。

こうして大手の異民族共和国は独立していったが、残ったロシア共和国も端から端までの時差が11時間にも及ぶ領土大国で、ウラル山脈以東の多くの存在は実は非ロシア人という、植民地帝国の名残りなのだ。タタール系、モンゴル系、チュルク系、中には日本人と全く同じ顔立ちの人たちが作る自治共和国が、東西物流の唯一の動脈、シベリア鉄道周辺に固まる。彼らが自治傾向を強めると、ロシアはばらばらになってしまう。

加えて、今回のウクライナ戦争で、ロシアは二つの相異なる印象を周辺諸国に与えている。どちらも、これら諸国がロシアから離反していく動因となるものである。それは、一つには「ロシアは武力を使って我々の主権を冒し得る」という恐怖感、そしてまったく逆に「ロシア軍はけっこう弱い。頼りにならない」という軽侮感。どちらも旧ソ連諸国をしてロシアから離反させる要因となる。

ソ連崩壊後、もともと西欧文明に属していたバルト三国はEU、NATOに入って、ロシアとは訣別したが(それでも国内のロシア系住民は大きな力を持っている)、その他の共和国は時にはロシアに盾突きながらも、貿易ではロシアへの依存関係を続けたし、一部の国の安全保障にとってはロシア軍が頼りになる存在だった。ウクライナでさえ、最近まではロシアが一番の貿易相手だったし、アルメニア、タジキスタンにはロシア軍師団が常駐して、同盟関係を維持してきた。キルギスには空軍基地がある。「経済は中国でも、安全保障はロシア」というのが、中央アジアでは通り相場だった。これが崩れてきたのだ。

例えばコーカサスのアゼルバイジャンは、もともとロシア傘下の「ユーラシア経済連合」、「集団安全保障条約機構」にも入らず、ロシアとは友好関係の維持に努めていたのだが、2020年10月、領内にあるアルメニアの飛び地「ナゴルノ・カラバフ」を奪還する戦争では、トルコの支援を仰いでいる。トルコから購入したドローンがアゼルバイジャンの戦勝に大きく貢献したし、軍の指揮は実質的にトルコ軍の将軍が行った可能性を小泉悠氏は指摘している。一方アルメニアの方も、戦争ではロシア軍が何もしてくれなかった、としてむくれている。「戦争がアルメニア領で起きたのではないから、ロシアに同盟義務はない」というのがロシアの説明。だからアルメニアは今年1月、長年外交関係も結ばずにきたトルコと、外交関係設定の話し合いを開始している。

そして中央アジアのカザフスタン。この中央アジア随一のGDPを持つ大国の足元がどうも定まらない。ここは1月に国内暴動が起きて、これをロシアなどからの平和維持軍の派遣を受けて収拾したのだが、カザフスタン政府はわずか1週間たらずでこれら平和維持軍を追い返す。カザフスタン北部は工業地帯で、ロシア人の住民が多いため、一度ロシア軍を入れると何をされるかわからないという機運が政府内に出たためだろうか。

カザフスタンは以前から他の旧ソ連諸国と同様、ロシアのクリミア併合を認めていない。今年2月、ロシアはウクライナ東部のドネツ「人民共和国」とルガンスク「人民共和国」を国家承認したが、カザフスタンは他の旧ソ連諸国と同様、これを認めていない。そして1日にはスレイメノフ大統領府次長がブラッセルで、「カザフスタンはウクライナ戦争では中立の立場を維持している。ウクライナの領土保全を尊重する」と明言すると同時に、EUの対ロシア禁輸品がカザフスタン領をトンネルにしてロシアに輸出されることは認めないことを示唆。実質的にロシア制裁に加わったのである。

そして8日には、国連人権理事会からロシアは放逐されている。この時、途上国の多くは放逐を支持しなかったのだが――彼らは米国に政権転覆をされるのが嫌で、ロシアを頼りにしている――、それでも決議は93票対24票(棄権が58票)で通ってしまう。「ロシアのいない世界」は現実のものになった。

今後、ウクライナでのロシアとの衝突は続くだろう。ロシア制裁も続く。ロシアは国際場裏での存在感を縮小させていくだろう。中近東では力を持っているように報じられているが、それは米国に対する当て馬としてアラブ諸国に重宝されているだけの話し。自分でものごとを変えるだけの力を持っていないから、米国が中東から手を引こうとしている現在、ロシアの価値は減少している。

そして中国はこれまでロシアと準同盟関係を維持することで、米国の干渉と圧力をかわす手段にしてきたが、ロシアが弱化してくると何にも使えないどころか、かえってロシアがらみの制裁を米国から食らったりする――中国の銀行はそれを怖れて、つまり米国とのビジネスの方を選好して、ロシア企業への送金・融資等のサービス提供を断るようになっている――ことになりかねないとして、ロシアを捨てることとなるだろう。「水に落ちた犬はたたけ」というのが、中国の格言。ロシアは下手をすると、昔清朝から奪った沿海地方の土地――日本の面積の4倍――の返還を求められるような仕儀に相成りかねない。

ただ、ロシアが沈むことで、中国の力も少しそがれることを忘れてはならない。中国はロシアという準同盟国を失い、裸になってしまうのだ。その時世界は、GDPの50%を占める近代文明諸国、つまり自由と民主主義と市場経済を奉ずる諸国が一応まとまって行動する反面、残りの50%は中国、インド、ブラジル南ア、中東諸国、中南米諸国等ばらばらで、中ロがこれまで米国主導の世界をくさすために言ってきた「多極世界」、あるいは「無極世界」そのものに自分たちがなってしまう。それが、「ロシアのない世界」が意味するところだ。

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