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2021年2月19日

ロシア反政府活動家ナワルヌイ氏についてのいくつかの報道

ロシア反政府活動家ナワルヌイ氏は、西側では英雄視されるようになっているが、ロシア国民自身はそうでもない。政府の腐敗には腹据えかねる思いでいても、だからナワルヌイを権力の座に、ということにはならないのである。
別にナワルヌイ氏の足を引っ張ることもないのだが、ものごとはナンボのものかよく見極めておく必要があるので、いくつかロシア内外の報道を集めておく。中にはロシア諜報機関によるdisinformationもあるだろうが、信ぴょう性はできるだけ検証したつもり。

1)ナワルヌイ問題の正邪は、外部の者からは判断が困難である。なぜなら次の諸点があるからである。

a) 今回の一連の事態の発端は、昨年8月末シベリアを取材旅行中のナワルヌイが、「トムスクのホテルで盛られた毒薬が原因で」、モスクワへ帰る機中で苦しみだし、途中のオムスクに緊急着陸して入院したことから始まる。ナワルヌイ陣営は、これを新型毒薬ノヴィチョクによるものと言い続けているが、後日収容されたベルリンの病院ではノヴィチョクそのものを検出したとは直言していない 。またナワルヌイは10月初めにはドイツの雑誌の社屋5階に徒歩で上がり 、長時間のインタビューを行うまで回復しているが、ノヴィチョクが本当に盛られたのであれば、2018年亡命先の英国でノヴィチョクを盛られたロシア人スクリパリが今でも車椅子生活である ことが示すように、ただではすまない。

b) 1月17日帰国したナワルヌイが逮捕された直後、彼の陣営はYouTube等に、プーチンの腐敗を示す2時間ものドキュメンタリー・ヴィデオをアップし、これまで1億回のヴューを得ている。自分は2時間通して見たわけではないが、このヴィデオについてはいくつかの疑義がある。まず、このヴィデオはこれまでも言われているゴシップ類を集大成したものなのだが、何も証拠が示されていない 。西側マスコミで喧伝されている黒海沿岸の「プーチンの宮殿」については、豪華なインテリアが詳しく紹介されているが 、どうやって撮影したのであろうか。このヴィデオ発表後、独自取材したロシアの記者は、「宮殿」は未完で内部は裸の電線とセメント袋の山であったし、プーチンが泳いでいる情景が示されているプールはまだできていなかったと、詳しい画像つきで報じている 。
モスクワに長い豪州の記者John Helmerは、このヴィデオはドイツのスタジオで作成され、それに米国のいずれかの組織が関わった可能性を指摘している 。またオムスクでナワルヌイが入院した数日後にはドイツのNGO "Film for Peace" がチャーター便をオムスクに差し向け、ナワルヌイ夫人がプーチンに直接電話して出国許可を得たとされているが、これは金のかかるオペレーションだし手回しが良すぎる。

c) ナワルヌイはクラウド・ファンディングで募金を集めているが、これを私用にも用いている可能性がある 。つまり彼が批判する上層部の公私混同は、彼自身冒している可能性がある。

2)一方、運動家としてのナワルヌイは次の特徴を持つ。 

a) 彼は、上層部の腐敗を暴くブロガーとして一定の人気を得たが、その支持率は3%周辺で低迷してきた。当初はリベラル、その後支持基盤を拡大するため右顧左眄し、ナショナリストたちにも訴求している 。そして今は、米国にロシア要人を制裁するよう求めている。これら、特に西側を引き込もうとしたことは、ロシアの一般の国民には非常にネガティブに受け止められる。

b) 彼の釈放を求めてデモに出た者たちの大部分は、ナワルヌイを大統領にするために出たのではない 。この数年実質可処分所得が下がり、コロナで不便を強いられているのに、「上層部が不正に手を染めている」ことに抗議するために出てきたのである。
当局がこれを強引に弾圧すると、危険なことになる。しかし当局は暴力を振るうのを抑制している(拘束された者たちは数日以内には釈放される 。そしてデモに参加した学生たちは、あとで学校当局から種々の脅しを受けておとなしくなる)。

3)今後の事態を予想するにおいて念頭に置いておくべき要因は次のとおりだろう。

a) 当局が今回ナワルヌイ騒ぎを乗り越えても、9月には議会総選挙がある。ここで、反対派が開票不正を指摘して、2011年12月モスクワでの大規模デモ、あるいは1月6日の米議会襲撃のような騒ぎを起こしかねない。

b) プーチンは、かつては反対運動を力で抑え込んでも、国民を従わせる勢いを持っていた。国民自身、エリツィン時代の混乱の早期収拾を願っていたことも大きい。しかし現在の彼は年齢もあり、賞味期限に近づいている。エリツィン時代の困窮を知らない青年も増えている。権力継承を急がねばならないが、政情を不安定化させることなく継承ができるかどうか、わからない。

c) 他方、プーチン政権にとってプラスに作用するのは、昨年春「マイナス」領域にまで下がった原油価格が1バレル50ドルを超える、快適な領域に達していることである。これならばロシアは十分な歳入を得るだけでなく、政府として貯金を増やすことができる 。
そしてコロナ感染者数が下向きに転じ、ロシア製ワクチンの接種も軌道に乗り始めていることも政府にとってはポジティブな要因である。

d) ナワルヌイ事件に対する西側の反応が生ぬるい。本件WPと同日のNYT社説は、ナワルヌイへの実刑判決をめぐる事実関係を淡々と報道、「ロシア国民自身が反対に立ち上がるだろう」という結論で締めている。米国上院は本件でのロシア制裁を求める法案を上程したが、制裁対象の選定と内容を政府の今後の検討に丸投げする、形だけのものである 。
バイデン大統領は1月26日、プーチン大統領との電話会談の後の記者会見で、ナワルヌイ事件は新START条約延長を危うくしないのか、と問われて、「ロシアとは、国益を重視する原則で臨む(つまり新START延長は米国国益に適うから決行するという意味)。ナワルヌイ等の問題については、ロシアに率直に申し入れていく」との趣旨を答えている 。


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