エリザベス・ウォレン氏の政策
今週のEconomist誌が米国民主党の大統領候補Elizabeth Warren女史の特集をしている。
トランプ大統領の「ウクライナ・ゲート」のあおりで、民主党大統領候補の最右翼にいたバイデン前副大統領が一時失速(要するに、バイデンは現職副大統領としてウクライナを担当していたが、その地位をいいことに息子のハンターをウクライナの企業の取締役に押し込んだという非難を受けた)し、大胆な格差是正政策を標榜するElizabeth Warrenが、民主党の最右翼に躍り出たからである。
格差是正、一部大企業の専横抑制という同氏の政策は、生活難からトランプを支持した者の胸にも響き得るものなので、大統領選でトランプを破ることもあり得る。もっとも、ウォレンは移民にあまいので、白人中産・労働階級はトランプ支持を止めないかもしれないが。
Economistの記事をベースに、ウォレンの政策をまとめてみた。これらの政策の多くは、ウォレンが大統領になっても、議会で法律にされる時に、骨抜きになる可能性がある。
なおウォレンは、困窮したインテリ中産階級の家庭から這い上がり(両親は1929年の大恐慌で苦しんだばかりか、父親は病気に倒れたことでキャリアを棒に振っている。ウォレンの大企業への憎しみ、そして医療保険整備にかける情熱はここから発しているそうだ)、シングル・マザーとして子供を育てながらハーバードのロースクールの人気教授に上り詰めた人物。虚偽・虚飾がない感じを受ける。
1)25万ドル以上の所得をあげる者は15%の社会保障負担を負わされ(つまり15%の増税に等しい)、5000万ドル以上の資産を持つ者は2%、10億ドル以上の資産を持つ者は3%の富裕税を課せられる。(1億ドル以上の利益を上げる企業の)法人税は7%引き上げられる。そして連邦最低賃金を5年で一時間15ドルまで高める。現在の水準は7.25ドルで、2009年以来上がっていない。
2)全ての大企業は、連邦政府の免許を必要とし、雇用者、顧客、社会の利益を損なう場合にはそれを取り消される。そして社員が取締役の5分の2を選出する。
3)銀行は分割され、普通銀行と投資銀行は分化される。
(これもラジカルな政策で、金融バブルに経済成長を負うようになった米国経済を、1990年代の金融・銀行規制緩和以前に戻してしまえというものである。1990年代半ばには、米国の銀行は州を超えて全国的に支店網を展開することができるようになり、銀行が大規模化した。そして1999年には議会がGlass-Steagall法(1929年の大恐慌を受けて、銀行が投機的債券に投資することを禁じた法律)を廃止し、普通銀行が投資銀行と同様に投機的行為を行うことを可能とした。大規模化した普通銀行は預金をこれにつぎ込み、2000年代以降のバブルの続発をもたらした。)
4)FacebookのようなIT巨人は分割されて、電力企業のような公益企業とされる。
5)エネルギー面では、シェール・オイル、シェール・ガスの採取が禁止される。これは石油産出でサウジ・アラビアが消えるのと同様の効果を持つ。更に原発は段階的に撤廃され、再生可能エネルギーについては数値目標が設定される。
6)私営の医療保険の多くは禁止されて、公的なものに代えられる。Private-equity fund(注:顧客から集めた資金を未公開株に投資し、その企業の価値を高めてから上場することで利益を上げるファンド)は、投資した企業の負債に無限の責任を負わされる。
7)ウォレンは、「自分は関税(引き上げ)を恐れない」と発言しているし、製造業の海外への移転、海外サプライ・チェーンへの依存にも反対している。そしてドルの価値を「積極的に操作(actively manage)する」(ドル売り介入を意味しているのであろう)としている。
8)外交政策について、ウォレンは多くを明らかにしていない(ただしTPPについては、大企業優先のものとしてオバマの時代から強い反対の姿勢を取っていた)。同氏のアドバイザーであるGanesh Sitaramanは、「従来の安全保障問題を前面に出したアプローチから、政治と経済を一体のものとして考えるアプローチに変える」、「民主主義を海外に輸出するよりも、米国内の民主主義を守る方に重点を置く」との姿勢を明らかにしている。
Economistは、政府が経済に過度に介入することなく市場に資源の配分を委ねよと述べているが、市場が機能しなかったからこそウォレンが是正策を提案しているので、Economistの姿勢は無責任である。しかしウォレンの政策も問題だらけで、完全には実行されないとしても、彼女が民主党大統領候補に選ばれた時点で、株式市場は暴落するかもしれない。
どういう問題があるかと言うと、
1)企業の利益急落が予想されるために、株式市場は暴落するだろう。米国人は中産階級に至るまで、自分の年金掛け金を株式で運用していることが多く、株式の低落は政治的には非常にまずい。トランプは、自分の間違いだらけの経済政策が株式市場を下落させても、それをウォレンのせいにできることになる。
2)金融バブル依存をやめれば、米国経済は数10%収縮するだろう。白人中産階級が、銀行というかっこうの就職先を失うことにもなる。
3)税負担の増える企業は再び海外への流出を始めるだろう。金持ちは海外で所得を隠匿するだろう。
4)シェール・オイル採掘を禁止すれば、サウジ・アラビア並みに増えた米国の原油生産は急減し、世界の原油価格と米国内のガソリン価格は急騰するだろう。環境問題で青年層の支持を得ることはできるが、社会の大多数はウォレンを非難することになるだろう。米国は湾岸の原油への依存度を再び増加させ、対中東政策に本腰を入れることになろう。
なお、ウォレン氏は2018年3月に議員団の一員として来日しており、当時の河野外相、谷内国家安全保障局長、山本防衛副大臣等と会談している。当時の同氏のツイッターでは、日米同盟の意義を高く評価している 。また同氏が教鞭を取っていたハーバード大学のロースクールには、知日派が多数いるのでその影響を受けているかもしれない。
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