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世界はこう変わる

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2019年8月28日

世界での代替わり現象

(これは7月24日発行のメルマガ「文明の万華鏡」の一部です)
 この頃は、世界中の政党や宗教で、若返り、新陳代謝の現象が目立つ。若者は、雇用や給与や医療の改善要求、あるいは環境問題について糾合し、多くは散発的な選挙活動、或いは街頭行動で終わるが、新たな政党を結成し、既存の政党を駆逐しつつあるものもある。

この今の社会への抗議、旧世代への反抗は、1960年代後半ベビー・ブーム世代による世界的な学生運動激化を髣髴させる。当時先進国の若者を糾合したのは、生噛りのマルクス主義だったが(米国ではベトナム戦争反対運動)、今回は「二酸化炭素=悪」という生煮えの科学的知見が共通のイデオロギーになっている。

フランスではマクロン大統領の緊縮政策に反対して立ち上がった「黄色いベスト」運動がある。これは新たな政党の結成にはつながっていないが、共和党、社会党等、この数十年にわたってフランスの政治を牛耳って来た既存政党は、今や退潮あるいは退場の趨勢にある。

ドイツでは「緑の党」が、これまでの環境問題だけの政党の域を超え、右翼系以外の若者の支持を集めて躍進中だ。もっとも環境問題はますます若者を糾合する材料になっていて、金曜日には学校を早退して環境保護デモを繰り返す中高生が増えている。これは、スウェーデンで15歳の少女グレタ・トゥーンベリが、学校を休んで環境保護運動に邁進しているのにならったものなのだが、メルケルの後継者と目されるキリスト教民主同盟(CDU)の党首カレンバウアー女史は、最近この運動を批判して(CDUに投票しないことをSNSで呼びかけたため)SNSの記事の削除を求めて、若者の支持を決定的に失い、メルケル後継の目をつぶしている(先週、鬼門とされる国防相兼任になっている)。これまで既存政党を脅かす形で伸びてきたAfD(ドイツのための選択)党は、反移民等右傾化し過ぎて、伸び悩んでいる。

米国でも若年層は、社会保障の充実を呼びかけるサンダースやウォレンといった大統領候補を支持し、新たな政治のうねりを起こしている。

この頃の先進国では、政党というものは液状化した。これまでのように、既存政党の組織の中で何十年も地方組織から這い上がり、党内で支持基盤を醸成して指導者に上りつめるモデルはもう古くなった。トランプやマクロンやボリス・ジョンソンのようなポピュリストが、党内の秩序を壊して党をのっとり、あるいはまったく新たな政党を外部に創立して、付和雷同の勢いで政権を取るのが、現代のモデルなのだ。民主的であるように見えて、実はそうでない。ポピュリストは極端な、使えないアイデアで大衆を煽り、だましているだけだからだ。

中国の学生は就活でいそがしいが、ロシアの青年は面白い存在となっている。と言うのは、面白いことにロシアは、人口の43%が34歳以下、うち3000万が20歳以上の「世代Y」だという「若い国」で――出生率は低いのだが、平均寿命が男性で67歳余と低いので、若年層が多くなる――、青年はこれからの政治で重要な存在となるからだ。

そしてこのロシアの若年層は、一部は昔の青年共産主義者同盟「コムソモル」の現代版「青年親衛隊」に所属して出世を狙ったりするのだが、多くの者は政府や政治家や教会を異物視する自由な風潮に染まっている。ロシア版のラップが2015年頃からYoutubeを通じて広がり、Big Baby TapeのようにSNSで数百万ものviewingを得る者も出ている。このロシア版ラップは反政府・反社会的な歌詞を持っており、それに若者は共感するのだ。そして地方在住の者が覆面ブロガーとして、全国的に人気を博す例も増えている。

このロシアの若年層は右翼愛国主義から政治無関心層まで様々なのだが、一般に西側のカルチャーに同化しており、外国を見たいという強い欲求を持っている。そして世界の平均より汚職・腐敗に厳しく、政治家(82%)、そして宗教指導者への不信(86%)も世界平均をかなり上回る。調査によって異なるが、自分で事業をしたいと思っている者も多い(一部調査では41%)。

ソ連時代も青年がソ連を変えると期待されていて、実際彼らはペレストロイカ以降のソ連、ロシアの変容の旗を振ったのだが、今はロシアの厳しい現実の前にすり減っている。以前のリベラルは、愛国主義の旗手と化して、テレビ討論などでピエロのような姿をさらしている。今回も、多分そうなるだろう。

では、日本はどうなのか? 筆者が大学にいた1960年代後半、構内は米帝(米国帝国主義者)、あるいは日帝(米国のお先棒を担ぐ日本の帝国主義者)を糾弾する、むさ苦しい立て看板で埋まり、運動家がメガフォンで、「このたびい―――、カネに飢えた米帝はあ―――」となぜか語尾を伸ばす口調でがなり立てる。学生はいくつものマルクス主義分派に分かれて文字通り、殺し合いをしたものだ。まあ、これも、社会に関与すると言うより、社会に適応できずに内発していた例かもしれないが。

それが、今回はおとなしい。学生は総員、就活で忙しく、そうでない者は引きこもり。もちろんボランティアなどの形で社会に積極的に関わる者は多いし、海外ではそうした連中が国際会議で言語、内容とも素晴らしいプレゼンをしたりで、昔とは様変わりの面もあるのだが。

 で、何が言えるかというと、彼らは、これまで国民国家同士が相争ってきた国際政治の基調を、国単位の愛国主義から、グローバルな「愛球主義」に180度引っ繰り返してしまうかもしれない、ということ。ま、頑張ってください。
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