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2019年2月11日

中距離核兵器撤廃条約の無効化は、米ロの中国ねらい

(これは、昨年11月講談社の「現代ビジネス」に掲載された記事の原稿です。少し古くなりますが、事実関係など変化ありませんので参考までに掲載します。
この問題をめぐっては報道に混乱も見られるますが、本質を抑えることが必要だと思います)


 10月20日、トランプ大統領は、1987年ソ連と結んだ中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)から脱退する意向を表明した。その一日前、米国防省は、空母トルーマンがノルウェー近辺の北極海で訓練を行うと発表した。空母が北極海で訓練を行うのは、少なくとも近来なかったことである。この二つの動きは一つのこと、つまり米国の中距離核戦力の強化、そしてその発射拠点としての海域確保に向けられている。

北朝鮮の核ミサイルのことは言うに及ばず、中国が以前から、日本に届く中距離核ミサイルを百基以上保有していると見られているので、この米国の動きは日本のための「核の傘」――「お前が撃つなら俺も撃つ用意がある」と脅して、相手に撃たせない抑止力――を強化する意味も持つ。単なる、「核軍拡競争だからけしからん」という論理で片づけるべきものではない。これがなければ、これから米中対立が激化する中、日本は中国の中距離核ミサイルに脅されて日米同盟破棄、中国への服属を迫られることになるだろうからである。

因みになぜわざわざ「中距離」と言うのだろうか? 中距離とは大体500km強から5000km程度の飛距離を意味する。これより長距離のものは米ソ、米ロ、米中、米・北朝鮮間等の戦争に用いられるもので、「戦略核兵器」と一応命名されている。これらの定義は相対的なもので、中距離でも短距離でも、ロシアと西欧、中国と日本との間では、国としての機能を破壊することのできる「戦略的な」意味を持っている。つまり中距離核兵器は米ロ、米中の間では届かないが、米国の同盟諸国に対しては立派な戦略的兵器なので、同盟諸国にとっては生きるか死ぬかの問題になるのである。
以上のことを、中距離核戦力をめぐる歴史をひもときながら、論じてみたい。

 1979年筆者は西独のボンの大使館で勤務していた。当時、西独外交で最重要の問題に浮上していたのが、「ソ連が中距離核ミサイルSS-20の配備を始めた。これは有事に、西欧のNATO諸国を脅しつけ、米国への軍事協力を控えさせる狙いを持っている。なぜなら米国は、ニューヨークをソ連の核ミサイルに攻撃されるリスクを冒してまで、ボンを守ろうとはしないだろうから。このままでは米欧同盟=NATOがあやうい」という問題であった。

 これについて西独のシュミット首相と、フランスのジスカールデスタン大統領は、米国に、「ソ連のSS-20と同等の中距離核ミサイルを開発して、欧州に配備して欲しい」ということを強力に働きかけたのである。シュミットの足元の社会民主党では戦後一貫して反米、反核の機運が強いので、シュミットにとっては政治的な賭けだったが、彼は国防相も経験しており、安全保障上の考慮を貫いた。後にこの問題で党内が割れ、指導力を失ったのが一因で、彼は1982年9月に辞任、コール首相の誕生に至っている。

 かくして米国はPershing-2なる中距離ミサイルを開発し、西欧に配備する構えを見せる。と同時に当時のレーガン大統領はゴルバチョフ書記長と、INFの削減交渉を始めるのだ。軍縮というものはこのように、実際に「モノ」を相手に見せないと、進まないのである。米ソは当初、ソ連のSS-20を欧州に届かないところに移せばいいだろうと考えた。
ここで珍しく日本の外交官は断固として、「ソ連のINFが日本に届くようなところに転配されては迷惑千万」と米国にねじこんだ。その結果できたのが1987年の「中距離核兵器全廃条約」なのだ。米国はまだ配備を始めたばかりのPershing-2との差し違いの形で、SS-20の全廃をソ連から勝ち取ったのである。そしてこれを今回、トランプが「やめた」と言っているのである。

では、トランプの決定は単なる無謀な核軍拡で、日本、そして世界にとって迷惑なものなのか? それがそうでもないのである。それは、ソ連時代は極東になかった中距離核ミサイルが、今では北朝鮮と中国に百基以上も存在するようになったことに起因する。その点を見てみよう。

1987年の合意以降、米ソ双方は中距離核ミサイルをけっこう正直に撤廃した。ところがその後、ロシアが割を食うことが増えたのである。そして今では米国と日本にとっても、「中国の中距離核ミサイル」という新たな要因が登場している。1987年の合意見直しは、米ロ双方にとって必要になったのである――双方とも相手を表向きは「お前こそ条約に違反して中距離核ミサイルを開発しているではないか」と非難しているが。

細かく言うと、1987年の合意後、ロシア周辺の諸国が――別にロシアを標的にしているわけではないのだが――中距離核ミサイルの開発・配備を始めたのである。それは、米国を狙う長距離核ミサイル開発の途上の成果でもあったし、紛争を抱える隣国を狙ったものでもあった。パキスタン、インド(そしておそらくイスラエルのもの)が後者、そして中国、イラン、北朝鮮のものが前者である。

ロシアはこれらの国と紛争になった場合、米国向けの長距離核ミサイルICBMを使うわけにはいかない。と言うのは、これが発射された瞬間、上空の米国の衛星が探知して、米国はこれを米国向けのものと誤認、対応した行動をとってくるからである。

こうしてロシアは、中国やイランの核ミサイルに対して抑止手段を持たない状況に陥った。中ロは準同盟国同士と言っても、互いに信用はしていない。今でもロシア軍は、極東・シベリア方面での演習では、「国境を越えて押し寄せる大軍」に対して戦術核兵器(小型で都市は破壊できないが、大軍を一度に無力化できる)を使用するシナリオを使っている。これに加えてブッシュ政権のチェイニー副大統領は、東欧諸国に「イランのミサイルを撃ち落とすため」と称して、ミサイル防御ミサイルMDの配備を始める構えを見せた。これは防御と言いながら、実質的にはかつて廃棄したPershing-2ミサイルの技術を使ったミサイルで、容易にロシアを標的とした中距離核ミサイルとなり得る――とロシアは判断したのである。

「ロシアが秘密裏にINF開発のための実験をしている」と米国が言い始めたのはこの頃、つまり2000年代初頭のことである。ロシアはそれを否定しつつ、実は開発にはげみ、その成果は中距離巡航ミサイル「カリーブル」等として実った。カリーブルは2017年12月、ボルガ河口のロシア軍艦から発射され(1987年のINF全廃条約は「陸上」配備のものしか規制していない。水上から撃てば違反ではない、という理屈)、みごとはるか遠くのシリアに着弾した――とされている。今やロシアは中距離核ミサイルを再び手に入れて、これを極東に配備すれば中国、北朝鮮、韓国、グアム、日本を射程に収めることができるようになったのである。

オバマは国防支出を削減、特に核兵器の近代化を止めた。その間ロシアは、中距離核兵器だけでなく、長距離ICBM、潜水艦発射の長距離SLBMの近代化を着々と進めた。経済力のないロシアは、核戦力でしか米国との同等性を確保できないからである。だからトランプは大統領に就任早々、核軍備充実を公約のようにして言及し続けてきた。今回のINF全廃条約脱退は、ボルトン大統領安全保障問題補佐官等、かつてのチェイニー副大統領のラインを受け継ぐ超保守派の進言によるものと言われる。しかし、これはトランプ自身の信念を反映していると見られ、たとえこの先ボルトンが更迭されても政策の大元は揺るがないだろう。

すると、米国の新型中距離核ミサイルはまたドイツ等西欧諸国に配備されることになり、轟然たる反米、反核運動を引き起こすのだろうか? おそらくそうはなるまい。と言うのは、中距離の核弾頭つき巡航ミサイルや弾道ミサイルは西側原潜に搭載して、北極海に潜航させておけば(冷戦の時代、米国はそうしていた)、ロシアを牽制することができるからである。だからこそ、冒頭述べたように、米軍空母が北極海で演習し、力をロシアに誇示したのであろう。これまでも長距離核ミサイルを搭載した原潜の潜航海域を確保することは、米国、ソ連・ロシア、そして中国にとって(南シナ海)重要な問題だったが、今度は中距離核ミサイル搭載原潜の潜航海域を確保することが必要になっている。

そこで、中距離核兵器がアジアで持つ意味を詳しく見てみよう。前述の次第でソ連のINFが極東に配備されなかったことで、冷戦時代、ソ連の核の脅威は日本には直接及びにくかった。しかし今の最大の問題は、北朝鮮の核は言うに及ばず、中国保有の中距離核ミサイルなのだと思う。後者は百発を越えるものと推定されていて、中国軍による台湾武力統合などの有事には、日本が米軍を支援するのを止めるため、中国は中距離核ミサイルで日本の戦略拠点、米軍、自衛隊の基地を狙うだろう。こういう時に、「お前が撃つなら、俺も撃つぞ」と言って中国を思いとどまらせることのできる抑止用の核兵器は、今西太平洋の米軍に僅かしかない。かつてはトマホークという核弾頭つき巡航ミサイルが米国原潜等に配備されていたのだが、これはブッシュ時代の決定でオバマ政権が廃棄してしまったままになっている。これでは、日本は有事に米国との同盟義務を果たすことはできず、米国は日本を見捨てて裸のままに放置することになるだろう。中国は日本に中立の地位を認めることなく、政治・経済・軍事、あらゆる面で服属を求めてくるだろう。

いつまでも国と国の対立とか、核武装とか言っているのは時代錯誤なのだが、周り中がそんなことでやっていて、下らないからやめろと言ってもやめない以上、日本も核抑止力を強化せざるを得ない。それは、中国だけでなく北朝鮮、そしてもしかすると統一朝鮮の核――北朝鮮が長距離核ミサイルを放棄・撤廃すれば、米国は朝鮮戦争平和条約締結に応ずるかもしれず、その場合政治力学は在韓米軍撤退、韓国と北朝鮮の接近、そしてもしかすると「核つきの統一」の方向に働くだろう――に対しても使えるだろう。

しかし、日本本土に米国の中距離核ミサイルを配備することは、ドイツ以上に難しい。それに陸上に核ミサイルを配備することは、敵の先制・報復攻撃を容易にして、危険なのである。今米国が開発しようとしている、トマホーク巡航ミサイル新版を海中の潜水艦、あるいはグアムの爆撃機や戦闘機に装備してもらえば十分だ。

米国は日本に開発の費用分担を求めてくるだろう。それは当然のことだ。このままでは日本は、中国の属国になってしまうからだ。しかし日本を守ることは、米国の利益にもなる。在日の米軍基地は、米軍が西太平洋、そしてインド洋方面に展開するに当たって、不可欠の補修・兵站基地となっているし、日本や西欧等の同盟国が、中国やロシアの中距離核ミサイルに脅されて次々に同盟関係から「脱退」したら、米国は本当の裸の王様になってしまうだろう。

日本は費用を分担するが、何か見返りに米国から獲得しておくべきだろう。いつまでも唯々諾々として、費用分担だけしているのは独立国のすることではない。一つには、技術。そしてもう一つは権利を得たい。ドイツには、昔から米国が置いている「戦術」核弾頭が今でも数十発あるが、これはDual Keyと言って、実戦に使用する時にはドイツ、米国両国政府の合意が必要になっている。ドイツ政府も、これの使用を積極的に米国に発議できるようになっているのだ。そして米政府はドイツ政府の了解なしには、これを使用できない。このような権利が欲しい。そして将来的には、日本も核兵器を開発する可能性を開けておくのである。その「可能性」自体が抑止力になる。インドが、核ミサイルを保有していながら米国と原子力協力協定を結んでいることを念頭に置くべきである。

なお、中ロ両国周辺の海域は、米国原潜からの中距離核ミサイル発射拠点として、中ロ両国にとって戦略的意味を増してもいこう。米空母が北極海でわざわざ演習するのは、そういう意味を持っている。しかしだからと言って、同海域での通常の航行が危ないものになるということでもない。

長距離の、いわゆる戦略核兵器については、米ロ双方とも増強・近代化というトレンドは中距離核戦力と同じだが、こちらの方は別の条約が機能しており――2021年には失効するので、更新が必要となる――、中距離と話は別になる。いずれにしても、トランプがやみくもに核増強に突っ走ろうとしているという単純な話ではないのである。もっとも、感情的な彼が「核のボタン」を持っているのかと思うと、ぞっとする時もあるが。


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