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世界はこう変わる

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2008年5月23日

メドベジェフ・プーチン政権陣容と最初の政策

ロシアでは5月中旬、メドベジェフ大統領・プーチン首相新政権の陣容が大体発表された。ここでは、その人事配置から気がついたことを書いてみる。メドベジェフ政権が打ち出す新機軸については、今のところ①高度成長と経済インフラの急速な整備(プーチン首相が中心。関連大臣達はイワノフ、クドリン、セーチン等、プーチン首相の強力な側近によって固められている)、②腐敗との闘い(メドベジェフ大統領が中心)といったところが目立つが、それぞれこれからしっかりフォローされるかどうか定かでなく(特に腐敗との闘い)、本格的評価はここではしない。

ただ言っておきたいことは、プーチン首相の追及する高投資・高度成長政策、メドベジェフ大統領の追求する司法改革・腐敗追放等の制度改革は、二つ合わせてゴルバチョフ書記長時代の初期を強く思い起こさせるということだ。今は石油価格ブーム、ゴルバチョフの時は石油価格暴落という全く異なる状況下にあるのだが、投資と制度改革によって体制の梃入れをはかる、という意味では全く同じだ。ロシアの体質では、投資は浪費、制度改革は抵抗と混乱を呼ぶことが多い。

プーチン大統領下、大統領府副長官として政局を作り出していたセーチン氏は、今度は鉱工業担当の副首相となった。高度成長演出を担当するが、政局を作り出せる立場からは遠ざけられた。プーチン政権末期、内紛を表面化させた諜報機関においては、その争いの頭目と目された者達は殆ど更迭され、諜報機関FSBのトップには政治からは距離を置いた官僚タイプのボロトニコフが就任した。
一応考え抜かれた人事配置で新政権はスタートした。お手並み拝見といったところだ。

1.全体の印象

(今のところ静かなスタート)○メドベジェフ政権発足を前に、プーチン首相が実権を掌握するだろうとか、大統領府・首相府の間で熾烈な権限闘争が繰り広げられるだろうとかの観測があったが、今のところ経済マターは政府、政局は大統領府という仕分けが守られたポスト配置になっている。

○ナルイシキン前副首相が大統領府長官として、首相府とのリエゾンを務める。彼は首相府をよく知っている上、自己主張よりも調整を重んずるタイプだから適任だ。首相府官房長官も、ソビャニン副首相で同じく協調型だ。それに彼はこれまで大統領府長官であり、今度は首相府で同じような職務につく。双方を調整するには適任だ。

○閣議は人数が多すぎるという理由でめったに開かれないこととなり、代わりに14名の重要閣僚のみをプーチン首相が司会する「閣僚幹部会」が毎週月曜日に開かれることになった。これまでの閣議はプーチン大統領が司会してきたのであり、国家安全保障会議と社会・経済問題担当閣僚の会合を主宰することとされたメドベジェフ大統領は、若干格落ちの感がある。また経済の利権問題は政治に直結するので、大統領府と首相府がいつまでも相手の所掌範囲に干渉しないでいるかどうかは保証の限りでない。

○外交はそれほど整然と大統領、首相の間で所掌を分けられない。外交の主要な一環である対外経済関係は政府のシュヴァーロフ第一副首相が担当している。他方、ラヴロフ外相は本来はメドベジェフ大統領に直属し、国際関係担当大統領補佐官もプーチン大統領時代のプリホチコが留任した。それでもラヴロフ外相は毎週一回プーチン首相が主宰する閣僚幹部会の常連メンバーともなるのである。但し「大国としての独自性を強調し、矜持を守りながら西側とも密接に協力していく」という路線に変更はないだろう。

(「大統領府と首相府は渾然一体の一つのチーム」)
御用政治学者と目されているセルゲイ・マルコフは、「この人事は一ヶ月前には決まっていた。メドベジェフ、プーチンで一つのチームになっている。一体的な陣容となっている」と評した。また、大統領府と首相府のスタッフが争いを起こさないように、それぞれの長には協調型の人物が配された、と評する者もいる。そう言われて見ると、大統領府長官ナルイシキン(前副首相。日本にも数回来ている)、首相府官房長官ソビャニンとも、まさに協調型なのだ。

(プーチン首相途中退陣の可能性も?)
なお、5月中旬のモスクワ・タイムズは、諜報機関関係者が、「プーチンは自分が辞任した後、袋叩きにあい、利権も失うのではないかというシロビキの恐怖感を宥めるために首相として残った。メドベジェフが諜報機関へのコントロールを確立すれば、首相の座を降りるだろう。彼は負担の少ない憲法裁判所長官になりたいのだ。」と述べたと報じた。
これは、新政権は「プーチン院政」ではないかという西側からの批判を和らげるために流されたデマと見ることもできるが、昨年12月以降流されているいくつかの情報とはかなり平仄が合うのだ。プーチン首相が退いた場合には、例えばナルイシキン大統領府長官、またはシュヴァーロフ第一副首相が首相職を務める能力を持っている。プーチン首相早期退陣の可能性も、勘定に入れておかないといけない。

なお、プーチンは首相だけでなく、与党「統一」の党首にも選ばれているのである。それは、共産党書記長と首相職を兼ねていたスターリンのような権力のあり方を思わせる。「統一」は全国の地方政府や企業に党細胞の網の目を伸ばしているから、これと政府機関の双方を手に入れたプーチン首相の権力はメドベージェフのそれをはるかに凌いだ、と僕も一時は思った。
だが「統一」はどうも勢いがない。ロシア革命の頃の共産党には、革命への情熱があった。苦しい生活にも耐えた。ところが「統一」ときたらきらびやかな服を着ているが、その目は権力と金しか見ていない。虚ろな目だ。
新政権発足後、「統一」を前面に立てる動きはまだない。プーチン首相は今のところ、政府を握っているだけでも十分以上の権力を発揮している。

(インフレを呼ぶ? プーチン首相の「高度成長政策」)そのプーチン首相の初仕事は、国内の運輸インフラ(道路、鉄道、港、空港)を大増強するために、2010~13年に5700億ドル(何と約60兆円相当。毎年15兆円)相当を官民双方(政府予算は3分の1を負担)で出す計画を発表したことだ。

また彼は、経済産業省が提出した2020年までの経済発展プラン(ロシアが高度の成長を遂げ、2020年には世界で五位の経済大国となることを想定している)を厳しく批判し、「これはミニマムだ。もっと高い成長をしなければならない。チャンスは今しかない。しかしインフレ率は年間10%以下に抑えるのだぞ」という、経済学的に言えば支離滅裂のことを閣議で言っている。
こんな政策を実行したら、またロシアは高率のインフレに悩まされるだろう。特に独占のユーロ・セメント社に市場を抑えられてセメントの値段は、これまでも十分つり上げられていたのに、これからうなぎ上りになるかもしれない。

そして、企業は地元の道路や港を改善するための資金を搾り取られる。ロシアに出た日本の企業も、これから「計画を遂行」するために目の色を変えた地方官僚達に、資金拠出を迫られていくだろう。
ではここで、人事の詳細を見てみたい。

2.大統領府人事
大統領府長官:ナルイシキン(副首相から横滑り。日本の官房長官プラス総理秘書官に相当)
第一副長官:スルコフ(副長官から昇進。内政担当)
副長官:アレクセイ・グロモフ(大統領府マスコミ担当から昇進。マスコミ、儀典、総務担当)
     アレクサンドル・ベグロフ(大統領府監査部長から昇進。大統領府資産管理担当)
儀典長:マリーナ・イェンタルツェヴァ(留任。プーチンのサンクト・ペテルブルク時代からの同僚)
スポークスマン:チマコーヴァ(新任)

補佐官:ミハイル・レーシン(留任。元新聞相)
     プリホチコ(留任。外交)
     アルカージー・ドヴォルコヴィチ(留任。リベラルなエコノミスト)
     ラリーサ・ブルイツェヴァ(留任。法務)
     コンスタンチン・チュイチェンコ(新任。監査。大統領府幹部の中では唯一、メドベジェフ大統領の個人的友人。KGB職歴あり)
     アレクサンドル・アブラモフ(留任。地方政治)
     ユーリー・ラプチェフ(留任。文化)
     ジャハン・ポルイエヴァ(エリツィン時代からのスピーチ・ライター。留任。アゼルバイジャン系の切れ者の女性)
          オレグ・マルコフ

顧問: シェフチェンコ(新任。エリツィン大統領時代の儀典長)
     ミハイル・トリノガ(新任。メドベジェフが第一副首相だった時代の秘書官だが、はるかに年長の1949年生まれ。天然ガス関係の経歴が長く、ガスプロム会長を務めたメドベジェフとの関係ができたのだろう)
レイマン(新任。前通信相。利権に絡んでの悪い噂多く、更迭。処遇ポストだろう)
     ズラボフ(新任。前厚生相)
     ヴェニアミン・ヤコヴレフ
ウシャコフ・セルゲイ(新任。諜報出身。02~03年 連邦警護局、03~07年 ガスプロム、07年プーチン大統領顧問)他


3.内閣人事
組閣名簿は5月12日、プーチン首相からメドベジェフ大統領に提出された。

(第一副首相)
シュヴァロフ:(対外経済担当。一部報道ではメドベジェフ大統領に近く、今回の大統領府・首相府             相互関係を割り振った中心人物とされる)
ズプコフ:(前首相。農業、水産担当。6月にはガスプロム会長に就任すると言われている。メドベジ          ェフ大統領が第一副首相時代に兼任していたポストである〔社長はミルレル〕)

(副首相)
ソビャニン:(前大統領府長官。首相府官房長官)
セルゲイ・イワノフ:(前第一副首相。軍需、運輸、通信、科学技術担当)
クドリン:(留任。財務相兼任)
ジューコフ:(留任:国家優先事業。その他社会・経済案件)
セーチン:(前大統領府副長官。鉱工業担当)

(閣僚)(主な閣僚のみ)
ラヴロフ外相:(留任)
セルジュコフ国防相:(留任)
ヌルガリエフ内相:(留任)
コノヴァロフ法相:(新任。メドベジェフ大統領の個人的友人とされる。
フリスチェンコ産業貿易相:(産業・エネルギー大臣から横すべり)
シュマトコ(Shmatko)エネルギー相:(新顔。エカテリンブルクで大学を終え、軍参謀本部アカデミ              ーで研修。北洋艦隊の原潜部隊に勤務。これまで原発輸出公団理事長。石油・              ガスはセーチン副首相、フリスチェンコ産業貿易相が主として担当し、シュマトコ               は重点政策である原発輸出拡大に注力するのかもしれない)
レヴィティン運輸相:(留任)
ナビウリナ経済発展相:(留任)
トルトネフ天然資源相:(留任。彼は最近、ミトヴォル次長(サハリン・石油ガス2利権をガスプロムに              移すために動いた人物)と深刻な対立を起こしており、その留任はミトヴォル更迭              につながるかもしれない)
シェゴレフ通信相:(新任)
ゴリコヴァ保健社会発展相:(留任)

(なお今回は、プーチン大統領時代の産業エネルギー省と経済発展貿易省から、①産業貿易省、②エネルギー省、③経済発展省が作られた。対外経済関係を所掌するシュヴァーロフ第一副首相、科学技術等を所掌するイワノフ副首相、鉱工業を所掌するセーチン副首相がこれら諸省に相互乗り入れをするように見えるが、実際はどうなのか詳らかでない)。

(新しい内閣について注目されることは・・・)
○軍、諜報、警察などいわゆる「力の機関」(シロビキ)を担当する副首相職が設けられるとの観測があったが、これは実現しなかった。プーチン政権末期に2グループに分かれて内紛を起こすに至っていた諜報機関は、それぞれのグループの頭目が更迭され、国家保安庁長官には着実な役人タイプと目されるボロトニコフ(経済安全保障局長から昇進。ペルミ出身でレニングラード鉄道工科大卒。1975年からKGBに勤務し、03年にはサンクト・ペテルブルク市KGB長)が任命された。新政権発足直前には「力の機関は大統領に直属する」という原則が再確認されていることもあり、力の機関は少なくとも当初はメドベジェフ大統領に従っていくだろう。
○連邦漁業委員会は連邦漁業庁に改組され、農業省の下に組み込まれた。
ロシアの漁業には利権・腐敗が強く絡んでおり、ゴルデエフ農業相、ズプコフ副首相の下に組み込まれることで、その財務に目が光らされることになるだろう。
新内閣誕生後、ダリキン沿海地方知事が家宅捜査を受けたが、これにも漁業利権が絡んでいよう。

(昔の政治局を思わせる「閣僚幹部会」)
5月半ば、プーチン首相は「閣僚幹部会」を立ち上げた。ロシア内閣法では、特定の問題について一部の閣僚だけによる幹部会を作っていいことになっているが、近年では聞いたことがない。新内閣には2名の第一副首相、5名の副首相、そして17名の閣僚がいるが、幹部会メンバーはこのうち第一副首相、副首相と7名の閣僚のみ、計14名から成る。
その閣僚7名は:ゴリコヴァ厚生・社会発展相(女性)
        ナビウリナ経済発展相(女性)
        ゴルデエフ農業相
        コーザク地域発展相
        ラヴロフ外相
        ヌルガリエフ内相
        セルジュコフ国防相

この「幹部会」について注目されることは・・・
①閣僚全員が出席する閣議は形式に堕したとして、稀にしか開かれなくなった。
②これまで閣議はプーチン大統領が主宰していたが、幹部会を主宰するのはメドベジェフ大統領ではなくプーチン首相となる。
メドベジェフ大統領は毎週、「国家安全保障会議」を主宰する他、社会経済関係大臣達との会合も常時行う。
③幹部会は、これまでの閣議と同じく毎週月曜日に開かれることになるだろう。
④以前の閣議では、実業家や諸専門家もよばれて発言したが、幹部会はより閉鎖的な性格を強めるだろう。
⑤フリステンコ産業貿易相、シュマトコ・エネルギー相、トルトネフ天然資源相、レヴィティン運輸相が入っていないことが注目される。
しかし、幹部会で議論される案件によっては、担当大臣が呼び込まれるのだそうだ。


4.諜報機関内部の争い―――喧嘩両成敗?
○昨年の秋以来、チェルケーソフ連邦麻薬取締庁とパトルシェフ連邦保安庁(FSB、KGBの後身)を頭に、新聞紙上にまで熾烈な争いが繰り広げられたが、今回の人事でチェルケーソフは兵器調達庁長官に任命された。これは格下げと目されている。兵器調達庁は、これから予算増が予定される兵器調達を担当するので、うまくすれば軍を握るだけでなく利権にありつくこともできそうなものだが、同庁の上に立つ国防相には国防予算の透明化を課題として送り込まれたセルジュコフが留任している。それに兵器調達庁は今年の1月に設立されたばかりで、予算もついていないらしい。これよりはるかに強力で人員もいる兵器輸出公団Russian Technologiesの社長には、プーチン首相と東独時代を共に過ごした実力者チェメゾフが座っていて、国内の兵器調達にも権限を拡大せんとしている。

○他方、チェルケーソフに対抗した(と目される)セーチンは、大統領府副長官から副首相に横滑りした。彼はこれで大統領側近としての権力、そして諜報機関への抑えを失ったが、エネルギー担当として物質的利益は確保された。
同じく反チェルケーソフのパトルーシェフは、国家保安庁長官から国家安全保障会議事務局長に横滑りした。国家安全保障会議は軍、警察、諜報、外交等の「力の機関」を総括する機能を持ち、これまでも存在したが、その実権は事務局長に誰がなるかに左右されてきた。プーチン大統領第一期には彼の盟友セルゲイ・イワノフが事務局長となり、実質的にナンバー・ツーだった彼の勢威を背景に大きな力を発揮した。
パトルーシェフは今回、「健康問題を理由に」(以前から飲酒癖の噂があった)激務の国家保安庁長官を自ら退いた、と報道されているが、この報道振りを見ると、国家安全保障会議がこれから重要になるとは思えない。因みに同事務局長のポストは、イワノフ元外相が去った後、約半年にわたって空席だったものである。

○もう一人、チェルケーソフに対抗する側だったと目されるヴィクトル・イワノフ大統領府副長官は今回の一連の人事から少し遅れて処遇が発表された。それは何とチェルケーソフが占めていた連邦麻薬取締庁長官だったのである。チェルケーソフの腹心と目されるアレクサンドル・フョードロフとオレグ・ハリチキン次官の運命が注目される。

○セーチン副首相と子供同士が結婚しているウスチノフは、検事総長時代に調子に乗りすぎて法相に横滑りさせられ、今回人事では都落ちして「南部方面大統領特別代表」(広域知事のようなものだ。南部方面は問題地域のチェチェンも担当する)に追いやられた。大統領府副長官としてのセーチンの隠然たる力は、プーチン大統領のスケジュールを調整する権限を持っていたこと、大統領令を発布する際ゴール・キーパーの位置にいたこと、そしてウスチノフ法相を通じて裁判所を握っていたことによる、と言われており、ウスチノフの更迭はセーチン・マシーンの解体も意味している。

○以上、諜報機関の内紛は、当事者達が更迭されることで一応けりがついた。チェルケーソフが割を食った感じがするが、それは有力者の中に彼の友人が少なかったことによるものだろう。
なお、セーチン・パトルシェフ連合軍は、自分達の陣営に属さないチャイカ検事総長の捜査権限を弱めるため、昨年9月に治安機関の捜査権限を一手に集めた「捜査委員会」を設立していたが、この長官バストルイキンは今回留任した。また、対外諜報庁SVRの長官には、フラトコフ元首相が居座った。

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