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世界はこう変わる

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2017年7月16日

EUはもう駄目なのか 蘇るのか

(これは6月28日発行のメルマガ「文明の万華鏡」の一部です。)

 EUについては、幻想を持つ人が多い。実態は各国ばらばらの面が強いのに、日本では、EUはアメリカ合衆国と同様の統一国家的存在で、これが瓦解することは想像を超えた悲劇だと思われている。しかし、EUと米国が違うのは、EUは主権国家の集まりであり、権限を欧州委員会に委譲してあるのは域外諸国との貿易交渉、そして金融、及び多数の規格・規制の類で、外交、軍隊、予算の権限は主権国家ががっちり握ったままなのだから、EUの機構が瓦解したところで天地は引っ繰り返らない

域外諸国との貿易交渉にしても、欧州委員会の役人が独断専行でできるわけではない。まず各加盟国の内部で利害関係を調整、譲れる範囲、求めるものを決め、その上で全加盟国の代表が一堂に集まってごりごりと調整。何とかまとまった最大公約数的方針を欧州委員会に「マンデート」として与えて、交渉を委ねる。こういうことなので、欧州委員会の権能は主権国家の政府が持つものにはるかに劣るのだ。

そこを踏まえた上で現在の情勢を見ると、目の付け所は次のようなものだろう。
1) マクロンの当選で、EU崩壊モメンタムにストップがかかり、これからは「独仏を核」にEUの団結が再び強まると言われる。EUの団結強化はその通りかもしれないが、ポーランドやルーマニアなどの中欧諸国はEUの老舗諸国に厄介者扱いされることを恐れているし、ポピュリズムもEU諸国社会から無くならない。フランスの反移民のポピュリズムはル・ペン女史の敗退で台頭を抑えられたが、生活を良くしてほしい、そのためには既存の政党、政治家はだめで、新しい、手垢のついていない指導者が欲しい、という意味でのポピュリズムは、実にマクロンの台頭に体現されているのである。

生活と経済を良くするためにマクロンが取りそうな政策は何か? 彼はオランド政権時代、経済産業デジタル相としてフランスのデジタル産業の意気を大いに上げた。ソフト・バンクの対話ロボット「ペッパー」の対話頭脳は、フランスのベンチャーが開発したものである。一方マクロンは、もうけ過ぎている部門から搾りたてる傾向も持っている。オランド政権時代は、フランス政府が最大の株主になっているルノー・日産への政府支配を強化しようとしてゴーン社長の抵抗を招き、断念したことがある。今度はもっとカサにかかってルノー・日産をいじめにかかる可能性がある。

2) 欧州中央銀行ECBはこれまで、日銀と同方向の金融緩和政策を行ってきた。しかし日銀と同様、そろそろ出口論が高まってきており、金融を次第に絞ってくる可能性がある。そうなると、ユーロ高・円安になる可能性がある(既にそうなっている)。欧州委員会は25日、イタリア政府が国内の中型2行に公的資金を注入して救済することを認めたが、これによってイタリア発の金融危機は当面起きないことが固まった。

独仏が核となってEU再構築の構えを示していること、反移民のポピュリズムは峠を越えたこと、ギリシャ、イタリア発の金融危機は当面防げていることから、EUはこれから基本的には上げ潮になるだろう。但し経済成長が腰折れになる兆候があるようだし、イタリアで総選挙があればEU離脱派が力を得る可能性も残っているので、慎重な観察が必要だ。

3) 英国の総選挙でメイ政権の足元が危なくなった。もともと国民の大多数の不満は、EU脱退とかそういうことではなく、とにかく中東欧諸国から英国に大量に出稼ぎ、移民してくる連中を何とかしてくれ、でないと自分達の職がなくなる、ということにあったので、ことによっては「EU残留。一方EU域内の移民の流れは規制を強化する」という方向で、EUとそのうち手を握る気になっても不思議ではない

4) 米欧関係の離間が囃されている。5月末NATO首脳会議、続くG7先進国首脳会議で環境、貿易、そして防衛負担の問題でトランプと言い争ったドイツのメルケル首相がその直後、「米国に依存する時代は終わった」と公言したことがその印象を強めている。しかし、メルケルは「米国に完全に依存する時代は終わった」と言ったのであり、その狙いは米国がこれまでNATO欧州諸国に求めてきた国防費増強(GDPの2%が目標)をドイツ世論に納得させること、同時に秋の総選挙で今は連立相手のSPDが反米思潮をかきたてて票を稼ごうとしていることの裏をかくこと、の2つにあったものと思われる。
また、英国がEUから脱退する運びになっているために、独仏は英国軍がなくとも成立するようにEUの軍事協力をテコ入れしようとしている。しかし、EU諸国には日本と同じく、米軍を除外しての「完全自主防衛」体制をめざすだけの財政的・人員的余裕はないだろう。
EUにはSAFE(Synchronised Armed Forces Europe)等の防衛協力の枠組みがあって、アフリカのジブチ沖での海賊取り締まり等、共同軍事行動を行う時がある。しかし、NATOと違って、有事に「EU統合軍」が組成され、一人の司令官の下に作戦するという体制にはなっていない。各国がEU用に予定している部隊は、NATO統合軍用に予定している部隊と同じであることも多く、要するに作戦面でのEU軍事統合は有名無実の色彩が強い。だから当面、軍事協力強化用の基金(当面55億ユーロ程度を目標)を設立して、加盟国の軍需産業や旅客機産業への補助金を強化することが目玉となるだろう。

5) トルコはNATO加盟国だが、最近NATO、特にドイツとの関係が悪化していることが気になる。NATOとは、シリアやイラクでのISISとの戦闘で、クルド族が先兵として利用されていることが、トルコの気に入らない。トルコはロシアとの関係を強化するとともに、イラクのモスール近辺、及びシリアのラッカ周辺に軍を配備して、双方でのISIS掃討作戦で主要な役割を果たしているクルドを牽制している。ラッカ周辺では、一時米軍に行方を遮られてもいる。もっとも、イランに対抗するという点では、トルコの利害は米国と一致しているし、ロシアとは捻れている(ロシアとトルコは最近、関係を修復したばかり)のである。

なお、エルドアン大統領は25日礼拝中、気絶し、その後記者たちに対して血糖値の急上昇でそうなっただけで、もう回復したと釈明した。エルドアンはかつての同志でイスラム思想家・政治家のギュレンと争い、その過程でNATO諸国との関係も悪化させたし(NATOとの関係を担当したトルコ軍人にギュレン系が多かったため)、シリア、イランとの関係も含めて、内外政ともハードルをいくつも越えなければならないのに、健康という不安要因を抱え込んだ。彼が退場した場合、トルコの外交はしばし読めないものとなるだろう(これまでも読めなかったが)。

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