Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2017年4月15日

IN 中距離核ミサイル 騒ぎ再来

(これは3月22日発売のメルマガ「文明の万華鏡」第59号掲載の論文の一部です)

 3月9日米軍のセルバ統合参謀本部副議長が下院軍事委員会で証言し、「ロシアが中距離巡航ミサイルSSC-8を陸上配備した。これは、1987年の米ソINF全廃条約に違反する」という趣旨を述べた。「中距離核ミサイル=INF」、INF全廃条約・・・今からもう35年前、1970年代末西ドイツでの勤務を懐かしく思い出す。その頃欧州では、「ソ連の新型INF、SS-20が欧州向けに配備された。これに対して米国は、欧州を真剣には守ってくれないかもしれない。なぜなら欧州を守るためにソ連を挑発すれば、ソ連は米本土を核ミサイルで攻撃するかもしれず、そうなると核全面戦争になる。そうなるのが嫌な米国は、欧州を守ろうとしないだろう。つまり欧州は米国から切り離されてしまう=Decoupleことになりかねない。これを防ぐためには、米国製のINFを欧州に配備してもらうしかない」という、わかったようなわからないような議論が盛んで、西独のシュミット首相とフランスのジスカール・デ・スタン大統領の仲良し2人組が手を組んで、米国のPershing2ミサイルの欧州配備決定にまでこぎつけた。両名は、「日本の首相に、ソ連のSS-20配備についてどう思うかと尋ねたら、それは何のことかと聞かれた」とか言って笑っていたそうだが。

 Pershing2が欧州に配備される前に、ソ連は中距離核ミサイル削減交渉に応じた。ソ連、ロシアは力を背景に押し込まれないと、交渉には応じないという典型例である。そして1987年、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は「中距離核戦力全廃条約」を署名する。その交渉の過程でソ連は、「SS-20を欧州からは遠いシベリアから西に配備すれば問題はなかろう」との立場を見せたため、それを聞いた日本政府は米国に猛然と働きかける。SS-20を極東に配備させないため、とうとう米国のPershing2との相討ちでの全廃に追い込んだのである。当時の日本には珍しい、凄味のある外交だった。

それから何十年も過ぎた。1991年にはソ連が崩壊して親米的なエリツィン政権が登場したこともあり、INFは人々の念頭からは去っていた。しかしプーチン政権が登場した2000年頃からは、ロシアはINFへの郷愁を見せ始める。一つには、米国の原潜が核ミサイルや核つき巡航ミサイルを搭載して北極海を遊弋することにより、至近距離からロシアを核攻撃できるようになったこと(INF条約は陸上配備の中距離ミサイルを禁ずるのみで、海中配備のものを対象にしていなかった)、そしてもう一つは中国、イラン、北朝鮮等が独自の核戦力を整備してロシアを攻撃する能力を持つに至ったのに、ロシアはこれを抑止する手段(つまり中距離核ミサイル。長距離の戦略ミサイルを発射すると、米国が自国向けと誤認して直ちに反撃してくる可能性があるので、使えない)を持っていない、という事情があった。

そこでロシアは、INFの新規開発・実験に乗り出したようだ。米国は何度かロシアに警告を発したが、米国も中距離ミサイルは開発ずみだったし、そのことは2000年代後半、米国が東欧に配備しようとし、オバマが撤回した(彼は代わって、少し性能の落ちる迎撃ミサイルを東欧に配備した)ミサイル迎撃用ミサイルMDの基礎技術が昔のPershing2であったことに表れている。

そしてロシアの開発成果は、2015年10月、ロシアがカスピ海に浮かべた軍艦から巡航ミサイルを発射して、シリアの反政府派を攻撃したことで明らかとなった。この巡航ミサイルはイラン領を通っていったので、実に1500キロを飛行、つまり「射程500キロ以上」という中距離ミサイルの定義に当てはまっているのである。中距離巡航ミサイルの陸上配備を禁じている中距離核戦力全廃条約を意識してか、あえて海上の軍艦から発射したが。

このロシアの中距離巡航ミサイルが欧州方面の陸上に配備されたと思われることで、INFは欧州の国際政治、米ロ間のやりとりに再び登場した。それは2014年ロシアによるクリミア併合、あるいはその背景を成す1990年代末からの東欧・バルト諸国へのNATO拡大という歴史の文脈の中にある。クリミア併合は東欧、バルト諸国に恐怖感をもたらし、これら諸国は2016年7月NATO首脳会議で4000名の兵力をバルト諸国とポーランドに増派するとの合意を勝ち取る。その結果、今年の1月から米国、英国、ドイツなどのNATO諸国兵力が合計4000名、同地域に派遣されつつある。

これは、ロシアの反発を招くこととなった。ロシアは昨年10月には短距離ミサイルのイスカンデルを西方の飛び地カリーニングラードに持ち込み、隣接、近接のポーランド、ドイツを威嚇した。このイスカンデルの発射台からは、中距離巡航ミサイルを発射することもできる。そして、ロシア本土の欧州方面にもこの中距離ミサイルは配備された(場所は不明)。そうしたことが、冒頭の米軍人の発言につながったのであろう。

これは、35年前のSS-20騒ぎの時と同じく、欧州方面に話がとどまっている限りは、日本にとって対岸の火事。しかし中距離巡航ミサイルが極東方面、さらには北方領土にでも配備されれば、話はにわかに生臭くなる。日本が射程に入ることとなり、北朝鮮ミサイルと同等の危険性を持つことになるからだ。この場合、西太平洋で遊弋する米原潜が搭載する巡航ミサイル「トマホーク」に再び核弾頭を装備してもらい(ブッシュ政権が撤去を決定、オバマ政権が完全廃棄している)、ロシアの巡航ミサイルを抑止してもらうしかないだろう。但しロシアはこれまでも、爆撃機から巡航ミサイルを発射すれば日本を核攻撃できたので、それが陸上配備になってもさして変わるところはないとも言えるのだが。

なお、ロシアが極東方面に中距離核ミサイルを配備すれば、それは対北朝鮮、対中抑止強化の意味も持つ。中国東北部の吉林省通化には以前からミサイル基地があって、ロシアは一方的な脅威にさらされていた。1月には中国が黒竜省に長距離戦略ミサイルを配備したというニュースが流れ、ロシアの識者の反発を招いたが、2月13日中国との国境に近いユダヤ自治州で演習したロシア軍は、短距離核ミサイル・イスカンデルの使用もシミュレーションしたという報道がある。但し、同地区での演習で戦術核使用が想定されたことはこれが初めてではなく、米国に対抗するために準同盟関係にある中ロは、水面下ではこのように隠微な鞘当ても繰り広げている、ということしか意味しない。
">

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/3379