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世界はこう変わる

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2017年1月18日

あのフランシス福山が米国を破綻国家だと書いた

フランシス・フクヤマと言えば、ソ連崩壊を受けて1992年「歴史の終わり」(ソ連の崩壊で自由民主主義がグローバルな勝利を収めたと言える、これをもって世界史の進歩は頂点を達成したとするもの)で名高い、米国の日系の学者。
かつては、自由民主主義の世界的普及を目指す、いわゆる「ネオコン」のイデオローグと目されてきたが、トランプの大統領選勝利を受けて昨年12月、Prospectという雑誌に、「破綻国家:米国」という刺激的な論文を出した。グローバルな勝利を収めたと思っていた自由民主主義が、足元の米国でおかしくなってきたのだから無理もない(でも、どこか可笑しいが)。

「破綻国家:米国」との表題が示す通り、フクヤマは米国社会・政治体制の病弊を指摘、トランプ大統領は米国の力と権威を回復させるどころか、むしろ退潮傾向を上塗りすることになりかねない、との警告を放った。この長たらしい論文をまとめる機会があったので、以下に紹介しておく。

1)トランプ大統領は最悪の場合、米国のグローバルなリーダーシップを失わせ、1950年代以来米国が苦労して築いてきた自由世界を破壊してしまうだろう。トランプ印のナショナリズムは、トルコやハンガリーにおける権威主義の伸長と軌を一にする。双方とも、個人の自由を脅かす。
トランプ勝利の理由については、FBI長官が選挙日前にクリントン候補の電子メール事件を蒸し返したこと、あるいはロシアがクリントンに不利になる情報をリークしたことなど表面的な事象が議論されているが、問題は米国社会の深部における変化にある

2)2008年のリーマン金融危機で、このような危機を作りだしたエリート達の権威が失墜したし、その後一層広がった所得格差は公平性の欠如を強く意識させるようになった。同時に米国の軍事力の限界がイラクで示され、中国が購買力平価では米国のGDPを抜いた。トランプはこうした不満、不安につけこみ、偉大な米国の復活を呼びかけているが、それは自由と民主主義を旗印とするものではなく、自己本位のものであるために、他の大国に付け入る隙を与える。
以下、米国を今の姿にしてしまった要因を一つずつ見ていこう。

○政策決定における目づまり(elite capture and vetocracy)
 基本的な問題は、今日の米国社会が人種、宗教、文化など多様性を極めるとともに、それらが強い自己主張をもって、党派を超えた協力を不可能にしていることである。
そして資金力を持つ者達がロビー活動を通じて議会を牛耳り、普通の市民の利益を犠牲にしている。特に、2年に一度の選挙を戦わねばならない下院議員にとっては、資金集めが切実な問題であるため、民主党ではカジノ王Sheldon Adelson、共和党ではコッチ兄弟)などが影響力を増す背景となっている。

サンダース、そしてトランプは、クリントンをそのような金権政治の権化に仕立て上げるるとともに、FBIやFRBなどのエスタブリッシュメントをこきおろした。しかし彼らは真の問題のありかを突いてもいなければ、解法も提示していない。

そして欧州の議会制民主主義と異なって、米国における権力は分散しており、三権の間で相互拒否権が存在している。自分はそれを拒否権民主主義(vetocracy)と名づける。これは民主主義にとっては悪いことではないが、政策決定をマヒさせる。既に10年以上にわたって、連邦予算は通常の手続きでは採択されていない。2013年にはそのために、政府が一時閉鎖されたほどである。

税制は、世界でも高い方の法人税を補う無数の控除や助成金によって、1000ページにも及ぶ複雑なものとなっている。例外措置を削除して法人税を一律下げれば、2兆ドルにも及ぶ米国企業の海外資金が還流してくるだろう。

○不平等・階級差
この10年で不平等は拡大した。これまでは不平等と言えば都市部の黒人のことを思い浮かべたが、この30年にわたって続いた工業空洞化のしわ寄せが年長の白人労働者階級にいっている。このため社会の断層は人種というより、教育水準に規定された階級の間に存在するようになっている。
民主党、共和党とも、この白人労働者階級への配慮が足りず、彼らを(女性の大半も含めて)トランプ支持へと追いやった。

○情報操作の横行
インターネットは情報へのアクセスを容易にした反面、邪悪な目的のために歪曲・操作された情報を横行させることとなった。世界で情報操作に最も長けているのはプーチンのロシアであるが、トランプもオバマは米国生まれでないなどの虚偽を広めて、何の罰も受けていない。そして彼はNational Enquirerなどの大衆紙に書かれていることを受け売りしては、FRBやFBIなどの公正性に不当な嫌疑を投げかけ、人気を博した。

○国内ではプラス、マイナス両様
議会を共和党が抑えているため、オバマ時代に比べるとトランプは政策を進めやすい。特にインフラ建設が進めば(これまでは共和党内の茶会派が、政治支出に強く反対してきた)、労働者階級のための職が創出されるだろう。

他方、共和党は二つの流れに分かれている。社会保障面での支出抑制と開放経済を掲げるライアン下院議長等一派と、その逆を行くトランプ支持の労働者階級である。この二つの潮流は最初の予算でブレンドされるわけだが、それは高所得者優遇の減税、オバマケア等社会保障の縮小といった悪い点だけを組み合わせたものとなる可能性がある。そしてそれは、経済面での保護主義、そして非寛容な人種政策を伴うのである。

○トランプの予測不可能性
トランプはこれまで、取引に長けた実業家としての現実的な側面、他方、誰かを悪玉と決めつけてはこれと戦う向こう見ずな(extremist)ナショナリストとしての両面を見せてきた。彼は大統領に就任後、どちらのやり方を取るのだろうか? 後者の方に傾けば、WTO、国連、あるいは戦争犯罪に関するジュネーブ議定書に盾を突くことになるだろう。

○戦後の世界秩序の崩壊
トランプは、政治の麻痺、そして労働者階級の疲弊に対する不満を背景に選ばれた。しかし彼は、この二つの問題を処理できるのだろうか? 労働者階級の利益のために貿易交渉や移民の制限に乗り出そうとしているが、これは外国の報復を招き、1930年代のような競合脱線現象(Global spiral)を生むだろう。

トランプは、民主主義的な世界秩序の推進という、米国の長年の旗印をまったく掲げない、初めての大統領候補である。世界における米国の役割はオバマの下で大幅に減少した。トランプはこれに対する国民の懸念も背景にして選ばれたのだが、実際には米国の退潮を倍加してしまうかもしれない。

○エスタブリッシュメントと大衆の間の闘争
彼の当選は、世界における内向きのポピュリズム台頭を決定づけた。それは、「自由は国境では止まらない」という標語の下に進められてきたグローバリゼーションがもたらした、経済面、文化面での否定的な現象(注:民主主義が途上国、旧社会主義国における家父長制権威主義利権構造を破壊しつつあることを意味する)に対する、大衆の反発が顕在化したものである。自由民主主義のうち、「民主的」な部分(大衆)が「リベラル」な部分(エリート)に対する復讐に立ち上がったのだ。こうしたトレンドが世界に広まれば、怒りに燃えたナショナリズム同士が競合を続ける厳しい時代になるだろう。

フクヤマ氏の言うところは以上のとおり。彼の言い分の多くに賛成だ。ただ次の点で、彼のペシミズムには完全には乗り切れない。

1)格差の拡大はレーガン時代に始まり、クリントン大統領末期の金融規制緩和、そしてリーマン危機からの回復過程で増幅されたものである。しかし、現在米国における実質賃金は上昇傾向にあり、EUでもドイツを始めデフレ傾向からの脱却が始まっている。所得格差拡大は恒常的現象ではないかもしれない

2)かつてフクヤマ氏も与していたネオコン、あるいは人道のための積極介入主義は、ブッシュ、オバマいずれの政権においても顕著であった。しかしこの、民主主義普及、あるいは人道のために他国の政府を「レジーム・チェンジ」することを厭わない動きは、ウクライナ、エジプト等においては混乱しか生んでいない。またネオコンたちが持つプーチン・ロシアに対する異常な敵意、プーチン政権を覆そうとする無謀な動きは、プーチンの反撃を呼び、対立が対立を生む非生産的な現象を生んでいる。その点では、ロシアとの無用な対立を避けようとするトランプの方に分がある。

3) 現在進行中のAI革命は、生産性を飛躍的に増大させる可能性がある。それは人間の職を奪う半面、手厚い社会保障を可能にして、格差を緩和する可能性がある。フィンランドやオランダでは、生活保護を増額する実験(Universal Basic Incomeと呼ばれている)が進行中である。
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