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世界はこう変わる

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2016年11月 4日

米大統領選で敵に仕立てられたロシア

米大統領選も契機に、強いロシア叩きが米国論壇では行われている(テレビよりも新聞で目立つ)。ロシアとプーチンを悪者と決めつけた上で、トランプ大統領候補はロシアとプーチンに甘い、おかしいのではないか、トランプは以前ビジネスで訪ロした際、ロシアのハニー・トラップにひっかかったのではないか、という言説を流す者もいる。
また「ロシアが米大統領選を操作しようとしている。民主党本部の情報をハッキングしたのはロシア諜報機関で、ロシアはこの中からクリントン候補に不利になるような情報をウィキリークスを通じて流している」という言説も一般的になっている。議論の多くは検証もされていない決めつけをベースにしたもので、米国論壇の議論は党派的、そしてソ連式プロパガンダの手法を取り入れたために品を落としているのが目立つ。

その中で、「ロシアを不要に敵に回すな。特にアジアでは、中国とのバランスを構築するためには、ロシアとの協力が必要だ」という論調もわずかながら現れている。10月13日付Foreign Policy誌のThomas Graham、Matthew Rojanskyの共同論文" America's Russia Policy Has Failed"がその一つの例である

。前者はキッシンジャー事務所の所長(Managing Director、2004-07年にはNSCでロシア担当の経歴がある)後者はワシントンのシンク・タンク界をベースにロシアの知識人との対話を続けている人物。キッシンジャーはほぼ一貫してロシアとの対話・協力路線を標榜しているので(中国とも然り)、その軌道上のものと言える。

なお本件論文は、ロシアとの協力が有用な分野として、「極東・中央アジアで、日本・韓国とともに、ロシアとの提携を進め、中国に対するカウンター・バランスとすること」を挙げており、12月のプーチン来日を前にした日本にとっては、壺にはまった議論となっている。

次が論文の要旨である。要旨の後に、米ロ関係がこうなってしまったことの背景、日本にとっての意味について書いてみた。

1) ソ連崩壊後、米国の対ロ観は、「ロシアは民主的な友人になる」と「ロシアを叩きのめせ」の両極端に分かれてきた。次期大統領は現実、つまり「ロシアは叩きのめすこともできないし、西側国際秩序にからめとることもできない」ことを認識し、対ロ政策を協力と競争のバランスの取れたものとするべきである。 

2) 「プーチンがいるからロシアは悪」という見方をやめるべきである。米ロ両国は地政学的理由から、利害が相反するところがどうしてもでてくるからである。

3) ロシアとの関係では「いいとこ取り」はできないことを認識するべきである。例えば米国は一方では旧ソ連諸国で民主化を推進しつつ、他方ではロシアと核軍縮を推進しようとしてロシアに拒否されている。こういう場合は、米国にとってより重要な核軍縮を優先して、旧ソ連諸国での民主化は一時手控えるべきなのである(注:これはウクライナ問題は棚上げして、ロシアとの関係を改善することを優先せよとのキッシンジャーの持論に沿ったもの)。

4) ウクライナについては、ロシアが図に乗ってバルト諸国等にも攻勢をかけることを防止しつつ、ミンスク合意の実現をはかっていくべきである。制裁措置の段階的撤廃にリンクしつつ、東ウクライナの兵器をロシアに引き揚げさせる等を実現していくべきである。

5) NATOの団結を維持・強化するとともにOSCE、あるいはNATO・ロシア評議会のような、ロシアを引き入れての話し合いも強化せねばならない。

6) ロシアのみが米国を瞬時に破壊し得る核能力、及び米国に伍す新型兵器の開発能力を有している。ロシアの対イラン兵器輸出は、イスラエル、サウジ・アラビア、トルコの懸念を呼び、中国への輸出は日本、韓国に脅威を与えるとともに、東アジアの安定を図ろうとする米国の努力を阻害する。従って米ロ両国間の軍備管理・軍縮の推進は、世界の安定のためにも必要である(注:本件については必要性が語られているだけで、解決策は書かれていない)。

7) 中国を封じ込めることは不可能である。しかし米国はロシア等大国との関係をうまく組み合わせて、中国が米国の核心的利益を脅かしにくくなるような、国際政治の構図を作ることはできる。そのためには、ロシアを中国への経済・政治的な従属に追いやってはならない。
韓国と日本も、中国に対するバランス要因としてロシアを見ている。これも含めて考えれば、米ロの提携は中国に対して一定の力となるのである
(This leaves an opening where American and Russian interests can align in forging new coalitions that give each party more leverage in relations with China)。

8) 中央アジアも、米ロが中国を念頭において連携できる地域である。ロシアは、自分の裏庭と見なす中央アジアに、中国が「一帯一路」を標榜して入り込んできたので鼻白んでいる。米国は中央アジアにおいてロシアを妨害するべきではない。そして地域の他の大国(注:インド、日本、韓国等を念頭に置いているものと思われる)が中央アジアに関与することを慫慂するべきである。

9) シリアでのロシア軍駐留は長期化するだろう。西側は制空権を取り戻せないだろう。そしてイランだけでなく、トルコでさえ、ロシアの関与を支持していることを心得るべきである。米国はシリア問題をそれのみで解決しようとするべきでなく、特に欧州における問題(注:ウクライナ、NATO・ロシア関係等を意味)とのリンクにおいて解決しなければならない。

10) イラク戦争やリーマン金融危機の余波を克服し、米国自身の政治的・経済的魅力を回復することこそ、米国が世界をリードし、ロシアを変えるために一番有効なことである。具体的には格差の克服、文化的な多様性の容認、移民、エネルギー問題、環境問題の解決等である。

(米ロ関係の背景説明)
1) 最近の西側マスコミのプーチン叩きは、報道と言うよりプロパガンダの範疇に属する。2000年大統領に就任した頃のプーチンを筆者は覚えているが、彼は早々に英国を訪問して、西側との付き合い方についてブレア首相の指南を受ける初心なところを見せていたし、2001年9月11日集団テロ事件以降の対米協力、そして2012年にやっとこぎつけたWTO加盟など、西側世界への参入は(国内体制は堅持したままであるが)彼がほぼ一貫して追求してきたところである。

2) 西側の方においては、ソ連崩壊後のロシアの弱さにつけこんでNATOとの間の緩衝地帯(とロシアが見なす)バルト諸国をNATOに取り込んだり、2012年8月ロシア議会がWTO加盟を批准すると、その年末には米議会が「マグニツキー法」を採択して右の効果を中和してしまう等の動きがあった。また1983年CIAの肝いりで設立されたNational Endowment for Democracyは議会超党派の支持を受けて毎年1億ドルの助成金を諸NGOにつぎ込み、旧ソ連諸国、途上国での「民主化」運動、つまりレジーム・チェンジに関わらしめてきた。この点は例えば、10月7日付Consortiumnews.comのRobrt Parry(1980年代、イラン・コントラ問題で名を上げた調査記者)記事に詳しい。

3) ロシアは旧ソ連地域へのNATOの浸透を防ぐために2008年のグルジア戦争、2014年のクリミア併合の挙に出たのであるが、その結果バルト諸国、ポーランド等における対ロ警戒心が強まり、NATOはこの地域に4個大隊の実質常駐を決定した。すると今度はロシアがこれに応えて、NATO正面の3個旅団を師団に増強する措置を発表、10月にはカリーニングラードに短中距離ミサイル「イスカンデル」を配備した。つまりクリミア併合後のNATO・ロシア対立は、悪循環の様相を強めている。
しかし、バルト諸国・ポーランドへの4個大隊増派は大きな戦力ではなく、ロシアが発表したNATO正面の旅団の師団への増強も、実行された形跡がまだ見られない。ロシアは兵員不足に悩んでいる。
米ロ対立」は両国政府のコントロール下にまだあるのであり、両者ともこの「対立」を利用している面さえある。米軍にとっては、ロシア以上に国防予算増額を正当化してくれる相手はなく、またロシアにとっては反米主義以上に国をまとめてくれるものはないからである。

4) 今次米大統領選では、「プーチンのロシア」が話題に上っているが、それはロシアへの対処をめぐって国論を二分するようなものではなく、「対ロ宥和論のトランプはロシアの手先である」、「ロシアはトランプを当選させようとして民主党本部のコンピューターをハックする等、大統領選を操作している」という、為にする低級な議論の道具でしかない。
右ハッキングでは、COZY BEAR、FANCY BEARという「署名」が残されていたこと等から、米国当局はこれをロシア政府の関与による犯行と断定した。他方10月10日付www.rbth.ruによれば、右ハッキングは東シベリアのロシア企業King Servers https://www.king-servers.com/en/が西側に所有するレンタル・サーバーを通じて行われており、犯人の足跡は北欧、西欧方面にたどることができる由。BEARという署名を殊更残す等、本件はロシアによる犯行と見せるための幼稚な工作に見える。

5) 対ロ制裁が続く中で、日本がロシアとの関係を進めていることは、未だ米メディアの関心対象とはなっていない。しかしながら、ロシア・エンゲージ派でありながらも、ロシアに対する西側の団結維持の必要性を説き、米国の国益に反するようなことをする同盟国にはそれをきっぱりやめさせることを説く論調もあるので、安心はできない。

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