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世界はこう変わる

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2016年8月17日

世界のメルトダウンその2 国家とは何なのか

(13年前、「意味が解体する世界へ」という本を草思社から出版した。
米国のイラク攻撃が、「自由」とか「民主主義」というスローガンへの幻滅をかきたてると同時に、米欧諸国の足元でも移民により多民族国家化が進行して、近代の「自由民主主義」が危殆に瀕している様を随筆風に書いたものだ。僕が自分の書いた中でいちばん好きな本。
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そして今、13年前に書いたことは世界のメルトダウン現象を起こしている。そのことを書いた共著本の出版を策していたのが頓挫したので、ここに自分の書いたものを発表していくことにする。これはその第2回)

「国家」とは何なのか

 国家というのは、ソ連からロシアへの移行のような、旗の付け替えだけですむ問題ではない。国家というものは、冗談ですむものではない。軍隊や警察を差配するから、人々の生命を、そして医療保険や年金を差配するから、人々の生活を左右するのである。
筆者は、三十五年弱の外交官生活でいろいろな「国家」を見た。そのあげく今では、国家とか政府というものの形については、「何でもあり」なのだと思っている。まだ日本から一歩も外に出ることなしに、日本という国家を空気のように吸っていた大学生の時には、そんなことは思いもつかなかった。世界中、国家というものは明確な国境を持ち、一つの人種が何々語という一つの言語をしゃべって暮らしているのだろうと思っていた。

筆者が大学にいたのは1960年代末、「学園紛争」とか言って、マルクス主義にかぶれた連中が――筆者もかなりかぶれた――、「帝国主義の」日本政府、そして「米帝」(米国帝国主義の略)に反抗して革命を起こすのだと叫び、机やいすをひっくり返して大学にたてこもった時代。世界は、帝国主義国と社会主義国と途上国に分かれて相争い、どれも国民国家であることが前提とされていた。共産主義を旗印に、フランスから独立しようとしたベトナムを舞台に米ソは壮絶な力比べ、あまりの犠牲の大きさ(米兵は4万名以上も戦死した)に、キッシンジャー米大統領補佐官が中国を密かに訪問、当時ソ連と対立していた中国を引き込んでソ連を威嚇、ベトナムから手を引かせた・・・そういう、国家が生身の人間ででもあるかのような抗争を繰り広げていた時代だった。

それが、冒頭述べたように一九七一年、筆者が初めての広い太平洋、そして赤茶けたカリフォルニアの大地、それに続く大草原を飛び越えて米東海岸に着陸してみると、とにかく国土が大きい。米国民の中には、一生海を見たことのない者も多かった。そして道で行きかう人の肌の色、目の色、髪の毛の色、そしてマナーが全部違うというのは、異様を通り越してショック。要するにここでは、「この地に何年も暮らしていて、英語ができれば」米国民となれるのである。日本とか日本人であることに異様なほどのこだわりを見せる我々には、宇宙が無限であることを理解できないのと同じくらい、理解を超える

そんな「いい加減な」基準で国籍を得た人間たちが、この大きい国土で一つにまとまって分裂しないのはいかにも不思議。当時、米国人にもなぜなのか聞いてみたものだ。米国人もいい加減なもので、そんなことを真剣に考えてみたこともない。だから、やれ州の政府が連邦政府予算を使いたいからだだの、やれ全国テレビ放送が国民の問題意識、価値観を同質化しているおかげだだのの説明でごまかそうとする。

仕方がないので、筆者が自分でしげしげ考えてみれば(いや、ベネディクト・アンダーソンという人の書いた「想像の共同体」という本に書いてあることなのだが)、米国の単一性というものは、英国が米国の独立を抑えつけようとして、かえって米側十三州の団結を招いてしまったことに発しているのだ 。つまり英国が共通の敵になったから北米十三州はまとまった。南米では植民地相互の間に連絡がなく、それぞれの有力者はスペイン本国と結びついて権力を保持しようとしたから、分裂したまま。国力を集中することもできず、米合衆国のはるか後塵を拝することになった 。

その米国で暮らしていると、何か心もとない。こんな大きな国で、ちゃんとゴミ集めにきてくれるのか、急病になったら救急車は来てくれるのか、自宅に強盗が入ってきたら、警察は助けに来てくれるのか、と考える。そこでわかることは、ああ治安は政府、ゴミ集めも(地方)政府の仕事なのだなということである。その他、紙幣のように我々が日常当たり前のように使っているものも、国家が価値を保証しているからこそ通用しているのである。

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