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2016年6月 2日

トランプ候補の躍進と日米関係への意味合い

(以下は、5月25日「まぐまぐ」社から発行のメルマガ「文明の万華鏡」からの抜粋です)

当面最も重要なニュースは、トランプの躍進だろうと思う。もしかすると大統領に当選することもあり得るという声が増えてきた。彼の躍進を、その過激な主張と合わせてファシズムの出現と評する向きもあるが、米国の政治は以前からポピュリズムの性格が強く、「バンドワゴン」(お祭り気分の付和雷同)に皆が乗ってしまう時がある。ほかならぬオバマ大統領の時がそれだし、レーガンもケネディーもアイゼンハワーもカーターも、数えればきりがない。

しかし米国では建国の父たちが国家システムを入念に設計し、大統領、議会、裁判所、連銀などが相互に牽制し合って独裁の出現を防ぐようになっている。反政府分子を暴力で抑圧しない限り、ポピュリズムがファシズムに変異することはないだろう。人間というものは、主張を暴力を使ってでも押し通そうとするものだし、トランプを支持する白人男性のかなりの部分にもその性向が強いが、それは米国憲法によってかなり防止されている、ということである。

トランプを支持するのは、どういう連中か? インターネットを検索しても、ちゃんとした統計的な分析が見当たらない。共和党のプライマリーにどういう連中が来て投票しているのか? 非党員の割合はどのくらいか? そのうち民主党が放つ「工作員」――つまりトランプを共和党の大統領候補にすることにより、クリントン候補に有利な状況を作る(今はそうでもなくなっているが)――の割合はどのくらいか? いつものアメリカのメディアの幣で、いちばんの根っこには頬被りして、視聴率稼ぎのために「おいしいところ」だけ、しかもニュース種を短期でつぶさないようシナリオを作って「討論」番組を組み立てる。

今、彼らが報じているのは、「トランプを支持しているのは、不満を抱える白人青年層のうち教育水準の低い連中。彼らは、自分達のかかえる不満を、何者かに対する憎悪の形でカタルシスできればいいので、トランプは彼らの憎悪を移民等に対して煽っては、票を稼いでいる」的な分析である。

確かに、トランプの初期の成功は、この30年ほど米国社会で幅を利かせてきたpolitical correctnessで権利を縮小される一方だった白人男性、それも低賃金、失業に苦しんでいる連中の不満を煽ったことにあるだろう。1960年代後半から日本による対米輸出は「豪雨」のようになり、米国の企業を淘汰した。米国の企業の方も、強くなる一方の労組から逃げるために、外国に工場を移していった。それによって、1977~1999年、米国人のうち80%の者の実質所得は6%低下している。

そしてリーマン・ショックの後は格差も更に広がって、中産階級の消失が云々されるまでになったのである。戦後の米国白人は「寛大」ということで通り、日本にも先端技術を安価で移転してくれたが、負け始めた時の白人はそれこそ「何でもやる」。米国の学校では、以前なら日本人は白人生徒の中の例外的な異人種で、英語ができるようになるまで先生や友達に親切にしてもらえたようだが、その後多人種化した米国の公立学校では各人種が閉鎖的なグループを形作り、その中で一番たちが悪いのが、落ちこぼれた方の白人男子のグループだ、と言われるようになった(米国の公立高校に行っていた筆者の子供の経験)。

1970年代以降、米国社会はいわゆる「マイノリティー」が権利を獲得する過程であった。まず「ウーマン・リブ」運動で、女性の権利が拡張された。ほぼ同時に黒人が展開した「市民権」闘争で、黒人は大学入学の優先枠を与えられたりして、黒人も中産階級を形成するようになった。次にメキシコ、南米移民が急増して、低賃金労働を白人男性の手から奪っていった。

ほぼ同時にインド人や中国、韓国、フィリピン等アジア系移民が急増し(1965年の移民法改正で、国別の移民受け入れ枠が撤廃され、欧州からの移民優遇がなくなたためである)、特に中国、韓国、台湾系等アジア系は教育熱心で、25歳以上で大学以上の学位を持つ者の割合は2010年時点で49%(米平均は28%)に上る。米国では人種差別がひどいと言われる一方で、これらアジア系移民の平均世帯収入は6万6千ドルと全体の4万9800ドルより3割強多い。アジア系は働く人の半分が企業役員や弁護士、医師といった専門職やその関連職で、この比率も全体の40%より高いのである(以上ピュー調査)。

要するにこの30年間、白人男性以外の者達の権利ばかりが拡充され、白人男性はそれに対して文句を言うと、political correctnessに反すると言われて黙らされてきたのである
。そして、リーマン・ショック後の復興過程でも、最初は少数の富裕層しか均霑せず、中産階級の雇用、賃金はなかなか上がらなかったので、彼らは不満でいっぱいなのである。

今回泡沫候補と見なされていたトランプが尻上がりの人気を見せたのは、共和党を牛耳る「茶会派」、そしてそのスポンサーであるコーク(Koch)兄弟がクルーズという全く盛り上がらない候補を担ぎ出したという戦術の失敗もある。クルーズはハーバード・ロースクールの稀代の秀才でありながら、その人相はいかにも不正直なエゴ剥き出し、「見ただけで殴りたくなるほどの面」で、ベーナー元下院議長には「人肉の面をかぶった小悪魔Lucifer in flesh」と呼ばれる程である。

トランプへの支持層はこれから増えていく可能性が十分ある。1990年頃ソ連でエリツィンの人気が急上昇したが、これは一部のリベラル層の支持を受けるにとどまっていたのが、「あいつについていけば何かもらえるかもしれない」と大衆が思うようになったことが、エリツィン支持の「バンドワゴン」を作り出したのである。エリツィンは共産党を諸悪の根源に仕立て、共産党特権層が独占する国の富を分配すればすべてうまくいくかのイリュージョンを作りだした。

トランプの場合、ソ連共産党はワシントン政界等、米国のあらゆるエスタブリッシュメントに相当する。トランプに投票すれば彼らが独占する富を奪える、と国民が思い込めば(クリントンはその他ならぬエスタブリッシュメントの象徴である)、トランプが地滑り的勝利を収めるだろう。

トランプは、これまでの強面のイメージを変えようともしている。一部で指摘されているように、「トランプは会ってみると、実際には・・・」とか、「レーガンが大統領になった時も、『あんな俳優に何ができる』」と言われたものだが、なってみると・・・」という点もあるので、彼が大統領になることも十分あり得る。

それに対して、民主党の大統領候補になるだろうヒラリー・クリントンは賞味期限を超えてしまった感がある。盛り上がらないのである。筆者は彼女が国務長官であった時のパフォーマンスは優れていたし、特にアジアに対して良くやってくれた(実際にはカート・キャンベル国務次官補の働きに依存していたが)と思っているが、彼女は能力はあり、一対一の対話で相手を惹きつける能力は持っていても、自ら述懐している通り、非特定多数の大衆をわかせる能力、つまり感情を掻き立てる能力で欠ける。大統領選は理屈ではなく、感情で動くので、これは大きなマイナスだろう。
そして彼女には、(アンフェアーだと思うが)「うそつき」というレッテルが張られている。クリントン夫妻については所得隠しのうわさが絶えない上に、国務長官時代に私用のメールを公用にも用いることで国家機密を漏洩させた(実際には漏えいしていなかったようだが)のを頑強に否定、途中でその発言を翻して遺憾の意を表明したことが「うそつき」というレッテルを貼られるもととなった。

この二つ、感情的に共感を持てない、というのと、「うそつき」というのが、特に「ミレニアル」世代(米国の団塊世代の子供に相当する30代で実に8000万人、全人口の4分の1。今のアメリカ最大の世代)にそっぽを向かれる原因になっていて、これが大統領選では大きく響くのではないか。

ビル・クリントンが大統領になった時は、今の「ミレニアル」世代に相当する団塊(ベビー・ブーマー)世代の支持を掻き立て、「世代交代」、「団塊世代の代表」という感じでクリントン・ゴアのペアーはホワイト・ハウスに乗り込んだのだ。清新だった。

ミレニアル世代は団塊世代の子供でも、その意識は団塊世代とは随分違うものになっていて(もう5年前になるが、アメリカ・エンタープライズ研究所のKarlyn Bowman上席研究員にこの世代の特徴について尋ねると、彼女はこの世代にアメリカの多くの希望がかけられているかのようににっこりとして言ったものだ。「これ、面白い世代なんですね。3分の1はバツ1、つまり離婚経験があるのですけど、企業にもつかず離れず、自分というものに自信を持っています。個人業を志向する者が多いのも特徴ですし、学校ではボランティア活動が義務的になっていたので、地元コミュニティーにも多くの関心を持っています。それでいて、考え方はグローバル。文化面でも他国のものに分け隔てない関心を示します。他国に介入するときにはアメリカ一国でやるのではなく、今回リビアでNATOを前面に出したように、仲間の諸国と集団でやることを選好する――こういった調査結果が出ています」と)、むしろサンダース候補の根強い人気を支えている感がある。サンダースが外れれば、ミレニアル世代はトランプ支持に回るかもしれない。

トランプの選挙戦略には、まだ脆弱な点もある。トランプは保守的白人男性の不満を掻き立てて支持率を上げたが、それでは保守的白人男性以外のすべて、つまり人口の半分を占める女性、加えて黒人その他のマイノリティーが敵に回ってしまうからである。共和党の票田で大きなものはプロテスタントの一派、福音派教会信者で、これは米国人口の4分の1程度を占め、うち60%近くが共和党を支持する。福音派教会の聖職者の中にはトランプ支持を云々する者も出てきているが、トランプが人工中絶を容認する等リベラル色を打ち出している面もあり、福音派教会の支持が得られるかどうかわからない。

イスラエル・ロビーがどう出るかも面白い点だ。彼らは資金を持っている。しかし、トランプは自分の資金を持っている。そしてイスラエル・ロビーはカネは持っていても、一般のユダヤ系選挙民は伝統的に民主党支持である。とすると、イスラエル・ロビーの帰趨は大統領選にとって大きな要因とはならず、ということは、トランプは当選してもイスラエルにはそれほど肩入れしないだろう。
以上、トランプにとっては、票の上積みは簡単なことではない。23日のCNNが言っているように、「クリントンが嫌だからトランプに投票する。トランプが嫌だからクリントンに投票する」といった「ひねくれ」票が今回選挙の決定要因になるかもしれない。

トランプが大統領になると、外国との関係がめちゃくちゃになると心配する向きがある。杞憂ではなかろうか。彼のやり口は、相撲で言えば交渉の立ち合いで張り手で相手をひるませ、自分に有利な結果に持っていくという、米国人の一部に見られる恫喝スタイルだ。米国の白人は「あなたの利益になりませんよ(利)」、「世界でそれをできるのはアメリカだけです(自惚れ)」というおだて、そして「そんなことをしたら大変なことになりますよ(恐怖)」の3つで動く。トランプ大統領に対しても、この3つを駆使して対応すればいいので、「カネを払わなければ米軍を撤退させる」というような言葉を額面通りに取って、騒ぐ必要はない。騒げば、かえって相手の術にはまったことになる。

彼が大統領になっても、同盟国を捨てるわけにはいかない。「米国を再び偉大な国に」するという彼のスローガンは、同盟国の協力、同盟国における米軍基地なしには実現できないからである。そして国防省は今年、6000億ドル弱もの国防予算案を議会に提出しており、ロシアを「主要な脅威」に仕立てて米軍装備の一大刷新をはかる構えでいる。
もっとも、沖縄での女性暴行事件についてマスコミがトランプのコメントを求め、それに対してトランプが刺激的なことを言うと、売り言葉に買い言葉のエスカレートになって、日米関係は傷つくだろう。

もう一つ、トランプが中国、日本、メキシコ等からの輸入が米国労働者の雇用を脅かしているとして、自由貿易に反対している点は、彼が大統領になれば多分、トーン・ダウンするものと思われる。と言うのは、外国に投資してそこで物を作り、米国に逆輸入するのは、他ならぬ米国の企業もやっているからだ。例えばGMは米国より中国で多数の車を製造するに至っているが、その中国製のGM車を近く米国に輸入する構えでいる。こうした米企業は、外国からの輸入を制限されると困る。そして制限したところで、米国内での製造業はさして盛り返さず、かえって一般消費者が輸入品の値上がりで困るだけになるのではないか。">

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