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世界はこう変わる

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2016年4月21日

16年3月モスクワ紀行 その3 ロシア経済 制裁のマグニチュード

もうモスクワから帰って一月経ったし、一月では情勢は随分変わり得るので忸怩たるものもあるが、その後変わったと思われることは注の形で挿入することにして、今年2月から3月初旬にかけて3週間ほどモスクワに滞在して得た印象を記しておきたい。例年のようにモスクワ大学ビジネス・スクールで集中講義をし(世界の企業経営の先進例を紹介、ロシアでも採用可能なものを議論)、モスクワ大学地理学科、国際関係大学、高等経済学院で東アジア情勢等につき講演、更にロシア人識者達と懇談して情勢認識をすり合わせた結果である。そのうち、これはロシア経済について、今回得た情報、あるいは印象である。断片的であることをお断りしておく。


(制裁の影響)

ウクライナ情勢にからむ西側制裁のうち、最もロシアに響いているのは、西側の資本市場での起債ができなくなったことである。それも含めて、今回の出張では制裁がどのくらい響いているのか話しを聞いてみた。それも含めて、断片的な情報は次の通りである。

1) 西側での融資規制で、大手の国営対外経済銀行は倒れそうになり、2月には総裁が更迭された。ロシア二番目の資産を持つこの銀行は、国内、国外種々案件のための打ち出の小づちのように利用され(2014年ソチ・オリンピックのための建設費用も含め)、外国で起債することで何とか資金を回してきたのが、そこを止められて資金繰りに窮したのである。現在、政府からの資金注入が行われようとしている。

2)ロシア企業は西側で起債して、その資金を化学工業の近代化等にも使っていた。他方、その資金で外国の資産を購入していた分もある。いくらかはわからない。(ロシアには1兆ドル程度の海外資産があると言われているが、その中にはこのような、実は借金して買った資産も随分あるだろう)

3)以上のように困っている企業がある半面、昨年、記録的な収益を上げている企業もある。それはルーブルが40%も減価したために、輸出収益の評価が跳ね上がったことにもよるだろう。2月10日付www.rbth.ruに引用されているロシア経済専門家発言によれば、2015年企業の利潤は平均49%も増加している由。反面名目賃金は4、6%上がったのみなので、企業が資金を溜めこんでいることになる。

4)西側による制裁に対抗してプーチンは、EUの食品等を禁輸して見せた。彼らしい向こうっ気の強いことだが、その結果は芳しくない。石油景気に沸いた頃は、チーズまで輸入に依存するようになっていたからだ。禁輸すれば「輸入代替で国産品の生産が増える」という触れ込みで、確かに少しは増えたが、その質がEU産品ほどではない。筆者もロシアのチーズを買ってみたが、それはパサパサして味がないものだった。国産業者は禁輸をいいことに便乗値上げをはかっているし、「この前テレビでやっていたが、国産チーズなど何からできているかわからない」という不信感がロシア人にある。ソ連時代の食品は、黒パンなど素朴でも美味だった。そして信頼できた。保存料の類が入ってなくて、牛乳はすぐ腐ったので、見分けがついたのである。

5)国産品でいいものはもちろんある。南北線に相当する線を走る地下鉄の新しい車両は、しっかりとした作りで静か。大声でがなりながら走っていくような旧車両とは大違い。車内には液晶の表示がある。そして重要なのは、ドアが丁寧にしまること。旧車両はギロチン式で、閉まる勢いを緩くすることなく、バタンと閉まる。腕など切れて落ちそう。もっとも、一度挟まれたことがあるが、意外と衝撃は軽かった。その点は、中国の地下鉄は本当に危ない。
これはチェコとかどこかで作った車両ではないかと思って表示を見ると、Metrovagonmash、Mytischiとある。つまりモスクワ近郊の軍需工業都市で作っているので、やろうと思えばできるのだ。

(財政・金融)

1)原油価格暴落で、原油・天然ガス関連の国家歳入は激減、これまで連邦政府歳入の60%以上をこれに依存していたのが、30%代にその数字は落ちた。これはロシアの経済がバランスの取れたものになったためではなく、原油関連収入が落ち、財政赤字になるのを、以前からの貯金である「予備基金」からの繰り入れで賄ったから、比率が落ちたのである。

Sberbankの2月8日付Investment Researchによると、財務省は財政赤字を国債ではなく(利子率が高いので)、予備基金からの繰り入れでまかなっている。つまり予備基金のドルを中銀に売って(中銀はルーブルを印刷して)、無利子のルーブルを入手し支出している。
これはインフレ要因になる。インフレ圧力があるから利子を下げられず、そうなると景況も税収も上がらない。そして利子が高いから財務省は国債を出したがらず、準備基金の費消に傾く。悪循環が起きている。

2)ズベルバンクのチーフ・エコノミスト、ガブリレンコフ氏の意見はいつも参考になる。その分析手法はまったく西側と変わらない。他方で、ロシア特有の現実ももちろん踏まえているから、理論倒れの頭でっかちにもならない。彼は今回、上記について次の点を付け加えていた。
・財務省が中銀にドルを売ってルーブルを得ているので、要するにルーブルを印刷している。実質総量緩和である。しかも、ドルは財務省から中銀につけかわるだけで外貨準備総額は変わらない。総量緩和だからインフレになり、利子率が上がる。するとますます国債は出せなくなって、予備基金に頼る。悪循環。
→利子率下げるべし。そうすれば、基金は残る。そして総量緩和の実験止めるべし。

(マクロ経済)

同じくガブリレンコフ氏の見解はこうだ。
・これまでのGDP2兆ドル経済の時代、需要を高く見積もりすぎて、過剰投資をした。これが消化されないと投資は伸びない。地方では企業が育っている。プロピレン生産が伸びている。輸出も。食品産業も。鶏肉は輸入代替が完了した。しかし消費が低迷しているので、投資はできない。
・確かに、在外資産はある。しかし、この金をロシアに投資しろといっても、消費が伸びない中ではよい投資対象がない。

(中国)
対ロシア制裁のあおりで、ロシア企業はそれまで大きく依存していたEUの資本市場での起債の道を閉ざされた。これは、西側による対ロ制裁の中で最もロシアに響いたことである。日本政府による対ロ制裁の中に、同様の措置は入っていないが、それでも日本の金融機関はロシア企業への融資を控えることとなった。ロシア企業に融資すると、米国政府に目をつけられて、米国での操業に差支えが出るのを恐れたためである。

これもあって、ロシアは「東方」つまり中国との経済関係、特に中国から融資を受けることに徒な望みを寄せることとなった。そしてそれは、「徒な望み」に終わったのである。筆者がロシアにいた時は、このような中国への期待が泡のように消えた時であった。ロシア人識者が筆者に述べた言葉をいくつか列挙しておこう。

「中国の銀行が提供する融資は、金利が高かったり、中国製品購入を強制したりで、使いにくい」
「中国の銀行には、米国で制裁されるのを恐れてロシアに融資したがらないところもある」
 そして、「中国には、米国の方が重要なのだということがわかった」という「発見」は、中ロ関係の今後にとって致命的と言えるものだろう。中ロは、米国からの圧力をはねのけるために互いにくっついていると見られていたが、ロシア側が醒めた気になると、中ロ関係の威力はいや増しに下がってくるからである。

(改革)

少し話題が経済から脱線したので戻すと、ロシア経済については、石油に依存しない自律的成長のできる体制を生み出せるのか、ロシア社会には近代的経済を建設するだけのresourcesがあるのか、という問題がいつも根っこにある。つまり、ロシア経済は改革可能なものなのか、ということ。1991年ソ連が崩壊し、ロシアが「市場経済」に転化するのだと宣言して以来、筆者はそのことをずっと考え、観察してきたが、その答えは今に至るも明確なものではない。つまり、「ロシア経済を改革することは非常に困難。しかしこの世界に、『改革不能』、『停滞必至』という国があるのかどうか」という辺りでいつも、はっきり言い切るのを逡巡してしまうのである。

ビジネス・スクールで教える時は、「このロシアにも光明はある。これこれこういうことをやってみてはどうか」というラインでしゃべるのだが、むしろ学生の方がそのあたり、醒めた目で見ている。筆者がいくら西側でベンチャー企業の立ち上げが盛んだと言っても、ロシアの学生は「ロシアに製造業ベンチャーを立ち上げる基盤はない」と言い、結局中国などから仕入れた工業製品を右から左に売りさばくだけのビジネス・モデルしか考案しないのである。

近世イスラムが停滞色を深めたのは、西欧に商圏を武力で奪われたばかりでなく、イスラム神秘主義に傾いて統治体制を保守化させたことも理由であるが、今のロシアはそれに似ている。西側諸国が人工知能など全く新たな文明の構築に乗り出そうとしている今、ロシアの遅れはこれまでの100年が、200年に拡大しようとしている。

ここでは、ロシアでの経済改革が難しい要因をいくつか断片的に並べてみる。

・マネジャーが足りない。というよりも、仕事をきちんとするマインドがある者が少ないことが問題である。大学で、授業時間の変更が学生に伝わっていなかったり、男女の事務員同士がいちゃついていたりといった場面が見られる。

・ロシアは「上から」改革しないと変わらない。現存のシステムを憎み、破壊するエリツィンのような指導者が出ないと、変わらない。そしてたとえ破壊しても、マネジャーが足りないのである。
・ロシアでは、自分の権力を維持することが一番で、経済はその犠牲にして顧みない。グローバル経済だと言っても、多国籍企業に「ルールを押しつけられる」「主権を冒される」ことへの恐怖が先立つ。

・そうやって、ロシアが19世紀植民地主義的マインドから抜け出せず、自縄自縛でいる中で、ロシアにいるアルメニア人などは自由なマインドでビジネスを進めようとしている。古来、地中海文明に属し、ユダヤ人以上の商才を持つと言われるアルメニア人にとって、自分で事業をやるのは普通のことである。ビジネス・スクールのアルメニア人学生は、「自営業立ち上げは、自分の親族の間では当たり前。自分が事業を立ち上げれば、親族が助けてくれる」と書いていた。ロシア人には、そういうところがなく、政府、大企業へのたかり体質が染みついているのである。
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