Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2016年3月28日

現下のロシア見聞

2月23日より3月11日までモスクワに滞在した機会(モスクワ大学ビジネス・スクールで集中講義)に、街を歩き、友人たちとも話しして得た印象。

逼塞感

 ロシアは2000年代世界原油価格が約5倍にもなる中で、GDPが約6倍になる世紀の高度成長を実現、2008年リーマン危機もその貯金で乗り切った。衣食住が足りれば今度は名誉を求めたくなるというもの。

プーチン大統領は、ソ連崩壊で東欧及びバルト諸国をNATOに編入されてしまった屈辱を撥ね返さんものとウクライナ、シリアに軍事力を投入、米国の鼻を明かしたとして国内で大喝采を受けたものの、西側による制裁と、その一環とも言える原油価格の大暴落を受け、2015年のGDPは3.7%下落。企業は人員大整理に踏み出し(モスクワでは、本年中に50万人が職を失うだろうという流言が広がっている)、社会には不安感、負担感が感じられるようになった。

モスクワは表向きまだ平穏で、治安も良い。カフェやレストランでは穏やかで上品な北欧的雰囲気が感じられるところもあるし、UBERやairbnb(下宿・民宿をインターネットでまとめたもの)のような西側でのホットなアプリも普及していて、日本よりよほど進んでいる面さえ見受けられる。

しかし、クリミア併合、シリア爆撃に酔っていた感のあるロシア大衆は、そろそろ生活に不安を感じ、政府に対する不満を口にするようになっている。「プーチンは国際政治では素晴らしい。しかしもっと国内のことをして欲しい。上層部の腐敗を放置しているではないか」とか、「娘が会社でクビになった。また親がかりだ。メドベジェフ首相が駄目だからだ。来年はロシア革命百周年。奴ら引きずりおろしてやる」という言葉を口にするタクシー運転手もいた。

それでも、プーチン大統領を面と向かって批判する者はほとんどいない。彼の支持率は昨年末以来微減傾向にあるものの、今でも70%台にある。もっともそれは積極的な支持と言うよりは、「プーチンがいなくなったらどうなるかわからない。プーチンでなければ、ロシアの安定は維持できない」という消去法に基づくものである。

こうして、「理想を語るよりも生活の安定が第一」という国民の気分が、かつてのソ連邦や「計画経済体制」への高い支持率、そして共産党への高い期待となって現れる 。それは、ソ連や計画経済の実際をよく心得てのものではなく、「当時の安定ぶりは良かった」という一念に基づくものである。多くのインテリにとってこれは、「理念なき安定。シニカルな安定」でしかない。ロシア社会に特有の、知識層と大衆レベルの間の二極分解なのだが、両者が生活不安を共有して不満の切っ先を政府に向けない限り、当局は安泰である。

このような状況下で9月には総選挙が行われるのだが、今の所大きなドラマは予想されない。与党「統一」は、米国を真似て「プライマリー」をしたり、候補者を大幅にすげ替えたりして、国民の不評を乗り切ろうとしている。波乱があるとすれば、それは大衆の「ソ連回帰」による共産党の躍進くらいであろう。ただその場合も、共産党を利権に参画させる方向での懐柔が行われ、それは功を奏することだろう。

経済崩壊はないが構造改革もなし

街の表情に荒れているところはなく、昨年のGDPが3,7%下落したにしては、経済は意外ともっている感がある。ルーブルがピークの2002年より65%も下落(対ドル)したため、かえって最高益をあげている企業さえある。

しかし、ルーブル安で国内製造業が伸長しているわけでもなく(国産食品などは便乗値上げ、質の低さを指摘されている)、以前からの課題である石油依存からの脱却、構造改革は絵に描いた餅のままである。

そして西側からの融資(起債も含め)が制裁で止められたことは、一部の企業、銀行にとって大きな打撃となっている。特に石油・ガス企業は運転資金に窮しているわけではないものの、将来を見越しての大規模開発投資に支障を来している。

如上のルーブル大幅減価により、ロシアのGDPはドル・ベースで2015年9330億ドル程度(2013年は2兆790億ドル)に急落、世界15位のメキシコとインドネシアの間に位置して、名実ともにG7からG20に転落した。但し、経済はほぼ下げ止まっており、政府は一時廃止した三カ年予算の作成を復活させた。

経済政策の主軸はインフレ抑制に置かれているようで、公定歩合は11%と高めに貼りついたままである。そのために、財務省は国債を発行するのを嫌い(利子負担が多くなるので)、好況時に溜めておいた「予備基金」を取り崩しては財政赤字(GDPの約3%。なお政府債務累積高はGDPの20%にも及んでいない)を補填している。その予備基金は本年中で使い切ることが予想されているが、その後にはまだ同種の「国民福祉基金」が残っていて、これは2018年3月の大統領選までは何とかもつ。

一部エコノミストによれば、中銀が公定歩合を下げれば、景気上昇、歳入増加の好循環が生ずるであろうのに、政府内部を成長に向けて強力に調整する者はなく、インフレの幻影に怯えて自らの手を縛り(現在インフレ率は年間10%を切ろうとしている)、ジリ貧に向かっているのである。

外交--西側にも中国にも頼れない

 3月14日、プーチン大統領は「シリアからの撤兵」を突如発表して世界を驚かせたが、これで西側に歩み寄る姿勢に転じたわけではない。プーチンには、西側への幻想はもはやひとかけらも残っているまい。報道によれば、撤退したのは航空機の半分(これまで戦闘機・爆撃機合わせて50機程度と見積もられていた)に過ぎず、兵員と防空ミサイル 及び艦船の殆どは残置されたままである。ロシア軍は、残存する航空勢力によってISISを中心とした「国際テロ勢力」への攻撃を続ける旨、言明している。プーチンは「撤兵」を発表することによって、兵力増減のフリー・ハンドを得るとともに(形勢がまずくなってから撤退を発表すると、尻尾を巻いて逃げだすのだと思われる)、西側に対してアサドに有利な現状での話し合い解決を促そうとしたものであろう。

米国については、トランプ大統領候補がプーチンに好意的な発言をしたことで期待の念を表明するロシア人識者も見られるが、そのような発言には重きを置かず、誰が大統領になろうが米ロ関係は緊張したまま推移するものと見ている識者もいる。3月末ワシントンで開かれる核軍縮サミットに、ロシア首脳は出席しない。他方、米国軍関係者がロシアを主敵と見る発言を繰り返して、国防予算拡充の口実としていることについては、ロシア側も一時は激しく反発したものの、最近では種が尽きた感もあり、基本的には大統領選の結果待ちという姿勢が如実になりつつある。

中国については、制裁で対米欧関係が悪化したことの反動で、ロシアが期待を強めた局面もあったが、「中国の銀行は簡単には融資してくれない 」「中国にとっては、ロシアより米国の方が大事」という認識も広がりつつあって、中国に対する敵意というほどではないものの失望が、識者の間には広がっている。ロシアはAIIBへの加盟に踏み切ったものの、望んでいた副総裁の地位は得られなかったという屈辱も嘗めているのである。

対日関係

 この中で対日関係は、一定の重さは持っているものの(対極東・シベリア支援に期待するというより、欧露部も含めての日本からの投資、技術供与への期待が高い)、日本が対ロ姿勢で米国に追随する以上はその可能性は限られたものでしかない。ソ連崩壊以後の日ロ関係は、米ロ関係が良好な中で進んできたが、現在の情勢はその反対となっているのである。

その中で、これまで良好であった国民の対日感情が無関心、あるいは否定的なものに後退する危険も出ている。電気製品での優位を失った日本は、ロシア国民の目に日常ふれない、遠い存在となりつつある。この20年間ほどの日本食ブームも下り坂にあり、閉鎖されるチェーンも出ている。そして中国大使館は広報・文化交流を強化しており、その中には日本についてのネガティブ・キャンペーンも入っていることだろう。日本としては、ロシアにおける日本のイメージ、理解を如何に維持、発展させていくか、熟慮が必要だ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/3145