（これはモスクワから送り、3月15日付Newsweek日本版に掲載された記事です）

１年ぶりにロシアにやって来た。モスクワの街の表情は以前と変わらない。新しいビルが増え、店にある食料品は豊かだ。人々は、プーチン大統領がシリアやウクライナでアメリカの鼻を明かしていると満足している。

それでも人々は、公共料金や食料価格の上昇に音を上げ、上層部の汚職に憤慨し、プーチンは外国でいい格好をするだけでなく国内「掃除」もしてほしい、と言い始めている。ロシアがＧＤＰでメキシコに越され、次はインドネシアに抜かれようとしていることを識者らは知っており、底なしの恐怖を感じている。

彼らは、今の政府に経済困難から抜けるための解決策はないとみている。プーチンは大統領になって数年は改革を進めたが、今ではただ「自分がいなくなったら国は混乱する」という脅しで支持を取り付けるだけの存在になった、と言う。

それでも、国内が大きく不安定化することはないだろう。反政府派に核になる人材がいない。国民は自由、民主主義、改革を90年代に叫んだ者らが、自分たちの生活を破壊したことをよく覚えている。今年９月には議会総選挙があるが、政府・与党は候補者を大幅に入れ替えて国民の不満を吸収するようだ。

原油価格が高かった頃にためた「国民福祉基金」が残っているので、18年３月の大統領選挙までは、何とか予算をもたせることができるだろう。ロシアでは公務員も国営企業もやたら多い。国家予算に直接・間接にぶら下がって生きている国民は、人口の半数を超える。彼らに払い続けていれば、間違いなく当選できるだろう。

　ロシアには新旧のせめぎ合いが見られる。筆者が教えるモスクワ大学ビジネススクールの学生は、世界の新しいビジネスをよく知っている。ハイヤー配車サービスのウーバーや民宿仲介サイトＡｉｒｂｎｂ（エアビーアンドビー）はロシアでも人気で、送金は携帯で瞬時にできる。既得権者の抵抗や規制で縛られている日本が恥ずかしくなる。

飛行機で乗り合わせたロシア人女性は、ロシアの地方都市で日本語とビジネスを勉強し、今では東京の日本企業で係長をやっている。あと数年経験を積んでから、自分で一旗あげたいのだそうだ。

　一方で、どうしようもないと思うような、「ソ連的」な――他者への悪意、猜疑、無知、怠惰、粗暴さなどが見られる――連中も次々と湧いてくる。空港の係員、大学の守衛など、昔と同じような部署で、同じ格好、同じ顔をしている。彼らは、ソ連崩壊後のエリツィン時代に奪われた利権ポストに返り咲いている。ある有名大学では「戦車隊長」が学長に任命されたと言って、識者が嘆いていた。「ソ連」は、ひたひたと人々のマインドや生活に戻ってきている。

　興味深いことに、ロシアでは珍しく日本が話題になっている。安倍首相が５月頃にロシアを訪問することの是非だ。オバマ米大統領が今はまずいと電話してきたり、ロシアの新聞が「日本は恩を売って領土を奪いたいだけ。その手に乗るな」と訪ロに反対したりと、にぎやかだ。

ここまできたら、アメリカを説得して訪ロを実現しないと、日本外交はますます矮小化する。日ロ平和条約の締結問題を前に進めるとともに、シリアとウクライナの安定を条件に経済協力の方向を話し合うなら、アメリカも納得せざるを得まい。ただ、「日本はアメリカの言いなり」が相場になっているアメリカとしては、日本の反抗に円高放置などでしっぺ返しするだろう。

　訪ロするなら、ロシアの宣伝に一方的に利用されないようにする必要がある。宣伝の世界では先に言ったほうが勝ち。今のロシアはこの点で仁義を守らない。日本はウクライナとシリアへのロシアの介入停止を強く求め、「クリミアがロシア領なら、北方領土が日本領ということも分かるだろう」くらい言えばいい。日本も権謀術数を駆使して「ワル」にならないと、今の世界ではやっていけない。
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