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世界はこう変わる

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2015年8月 3日

ロシア政治の現状 どこまでリスク要因か

(これは現在発売中の、月刊「ロシア通信」8月号に掲載されたものです)

 ソ連の時代、日本の商社は盤石のビジネスをやっていた。モスクワの一等地に立派な事務所を構え、業種別に分かれたソ連の貿易公団と話しをしているだけで大きな案件が成立したからである。だがその後ソ連は崩壊し、民営化や地方分権化が進んだ。ロシア側の商談相手は多様化し、地方に行かないと埒があかないことも多い。そして商談の相手が失脚したり、転任していくこともよく起る。日本の商社にとってばかりでなく、円高の中で海外ビジネスを直接手掛けるようになった製造業や中小企業にとって、ロシアでビジネスを展開する上でのリスクは多くなった。

さりとて、年間1600億ドル以上の原油・ガス輸出収入をあげるロシアの市場を放置しておくことはできないので、これからもリスクを見極めていくと共に、今回のウクライナ情勢のような想定外のリスクに対しては現地での操業一時停止などを敏速に決定できる態勢を――そのような時は事業を決定した者の責任を問わない――社内に作っておかねばならない。そこで今回は、ロシアの政治はどの程度のリスク要因になるかを検証してみたい。

これから選挙がらみになるロシア情勢
 
 昨年のクリミア併合で、プーチン大統領の人気は益々高くなり、今でも八十五%周辺にある。以前は原油高に支えられてGDPを六~七倍にもした功績で、国民は「プーチンでいいや」的支持ぶりだったのが、今は愛国・反米主義という情念に動かされ、本心でプーチンを支持している。しかし、原油輸出収入の減少で財政赤字は拡大しつつあり、教育、医療、社会保障など国民の生活に直結した支出もこれから削減されていくだろう。政治の操縦は難しい時期にさしかかったのである。

 そういう時当局は、二〇一六年十二月に予定されていた総選挙を同年の九月に前倒しする方向で動き出した(クドリン元副首相は、大統領選も二〇一八年の予定を二〇一七年に前倒しするよう提言したが、当局に一蹴されている)。口さがない者達は、「選挙戦を八月に前倒しすれば、多くのロシア人は休暇に出ているから騒げない」と言う。それも一理、当局は今度の総選挙を契機に、現在の与党「統一」――昔のソ連共産党員よろしく、「統一」党員はあらゆる利権に手を伸ばすだけでなく、その保守的体質で社会を窒息させている――に大きな手術のメスを入れる可能性があるからだ。与党のすげかえ、国会議員のすげかえは、地方の利権人脈構造の一大変革を意味する。それを実行するには、八月という空白期は確かに安全なのである。

 「来年の九月には総選挙」が確定すれば、ロシア内外政は総選挙での「与党」(上述のように一新される可能性があるが、いずれにしてもプーチン大統領と彼を支える一派の息がかかった党)の勝利を最大の目的にして動き出すだろう。そしてその過程では、次期大統領が誰になるかも、かなり決まってしまうだろう。選挙戦で「与党」の顔として打ち出される者が(それはプーチンかもしれないし、新顔かもしれない)次期大統領候補になるのが自然だからである。
 
一九九〇年代の大崩れ再現はないだろう

 ロシアの経済は、上述のように多額の資源輸出で下支えされている。そこから派生する富のおかげで、ロシアにも中産階級に相当する者は多いのだが、その多くは公務員、あるいは国営企業職員なので(労働人口の三分の一以上)、政府・与党に弓を引こうとはしない。人口の十六%は最低生活水準以下の所得しか得ていないが、これら貧困層の多くは身近のお偉方達を憎む一方では、「皇帝」=大統領に対しては、「いつか助けてくれるだろう」的な依存心を捨てていない。欧米では、プーチン大統領は独裁者だと思われているが、実際は彼は大多数の国民から「たかり半分の支持」を得ているのである。外部からプーチンを除去しようとすると、ロシア国民の大半から反発を喰らう所以である。

 国家というものは、一つの大きな利権構造である。人間一人一人がこの構造に依存して生計を立てているので、滅多なことでは崩れない。ソ連の場合、エリツィンが地方に財政的自立を焚き付けて政府の税収を破壊したこと、そして「共産党による富の独占を崩せば生活は良くなる」という宣伝を大衆レベルにまで浸透させたことで、崩壊したが、ロシア国民はそのエリツィン政権が引き起こした九〇年代初期の惨めな困窮をまだ覚えている。当時の「改革」を主導した「西側留学帰りのリベラル」は今でも悪者扱いなのである。

 時間帯が十一もある広大なロシアの領土は、モスクワから地方への厳格な指令体制(ロシア語でverticalと言う)で維持されている。地方当局の面従腹背、腐敗はもちろんあるが、エリツィンのようにこのverticalを意図的に壊すことがなければ、ロシアは大崩れすることはない。

何か風向きが

 クリミア占拠後、ロシア政府は大いに粋がってきたが、最近になって行き詰まりを感じている様子がある。経済は確実に悪化し、外交では中国に頼るしか手がない。ところがその中国自身、経済不振に悩み、九月の習近平国家主席の訪米成功を至上の政策課題としている。ロシアは、イランの核開発問題では米国に従い――その結果、原油価格がますます下落するのだが――、ウクライナでもキエフ政府が二月のミンスク合意から外れる形で東ウクライナの親露勢力を押し込み始めているのに対して、はかばかしい抵抗をしていない。クリミアとロシア本土を隔てるケルチ海峡に橋を架ける案も、その費用、地盤の弱さなどから進んでおらず、クリミアは費用のかかる飛び地であり続けている。

 オバマ政権は、そのようなロシアを放置しておく手もあるが、「核廃絶」という当初の公約実現に一歩でも近づくためには、ロシアの協力が不可欠である。特に来年春ワシントンで予定する核安全保障問題サミットまでには、戦略核兵器を削減した「新START条約」(二〇二一年に失効する)の後継条約の交渉を開始したいことだろう。大国は、一九七一年のキッシンジャー訪中の如く、ある日突然それまでの立場を翻す。ウクライナについても米ロ対立はいつまでも続かないかもしれないことは、十分勘定に入れておく必要がある。

 風の変わり目には風向きが不安定になったり、止まったりする。ロシアでは、内政も外交も、風向きが変わる臭いがする。

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