Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2015年5月20日

ユーラシアを理解するために 5 中国の意味

ユーラシアの国際政治におけるActorとしての中国の基本的性質は、次のようなものである。

(a)「中国は大きくなる」、「中国市場はすごい」というパーセプション
中国のGDPが日本を抜いたのは2010年のことであるが、その後の円安もあって、2012年ドル・ベースでは日本のGDPを約40%上回るに至っている。数字の上では断トツの世界2位となった。

但し、中国の経済は後出の欠陥を有しており、その経済力は内外から過度に評価されてきた面も大きい。たとえば米国のゴールドマン・サックスはBRICという言葉を流行させた張本人であるが、これは中国の証券への投資を促し、中国の株価を吊り上げ、その過程で自ら大儲けしようという目論見に基ずくものであっただろう。「中国経済は伸びる」というパーセプションが西側金融機関とマスコミによって造りだされ、それが中国への投資を促して成長を一層押し上げるという過程がこれまで続いてきたのである。

中国では賃金水準が上昇しているため、かつての「輸出基地」ではなくなりつつある。しかし「13億の巨大市場」というパーセプションが放つ魅力は依然として大きく、欧米をはじめ世界中の諸国は中国での商権を守るために政治・軍事面での摩擦をできるだけ避けようとしているのである。

しかし中国の経済は依然として国営企業を中心としているため、自律的な成長力を欠く。党、政府の力が強すぎる経済では、上部からの指令を遂行したという「格好をつける」ことが最も重要で、遂行した結果が使い物にならない道路や鉄道であっても構わない。中国の統計は、生産量の割り増し申告や輸出入金額の割り増し報告による不正資金の移動等によって、実際よりおそらく20%は水増しになっているだろう。 

外国の企業は中国の国内市場に着目して投資を続けているが、中国の国内市場はこれから中国企業・外国企業入り乱れて過当競争の時代に入り、利益率は低いものになっていく可能性がある。

中国人の多く(そして世界も)がこのような内実を見ることなく、ただマクロの数字に酔っているが、このままでは中国の成長力は落ちてくる可能性がある。「中国はすごい」というパーセプションが、「中国はやはりダメだった」というものに転化する時、国力はスパイラルで落ちていくだろう。
  
(b)20世紀以降の国際秩序への無知と挑戦
   1990年代まで大きな開発途上国に過ぎなかった中国は、僅か20年で超大国にのし上がったのだが、その期間はあまりに短く、かつ挫折を経ていないため、現代の世界でできることとできないことについて学習が足りない。

最高レベルの知識人を除いて、中国エリートの対外意識は国の大小、国の強弱に基づく序列意識で彩られ、周辺諸国をその序列に基づいて、中国をトップとする「長幼の序」、つまり冊封・朝貢体制の中に組み込もうとする。そしてアヘン戦争以来、外国に蹂躙されてきたという恨みの念、これまでアジアで日本に大きな顔をされてきたという欲求不満がまだ解消されていないため、その対外行動はしばしば寛容さと余裕を欠く。そして、既に述べたように、中国人の多くは自分の力を過大に評価して行動しているのである。

  
(c)がむしゃらな対外進出
  戦後日本は長い間、「エコノミック・アニマル」と嘲られ、その外交は「小切手外交」だと言って軽蔑された。そして低利の円借款は大型のインフラ建設を可能とし、日本の企業は多額の注文を受けることができた。日本の商社員達は、今であれば「コンプライアンス」に反すること必定の接待攻勢を途上国の官僚達に仕掛けては、商談を成立させていったのである。

  その後日本はOECDが設定した様々のガイドラインや米国が主導した「コンプライアンス」強化で、上述の手段を封じ込められてしまったが、同じ手は韓国が使うようになり、今では中国が臆面もなく使っている。中国は今や地球の裏側のリトアニアやウクライナでまで、低利融資という小切手を切っては、現地のインフラ建設に割り込もうとしている(後述)。これら旧ソ連の地域では、現地政府とロシア、EUの間で隠微なゲーム(例えばウクライナは、EUに傾斜するふりを見せては、それを嫌うロシアから借款を引き出す等)が行われているのだが、中国はここに札束をひっさげて現れ、ロシアにもEUにもお構いなしに案件をさらっていってしまう。

  「空いているところには手を伸ばす」というのが中国人の行動原理であるし、各省庁の間で連携が取れていないことも、中国の特徴である。そのため最近の中国の対外進出は、長期的かつ一貫した戦略に基づいているというよりは、勢いにまかせてしゃにむに進出していると言った方が真実に近い。中国の外交官は普通、自国の各省庁、大企業への抑えがきかないどころか、彼らが何をしているか知らされていないことが多い。そのため、2011年リビアのカダフィ政権崩壊の危機の際、中国は軍艦、軍用機も派遣して36000人もの中国人出稼ぎ労務者の疎開をする ような羽目になったのである。

  また中国の石油業界は数社の国営寡占に牛耳られ、業界出身の周永康が公安部長になったことが示すように、公安関係と深く結びついている。それもあって、中国の石油部門も外交部との連携は悪いと言うか、外交部を軽視しているものと思われる。軍、諜報部門が外交部門を軽視する傾向は、戦前の日本、あるいはソ連等、専制主義で軍が指導者に直結している国でよく見られることである。

 (d)中央アジアへの中国の経済進出
   「ソ連圏」にあった中央アジアであるが、この10年、経済面を中心とする中国の進出が急である。それはまず、中央アジアのエネルギー資源への関心から始まった。上述の如く現在中国はカザフスタン・石油ガス公社(「カズムナイガス」)の株の11%を所有し、カザフスタンの原油輸出の10%強を輸入している 。

    中国によるトルクメニスタン天然ガスの席巻は、さらに短兵急であった。中国は2008年2月に上海・広東方面への8700キロのパイプライン建設を開始、2009年には開通にこぎつけると、年間300億立米の輸入を開始した 。これは故ニヤゾフ大統領が、トルクメニスタンからの輸入ガス価格を上げようとしないロシアに対する当て馬として始めたプロジェクトなのだが、2009年ロシアはそのようなトルクメニスタンに嫌気をさして天然ガス輸入を一時停止、その後輸入量を年間420億立米から100億立米強に下げるに至った。そのためトルクメニスタンの天然ガス輸出は一時84%分の市場を失い、毎月10億ドル程の利益喪失となった 。これは、ユーラシア中央部におけるビジネスが如何に政治的で粗っぽいものか、採算軽視で行われているかを如実に示すものである。   
    
中国はアフガニスタンの天然資源にも目を付けている。カブール付近のアイナク銅山の利権を手に入れた他(遺跡が発掘された等の事情で、開発は進んでいないと言われる)、アフガン北西部の原油・ガス開発権を入手したとの報道もある 。アフガニスタンでは中国人は評判が悪いとも言われ、治安情勢にも目途がついていない中、ビジネス的にはリスクの取り過ぎであるが、おそらく一握りの者がアフガニスタンの有力者と手を握って決定した政治的案件なのであろう。

    中国の中央アジア諸国との経済関係は、資源輸入に限られない。中国の消費財は中央アジアの市場を席巻している。特に経済力に乏しいキルギスにおいては、隣接の新疆地方から消費財を仕入れ、これを旧ソ連諸国に転売することで生計をたてる者の数が多い 。中国とカザフスタンの国境ホルゴスでは共同開発区が建設されているが、これは単なる物資のトランジットを越えて大きな経済的意味を持ったものに発展するかもしれない。

 (e)中央アジアへの融資攻勢
また中国は最近10年間に、中央アジア諸国に対する融資攻勢を進めてきた。特に目立つのがタジキスタン向けで、この国は中国から既に累計約9億ドルの低利借款を受け、トンネル、道路等の建設を行っている(施工は中国企業と中国人労働者) 。この国のGDPは80億ドル程度であり、中国からの借款が持つ意味合いは大きい。但し、アフリカで中国が行っているのと同様、タジキスタンで中国が行う建設は中国から移入した資材と中国人労務者を使って行うもので、タジキスタン側に残るものはいつまでもつかわからないインフラと借金である。その様は、「中国が国外で公共事業を行い、つけは外国政府に回す」と言えるほどである。

    カザフスタンに対する中国の借款はタジキスタンに対するものから数年後に始まったが、石油・ガス開発関係の借款も多いので、その額はタジキスタン向けの比較にならない。例えば2009年4月、訪中したナザルバエフ大統領は中国輸銀から100億ドルの融資を得ている。キルギスは2013年央までに、総計10億ドルの融資を中国から得て、大精油所等を建設している 。ウズベキスタンも、中国から4億ドルの低利融資を受けて化学、電力、農業、水利、運輸等7の案件を推進中である。2013年9月には習近平が来訪し、116億ドルにのぼる投資案件を披歴している 。トルクメニスタンに対しては、天然ガス田の開発、パイプラインの建設等で莫大な借款が行われているが、全容は不明である 。

   このような中国による融資は、日本のODAのような厳格なフィージビリティ調査、公正な入札手続きなどを経ないで行われる足の速いもので、政治的な決定を好む現地政府有力者からは非常に評価されるものである。米国の援助はアフガニスタン関連で国防省予算で行われるものが主で(例えばタジキスタンとアフガニスタンを結ぶ鉄橋の建設)、ODAの額は小さなものである。日本の円借款は中央アジアでこれまで大きな役割を果たしてきたが、立案から完成まで5年以上はかかり、地元発案者の手柄と利益になりにくい。この点、中国の融資は足が速いし、アカウンタビリティーが低い分、私利をはかることも容易なのであろう。

近年の上海協力機構首脳会議は、中国の首脳が中央アジア諸国への借款供与予定額を誇らしげに報告する場と化した感がある。韓国もそうであるが、中国もかつての日本の小切手外交をまねているのである。後述のとおり、それは「カネの切れ目が縁の切れ目」になりやすい儚いものなのであるが。
 
 (f)人、土地
    カネより確かなものは人の交流と、土地の売買である。中国、ロシア、アフガニスタンと中央アジアの間、そして中央アジア諸国同士の間では、双方向の人の往来と定住がある。例えば、1930年代の飢饉等により、多数のカザフ人が国外に流出、今でも中国には約140万のカザフ人が居住し、カザフ語の学校もあるとされる 。最近では、流通業等に携わる中国人が中央アジア諸国に定住する例も増えている。タジキスタンでは定住を登録している中国人は約4000名に過ぎないが、実際には8万人が定住しているとの推計もある 。

    近年は、中国人が中央アジアやロシアで農地を賃貸、耕作を行う例が増えている。ロシアでは、それはウラル地方にも及んでいる。カザフスタンでは、「ナザルバエフ大統領が中国に、100万ヘクタールの土地を99年間の租借に出した」式の報道が時々行われる。

(g)政治的意味合いを帯び始めた中国の経済進出
当初、中国の中央アジア進出は経済面だけであったが、大規模な経済進出は政治的意味を帯び始めている。例えばウズベキスタンではカリモフ大統領が76才であるため後継者の問題が現実化しているが、有力候補に擬せられるアジモフ第一副首相は中国との経済協力に入れ込んでおり、その対抗馬と目されるミルジヨエフ首相は以前からロシアの経済界と深い関係にある。後継争いが激化すると、中国寄り、ロシア寄りの是非が政争の種となり、中国との経済関係は政治的意味を帯びてくるのである。

そしてプーチン大統領が旧ソ連の復活を願って「2015年までに『ユーラシア経済連合』を作る」ことを至上課題として打ち上げると、中国はこれがロシア主導の閉鎖的経済ブロックの結成につながることを心配し始めたのであろう。2013年9月には習近平が中央アジア諸国を歴訪して、「シルクロード経済ベルト」の形成を提唱し始めた。これは具体的な内容を未だ持っていないが、要するに中央アジアをロシアが独占することはもはや認めないということで、中ロは表だって争わないよう努めているにしても、テーブルの下の足の蹴り合いは激しくなる一方である。

  中国の経済力は、欧州方面でも政治的な意味を持つようになっている。例えば2013年11月、ウクライナはEUとの連携を強める連合協約に署名しようとしてロシアの抵抗に会い、署名を断念したが、これに対して国内野党勢力が抗議運動を組織し、ヤヌコヴィチ政権は危地に立った。その渦中ヤヌコヴィチは以前から予定していた訪中に旅立ち、「ロシアでもEUでもない中国」から資金援助を獲得しようとしたのである(結局、獲得できず)。

   従来、ユーラシア大陸の東西を覆い、東西の情勢を連関させていたものはソ連、そしてソ連崩壊後のロシアのみであった。ところが中国が台頭してユーラシアの東西南北と経済関係を発達させ、それが次第に政治的意味も帯びてくると、ユーラシアは今や中国によっても東西南北の相互連関性を強めるようになってきた、と言えよう。

(h)カネの切れ目が縁の切れ目―グローバルな存在にはなれない中国
製紙、羅針盤、火薬は中国から欧州へ伝わったとされる。しかし儒教、あるいは易など、思想的なものは欧州に伝播していない。これと事情が完全に同様というわけでもないが、中国はいくら経済力が伸びても、現在の米国のように商取り引き、ポップ文化面でのグローバル・スタンダードとなることはできまい。仲間の間の隠微な特別取決めを重んずる中国的な(あるいは欧州以外のユーラシアにほぼ共通した)やり方は、米国式のオープンで透明性を重んずるやり方にかなわないのである。

   そして中国は、米国と異なり、世界に軍事基地のネットワークを持っていないため、海外の政治に介入してもその効果を実力で守ることができない。これでは、経済が伸びている間はちやほやされても、経済が停滞した途端、中国は見向きもされなくなってしまうだろう。数年前の日本と同じで、カネの切れ目が縁の切れ目になってしまう。世界での中国の政治力には大きな限界があるのである。但し国連安保理では拒否権を持っているため、主要な国際問題では常に米国、ロシア等と取引ができることには留意しておく必要がある。

  米国、西欧が自由、民主主義、市場経済、アカウンタビリティーという、魅力ある価値観を奉じているのに対し(彼ら自身による実行度には問題があるが)、既に述べたように中国はそのように価値観の面でグローバル・スタンダードとなるようなものを持っていない。儒教が東アジア経済圏発展の基礎を成す価値観だと言われるが、社会、国家全体の利益を考えて身を慎むという儒教的価値観を具備した人間は、儒教の本家中国で非常に少ない。欧米に留学した多数の中国人青年が新しい価値観を中国社会に持ち込むだろうと言われているが、留学した者の全てが欧米価値観を理解するとは限らず、また理解して帰国したとしても、中国で生活していくためには大勢に従わざるを得ない。
    
(i)ソフト・パワーを欠く中国
中国は4000年の歴史と豊かな文化を持っていると言われるが、それは国際政治における中国の「ソフト・パワー」として十分には反映されていない。それは、中国自身が王朝が替わるたびに前王朝の文化を否定してきた面があること、それは現代においても文化革命の際に伝統文化の否定となって現れ、多くの伝統文化、伝統的価値観が破壊されたこと、また残存している伝統文化・価値観は外国人には異質なものと見えること、さりとて中国の現代ポップ文化は未だ成熟していないことなどに起因するだろう。中央アジア諸国は長年ソ連に支配されたが故に、自身を「欧州国」だと位置づけることが多く、またソ連の対中敵対心を受け継いでいることも多い。また中央アジアの青年層は西側のポップ文化に魅力を感じているため、中国にソフト・パワーを感ずることは僅少である 。

(j)挫折要因を内蔵する中国
   今や押しも押されもしない「世界第二の経済大国」中国であるが、政治・経済の両面において大きな脆弱性を抱えている。中国の経済は1990年代に外資を誘致して輸出主導の成長をはかったが、賃金水準が上昇した現在では過剰な融資でインフラ、オフィス・ビル、高層住宅の建設を強引に推進することで成長を確保している。

中国経済は「市場化」されたと言われる。確かにソ連型計画経済に比べれば、資材の購入、価格設定、賃金設定等は市場化されている。しかし中国の大企業の大多数は国営で、地元の省の共産党書記の差配の下にあることを忘れてはならない。国営企業の幹部も党員であり、その人事は中央及び地方の党書記の意向に左右される。

このように独裁政党が社会の全てを直接行政するというソ連型の「政党国家」は、1923年ソ連に派遣された蒋介石等国民党代表団が中国に持ち帰って以来、現在に至るも生きているのである。民営経済とは違って、ここでは企業経営者の人材プール(候補者)は党の人材プールと同一であり、彼らは企業経営の論理よりも、党内昇進のために動くのである。生産量目標を達成するため、地元の国営銀行から低利融資を借りまくり、目標を達成した後は、党から昇進させられて別の部署に移っていく。融資は踏み倒されて不良債権と化し、危機的水準となれば国庫から補助を受ける、西側の銀行と異なり、その補助金は国庫に返済しない――このようなサイクルが繰り返される。

政党国家はジレンマを抱える。経済を与党が直接、独裁的に運営するというやり方は、経済成長の初期には機能するが、経済・社会が高度化すると対応ができなくなる。経済面では莫大な品目から成る現代経済を行政的に動かすできるはずもなく、政治面でのジレンマもまた大きい。経済不振等で社会の不満がたまった場合、独裁国家は選挙による政権交替=不満のガス抜きができない。独裁国家の政権は、戦争或いは暴動によって倒されるしかないのである。さりとて民主化しようとすると、これまでほとんどが国営化されていた利権を少しでも奪い取ろうとする利権闘争が始まって、国内は選挙どころか内戦になるかもしれない。ソ連崩壊後のロシアでは1991~92年にまさにそうした状況となり、マフィアの撃ち合いが日常化し、議会は企業民営化に関与して利権を貪ることを策して大統領側と対立、遂には大統領側が議会に砲撃を加える、という状況になった。

胡錦濤から習近平に政権が移行するに当たっては、薄熙来が社会の格差をつき、公安部を抱き込んだ上で毛沢東主義を旗印に大衆を煽って自らの権力基盤とし、それによって権力収奪の野望を遂げようとした。薄熙来は断罪されたが、毛沢東主義は共産党上層部の特権濫用と腐敗を糾弾する動きとなって、中国社会を不安定化させるかもしれない。

これに対して習近平は、国家安全保障会議を設置して公安部も直轄化に置き、自らが毛沢東主義を体現する姿勢を示したが、保守的な姿勢は対外面では強硬路線となって、諸外国からの反発を呼んでいる。現代の中国は、共産党が武力で権力を獲得して絶対的な支配を築き、その後まだ一度も選挙の洗礼を受けていない。中国の知識人自身が言うように、現代の中国は「共産党王朝」時代にあって、累次王朝と同じく崩壊の時期を迎えるのかもしれない。
  (なお、中央アジアにおける中国について論ずるには、新疆のウィグル族の問題、そしてチベット問題、内モンゴル問題を避けて通ることはできないのだが、これは後述する)

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