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2014年4月 8日

ウクライナについての基礎的知識

一言では括れない国「ウクライナ」
(これは「メディア展望」誌4月号に掲載されたもの)

 ウクライナが話題になっている。この国は民族的には単一ではなく、2月以降の無政府状態の中で国内諸民族間の1000年以上にもわたる怨念、憎悪が表面化、これに困窮と物欲が加わって、内戦一歩手前の状況にある。これは欧米のマスコミが言うような、「自由と独裁の対立」というような単純なものではなく、積年の憎しみと物欲が自由とかロシアとかいう衣を被って相争う複雑なものなのである。そしてロシアも西側も、ウクライナで勢力争いをしながらも、この国を完全に抱え込む力は持っていない。ウクライナでは目に見えるものと実際に起きていることが違うことが多く、局外者には理解するのが難しいのである。ここで、少し立ち入って考えてみたい。

「国民国家」形成途上のウクライナ
 現在のウクライナは、①ロシア語系の多い東部及び南部(工業・鉱業が集中し、人口の70%、GDPの90%を占める由)、②ロシア語系・タタール系・ウクライナ語系が鼎立するクリミア半島、③反ロ・親欧的な西部(農業を中心とし、経済的には弱い。しかも南部はカルパチア山地)、④そして首都キエフを中心とする中部、に分けて考えると分かりやすい。そしてクリミア半島のセヴァストポリにはロシア海軍基地があって、ウクライナとの条約に基づいて陸上兵も1万以上駐留してきた。しかし、ウクライナが現在の境界をもって登場するのは、後述の如く第2次大戦後のことである。
ウクライナの首都キエフはもともと9世紀、「ロシア」最大・最古の都市国家として歴史に登場した。バルト海商圏とコンスタンチノープルを結ぶ通商ルート(キエフを南北に流れるドニエプル川)を抑えるために、ヴァイキングが建国したものとの説が強い。

 
 その後13世紀、キエフも含めてこの一帯はモンゴル軍に蹂躙され、征服される。クリミア半島に居住する「クリミア・タタール人」(約25万人)はその名残である。モンゴル征服以後、ウクライナ地域の東部ではロシアの農奴制を嫌って入植したコサック(自由農民)が部族社会を形成し、西部はポーランドやリトアニア(中世は大帝国を形成した)の一部として推移して、欧州文明との強い一体感を持つに至った。

 イタリアが「統一」されて国民国家が成立したのが1861年と新しいことであるのと同様、ウクライナと現在呼ばれる地域は長らく中世的分立状態にあって、ほぼ常にロシア、ポーランド、リトアニア、オスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてドイツの間の勢力争いに巻き込まれていた。ソ連が現在の西ウクライナをポーランド及びドイツから奪い、現在の境界を持った「ウクライナ」を成立させたのは、実に第2次大戦後のことであり、戦後も西ウクライナ住民による反ソ連の武装ゲリラ闘争が続けられたのである。今でもこの地域の住民には当時の記憶が語り継がれ、今回の騒動でも強い反ロ気運を見せている。ウクライナは1991年の独立で初めて国民国家形成の途を歩み始めたのであり、内部はまだモザイク状なのである。

東西を操る独立以後のウクライナ
 
ウクライナは4500万の人口を有し、穀倉地帯、豊かな石炭・鉄鉱石資源をベースとした工業地帯(東部に集中)であるため、ソ連内ではロシアに次ぐ重要性を有していた。ミサイル・軍用機製造等においては中心的な地位を有していたので、ウクライナを失ったロシアのミサイル開発能力は停滞した一方、ウクライナからエンジニアを招請した中国は軍事産業の近代化を行うことができた。

 しかしウクライナは石油・天然ガス資源をほとんど持たず、その工業は長年の計画経済の中で設備・技術老朽化の問題を抱える。つまりウクライナは「ロシアに石油がなかったらどうなっていたか」を地で行く国家なのであり、ほぼ常に資金不足に悩んできた。そのためウクライナ政府は、西側とロシアが張り合うのを利用して、双方から経済的利益を絞り出すべく綱渡り外交を続けている。1991年の独立直後は、ソ連の黒海艦隊や在外資産の分割をめぐってロシアと激しい駆け引きを繰り広げ、ロシアからの天然ガス供給価格引き下げを狙ってはEUまで巻き込んでの紛争を何度も展開した(ロシアからEUへ向けての天然ガス・パイプラインはウクライナを経由しているので、ウクライナはこれを止めると脅迫したのである)。

ウクライナは、ロシア系の多い東部が人口、経済力とも西部を圧倒的に上回る。しかしそれでも、東部の住民の多くはウクライナがロシアに統合されるのを好まない。他方、ロシア系住民の多くは、NATOにも強い反発を有し、ウクライナがEU・NATO圏に組み込まれるのを良しとしない(西部住民はその過半が西欧寄りである)。そのために、EU・NATOへの加盟をめぐっては、世論調査は賛否がほぼ常に相半ばする。ウクライナはその内部が分裂していて、東西いずれにも明確にはなびき得ない運命を持っているのである。
そして、ウクライナ経済は少数の財閥に支配されており(その多くは、工業中心地、かつロシア語使用住民が多数を占める東部を本拠とする)、これら「寡占資本家」達が政治をも牛耳ってきた。「民主主義」の旗手と言われたユシェンコ元大統領やチモシェンコ元首相、親ロと言われたヤヌコーヴィチ前大統領も同様に利権闘争、利権漁りにふけり、その生活ぶりは豪奢を極めた。
これら政治家、そして寡占資本家にとっては、ロシアもEUも利用する対象でしかない。その多くはロシアに近い東部を本拠とするが、ウクライナ経済がロシア資本に席巻されることは望まない。他方彼らにとっては、「自由」、「民主主義」等の美しい言葉は、EUの気を引くための道具でしかない。リベラルな知識人層は存在するが弱体で、今回も暴力を用いる右翼勢力に「革命を簒奪」されている。

今回の事態は、2008年リーマン・ブラザーズ金融危機でGDPを15%失い(2009年)、更に2012年にサッカー欧州選手権主催で借金を背負ったウクライナ政府が、連合協約締結を片にEUから救済融資を受けようとしたところで、ロシアから圧力を受け、EUからはIMFの求める緊縮政策の実行とチモシェンコ元首相の釈放(ヤヌコーヴィチ政権を支える寡占資本家と以前からガス利権をめぐって争っていたため、政権交代とともに投獄されていた)を求められて板挟みとなり、結局EUとの連合協約仮署名を蹴ってロシア頼みの姿勢に反転するという迷走ぶりを見せたことに起因する。これに対してEU寄りのリベラル勢力が反政府運動を起こし、これに右翼が便乗して暴力で煽ったために政権が崩壊したのである。ウクライナ政府は、いわば綱渡りの綱から落ちたのである。

西側は「ロシアの拡張」、ロシアは「西側の東方への拡張」――非難合戦

 1991年ソ連が崩壊すると、周縁地帯は力の真空地帯と化した。オスマン帝国崩壊がバルカンや中近東に無数の紛争の芽を生んだのと同様、ソ連という「帝国」の崩壊もグルジアやウクライナのような紛争要因を生んでいる。東欧諸国、バルト諸国はEU、NATOに加盟して安堵しているが、その他の旧ソ連諸国は列強(その中には中国も入ってきている)の「草刈り場」としてまだ残っているのである。

 ブッシュ政権はウクライナ、グルジアのNATO加盟を強引に進めようとしてグルジアのサカシヴィリ大統領を図に乗せ、2008年のグルジア戦争を誘発してしまう。これはグルジア側がロシアを挑発したものとの理屈付けがなされて、西側は明確な制裁を行うことなく、ロシアの行いを黙過してしまう。EUはこれと並行してウクライナやグルジアを相手に「東方パートナーシップ」構想を推進、EU加盟に至る道程として「連合協約」を締結する作業を開始した。また米国とEUは自由貿易協定(TTIP)締結交渉を開始して、世界最大の経済ブロックを形成する構えを示している。

 これに対してプーチン大統領は、首相時代の2011年、「ユーラシア経済連合」構想を打ち上げた。これは旧ソ連諸国を中心に、EUをモデルとした「超国家的」経済連合を立ち上げようというものであり、今年5月にはロシア・ベラルーシ・カザフスタンの三国が設立枠組み条約に署名の予定、来年1月には発足の運びとなっている。これは2010年に発足した同じ三国による関税同盟を発展させたもので、「ユーラシア経済連合委員会」に経済的主権の多くを委ね、モノ、ヒト、カネの移動の自由化を図ろうというものである。そして、「ユーラシア経済連合」の将来の成功は、ウクライナを入れることができるかどうかにかかっている。

 こうやって、EU・NATOとロシアはウクライナをめぐって力比べをしている趣がある。ロシア人はウクライナ情勢のすべてに「西側の策動」を見、西側はウクライナ情勢のすべてに「プーチンの邪悪な意図」を見る。そのような猜疑心をもって西側とロシアが張り合う結果、被害を受けるのはウクライナ――そのような不幸な構図が形成されつつある。このような無益な争いを続けていないでウクライナにEUとロシアの双方が乗り入れればいいではないかと思うのだが、経済力でEUに劣るロシアにとってはそうはいかない。「ウクライナがEUと連合協約を結ぶと、同国内の諸規制・諸基準がEUのものに統合されてしまう。そうなると、ロシアの企業はウクライナでEUの企業に太刀打ちできなくなる」というのが本音であるらしい。またEUとの連合協約は将来のEU加盟を念頭に置いたものであり、EU加盟はNATO加盟を前提とする。NATO加盟は、EUに入る際のいわば強制保険のようなものなのである。そうなると、ロシアは2000キロを超える長い国境線で、NATO軍に直接対峙せざるを得ないことになる。今のウクライナ軍が無力に等しいのに比べ、NATO軍は通常兵力でロシアを大幅に上回る。

ウクライナを背負い込むと・・・

 ウクライナをめぐっては、ロシアとEUの間で分割するとか、西部、東部、クリミアそれぞれの自治権を強化した連邦制にするとか、様々の案が論じられている。しかし、どれも簡単にはいくまい。分割した場合、ウクライナ政府の債務(約14兆円)をどのように分担するかで議論が起きるだろう。債務肩代わりの条件としてIMFによる緊縮政策を実施すると、ウクライナ社会は収拾がつかない騒ぎとなり、ウクライナ社会の底流に流れる反ユダヤ主義が暴力となって顕在化する可能性もある。ヤツェニュク首相はユダヤ系である。また分割した後も、それぞれはEU、ロシアの双方にとって重い財政負担となってのしかかる。例えばクリミアでは、3月16日の住民投票めがけてロシア系が展開したキャンペーンでは、「ロシアに入れば公務員の給料は4倍になります(注:公務員の給与格差は実際にこのくらいある)」というスローガンが使われたが、ロシアが東部まで抱え込むこととなればその負担は10兆円を超える。

 ウクライナをめぐっては、米国のオバマ大統領はその指導力の有無を問われ、EUではドイツが米・ロシアの間での立ち位置を問われている。しかし最大のリスクにさらされるのは、ロシアであろう。ロシアの経済成長率は昨年1.3%に落ちている。これは金利が高いことが主因で、「政策不況」(石油収入を浪費しないよう、政府は資本市場から資金を借り上げて赤字の穴埋めをしている。そしてそのことが市場金利を引き上げている)の典型なのだが、いずれにしてもロシアの企業はこのために、EUの金融市場での起債を活発化させている。もし「制裁」でこのパイプを閉じられたり、西側の銀行を利用してのオフショア・ビジネスを停止させられたりすると、ロシア経済は大崩れとなる。その結果統治能力が低下してガバナンスを失うと、地方が分離主義を示し、独立を宣言する動きも出てきかねない。ロシアは多民族国家であり、また同じロシア人であってさえ1917年のロシア大革命直後に「シベリア共和国」樹立を宣言する例があった。

 従って、ロシアが自国の権益を守るためにウクライナにしがみつくよりも、この本来は豊かな地域に西側の直接投資を招致し、それをロシアにも及ぼしていく方が、ロシア自身にとっても良い結果となるだろう。好例としては、スロヴァキア共和国が直接投資を誘致した結果、一人当たり自動車生産台数では世界一となっている事実を上げることができる。ウクライナをめぐって「冷戦」が復活することはない。今のロシアに世界を2分するだけの力はなく、西側と対立すれば自分が孤立して困窮するだけとなろう。

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