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世界はこう変わる

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2014年3月13日

ウクライナ情勢ーモスクワから見ていて

ウクライナをめぐる情勢――モスクワでの観察の結果

3月9日まで2週間強モスクワに滞在し、その間ウクライナ情勢もフォローしてロシアの識者と意見交換する機会もあったので、以下にまとめておきたい。

結論から言えば、今のウクライナでは反ロ・反西欧の右派過激勢力が治安・公安機関を抑えてコントロールが利かない状況になっている、ウクライナは民族的には単一ではなく、現在の無政府状態の中で国内諸民族間の1000年以上にもわたる怨念、憎悪が表面化、これに困窮と物欲が加わって、内戦一歩手前の状況にある、ロシアも西側もウクライナを完全に抱え込む力は持っていない以上、双方とも適度なところで手を打つことが必要なのだが、それには右派過激勢力の自失・自滅を待つしかあるまい、ということである。

(モスクワの街の表情)

地下鉄に警官の姿が普段より目立つが、空港でのセキュリティ・チェックは厳しくなっておらず、テレビではウクライナについてのニュースが終わると「海外ポップ音楽」紹介番組が始まったり、7日から開かれているソチのパラリンピックのニュースが先行したりして、緊張した雰囲気はない。今年は気温が高く春のような陽気になっていること、成長率が1.3%に落ちてしまったにもかかわらず、給料や年金は上がり、ほぼ完全雇用に近い状態(失業率6%台)が続いていることが、ロシア人を楽観的にさせている。

ただ、市民の多くがウクライナ情勢の成り行きを(静かに)心配しているのは事実で、会話ではウクライナの話しがすぐ出てくる。モスクワ市民の多くはこの数年給料が上がり、経済に対して漠然たる安心感を持っているものの、西側から制裁された場合のロシア経済の脆弱性も心得ているので(口では強がりを言うが)、ウクライナのために冷戦が復活することを怖れているのである。同時に、ウクライナ東部、クリミアの同胞(親戚がいる者も多い)の安全を心配し、「事態をここまで先鋭化させた西側[i]」に対して静かな憤慨の気持ちを持ってもいる。

ロシア人はウクライナ情勢のすべてに「西側の策動」を見、西側はウクライナ情勢のすべてに「プーチンの邪悪な意図」を見る。そのような誇張されたパーセプションを奉じて西側とロシアが張り合う結果、焼けるのはウクライナ――そのような不幸な構図が形成されつつある。

(モザイク状の国ウクライナ――そして「魔神はランプの外に出てしまった」)

ウクライナ地図はhttp://wikitravel.org/upload/shared/0/0f/Ukraine_regions_map.pngが便利。

現在のウクライナは、ソ連時代の「ウクライナ社会主義共和国」が独立したものであるが、この地域は歴史を通じて分裂が常態であり(「ウクライナ人」という単一の人種もいない。強いて言えば、スラブ諸族である)、西ウクライナが併合されたのは第2次大戦後が初めてである。しかもその西ウクライナでは、強力な反ソ・ゲリラ闘争が戦後数年間続き、その記憶は子子孫孫語り継がれてきたのである。

現在のウクライナは、上記地図に示したように、①ロシア語系の多い東部及び南部(工業・鉱業が集中し、人口の70%、GDPの90%を占める由)、②ロシア語系・タタール系・ウクライナ語系が鼎立するクリミア半島、③反ロ・親欧的な西部(農業を中心とし、経済的には弱い。しかも南部はカルパチア山地)、④そして首都キエフを中心とする中部、に分けて考えると分かりやすい。

今回の事態は、2008年リーマン・ブラザーズ金融危機でGDPを15%失い(2009年)、通貨グリブナは40%下落し、更に2012年にサッカー欧州選手権主催で借金を背負ったウクライナ政府が、IMFの求める改革措置(ガス料金の引き上げ等)を実行する政治力を欠くまま、EUとの連合協約締結に突破口を求めようとしたところ、ロシアからは圧力を受け、EUからはチモシェンコ前副首相の釈放を求められて板挟みとなり、結局EUとの連合協約仮署名を蹴ってロシア頼みの姿勢に反転したことが契機である。これに対してリベラルな市民達が抗議集会を始めたのが昨年11月で、これだけなら懐柔、あるいは弾圧が可能であっただろう。リベラルは弱い上に、ウクライナは経済だけでなく政治も数人の寡占資本家が握っていて、これまでも彼らが与野党を操縦してきたからである。

しかし、12月中頃からこの反政府運動の中で右派過激派が急激に伸長し、その中の西ウクライナ出身者を中心に過激な反ロ(上記の歴史から、西ウクライナでは反ロ気運が受け継がれている)、そして反西欧(実体は反ユダヤ主義である)を主張の中心に据えるとともに、治安・公安機関を握ったことで、情勢はコントロールできないものとなっている

クリミアではロシア系住民によるタタール人に対する暴力行為が高まる可能性があり(タタール人はキエフの右派過激派と結びついているとのうわさが広がっている)、東部ではキエフの右派過激派による弾圧[ii]を警戒する地元民達が自警団、義勇軍を作って内戦状態に入る可能性がある。ウクライナ軍は、軍と呼べないほど弱体であるが、東部ではロシア語系の退役兵の組織が強固で、彼らにロシアから兵器を供給すれば軍隊ができる。

その場合、1000年以上もの怨念、憎悪、そしてこれに困窮と物欲[iii]、粗暴性[iv]が絡んで、1990年代のボスニア紛争のような、あるいはアフリカの部族闘争のような情景が現出しよう。モスクワではこれを、アラジンの魔法のランプに例え、「魔神がランプから出てしまった」という言葉で形容している。事態は、欧米のマスコミが言うような、「自由と独裁の対立」というような単純、ナイーブなものではなく、積年の憎しみと物欲が自由とかロシアとかいう衣を被っている複雑なものなのである

クリミアは地図が示すように陸の孤島であり、セヴァストポリにはロシア海軍基地があって陸上兵も1万以上いる。従って、ウクライナ軍が弱体であることからも、クリミア情勢は大荒れはしないと思われる。これに比べてロシア人が心配しているのは、東部での情勢の成り行きなのである。但し、東部のロシア語系住民も別にロシアとの合併を望んでいるわけではないようだし[v]、ウクライナ軍は弱体なので、ロシア軍が直接侵入する必然性はないと言われている。

(ウクライナを東西対決の決戦場にするのか?)

ソ連崩壊後、東欧諸国はもちろん、バルト三国のような旧ソ連の一部にさえも、NATOは拡大してきた。ブッシュ政権はこれをウクライナ、グルジアにまで拡大するべく運動したが、ウクライナは世論が2分していて(東部のロシア系がNATO加盟に反対)果たさず、グルジアではサカシヴィリが先にロシアを挑発して軍事介入を招き、孤立して失敗した。

その後EUは「東方パートナーシップ」なる枠組みの中で連合協約を結ぶことで、ウクライナやグルジアを懐柔しようとしたが及び腰で、昨年11月末には「ユーラシア経済連合」を2015年1月には発足させる気構えのプーチン大統領に押し切られてしまった。ヤヌコヴィチ大統領が、EUとの連合協約の仮署名をドタキャンしたのである。ウクライナはその人口と経済力(かつてはソ連軍需産業の一大中心地であり、ソ連崩壊後は中国軍需産業近代化を大きく支えてきた)から、ユーラシア経済連合が本格的に成立するかどうかのカギを握る

プーチン大統領は、昨年9月シリアで米国の侵攻を思いとどまらせて以来、ウクライナを「取り戻して」ポイントを挙げ、ソチ・オリンピック、5月にはユーラシア経済連合の枠組み協定署名予定(ベラルーシ、カザフスタンのみと)、6月にはソチでG8先進国首脳会議予定と、その国際的権威は昇竜の勢いであったが、今回ウクライナ情勢でシナリオがすっかり狂った。

「2月21日ヤヌコヴィチ大統領がEU諸国の外相数名が臨席する中で、議会への権限大幅譲渡、5月の大統領選実施等に合意したことで、プーチン大統領は西側との妥協が成立し、事態は収拾するものと思いこまされていた。ところがその日にヤヌコヴィチ大統領は荷物を畳んで東部へ逃亡してしまい、反政府派は21日の合意の通りに政府施設の占拠を解くどころか、大統領官邸等まで占拠してしまう。ここでプーチン大統領は、騙されたと思って怒り、クリミア・カードを操り始めた」――あるロシア人友人(マスコミ編集長)は事態をこのように解説してくれたが、これが本当かどうかは別として、OECD加盟を最大の外交課題としていたプーチン・ロシアが、冷戦復活かどうかの岐路に立っているのは間違いない。

冷戦的状態が復活した場合、困るのはロシアの方であろう。EU諸国はロシアの天然ガスに30%も依存しているが、ロシアが上顧客であるEUへの供給を止めることは考えられない。逆にロシアの方は、西側からの投資・技術移転を大きく失う上、米国主導による石油価格急落があり得る中で軍備の過剰負担に悩むこととなる。また、ロシアがウクライナ国内での分離主義を助長することは、将来ロシア国内で分離主義が起きた場合、抑える大義を欠くこととなろう。ウクライナ分裂は、ソ連崩壊の第二幕としてのロシア分裂を引き起こしてしまう可能性もあるのである。

(西側・中国が抱えるジレンマと日本の立場)

欧米は、「自由」、「民主主義」を標榜しつつも、ウクライナに武力介入する気はない。ウクライナを分割し、西ウクライナを自陣営に抱え込む経済的負担も負うつもりはない。そしてロシア語系ウクライナ人は、数が多い。彼らを暴力で抑え込んで事態収拾の格好を取ることも難しいのである。そして何をやるにも、キエフの政府が今のところ当事者能力を欠いていることが、最大の問題である。IMF支援を実現するため、緊縮政策や公共料金引き上げ等の条件を押し付けても、政府はそれを実行する力を持たない。

おそらく右派過激派の自失・自滅(フランス革命の時にも、最後には穏健勢力が勝った)を待つのが最良の方策なのであろうが、そうなるまでには時間がかかるので、右派過激派と地元ロシア語系勢力が東部で一騒動も二騒動も起こしてしまうであろう。

中国は今ウクライナをめぐって、ロシア、西側の双方から支持を求められ、ジレンマにある。米国に対抗していくためにはロシアとの関係は不可欠であるが、他方ロシアがウクライナで支援している「分離主義」を助長するようなことは、チベットやウィグルの問題に鑑みて金輪際できない。2008年グルジア戦争の際も中国は、「独立」した南オセチアとアブハジアを承認していない。3日付新華社通信記事のように、「西側はロシアに対する冷戦的思考から離れるべきだ。ウクライナ問題では、ロシアを除外して考えることはできない」程度の物言いでお茶を濁しつつやり過ごそうとするだろう。

日本にとっては、ロシアの国際的立場が過度に低下することは好ましくない。中国に対するバランス要因としてのロシアの価値が、ますます落ちてしまう。さりとて、日本一国でロシアを擁護するのもできない相談であるので、「ウクライナ問題解決のためには資金援助、国連PKO派遣の場合の自衛隊派遣等で努力を惜しまない」程度の物言いでいくのがいいと思う。

事態の発展次第では「制裁」に踏み切らざるを得なくなることもあり得るが、制裁というものは一度行うと、なかなか廃止しにくいものである。廃止するだけの条件が整ったのかどうかを国会やマスコミで細かくつつかれる・・・・・からである。1979年ソ連のアフガニスタン侵入の後、日本政府がとった対ソ制裁措置の顛末を復習してみるといい。

注:
[i] 「情勢を先鋭化させたウクライナの右派過激分子に対してCIAが資金を出した」というのは、モスクワでは定説となっている。昨年末キエフに滞在して反政府派を鼓舞していたヌーランド国務次官補がネオコンと見なされている(夫はロバート・ケーガン)ことが、その主要な原因であろう。しかし、右派過激分子に対しては、ウクライナの寡占資本家も資金を出していたに違いない。


[ii] 既に東部のドネツクでは、キエフの「公安機関」が地元指導者を襲撃して拉致する等の暴力沙汰が起きている。ただこれも、議会がドネツク知事として寡占資本家の1人を任命したため、利権争いが起きているだけなのかもしれない。国際紛争と同時に利権闘争が行われていることが、現在のウクライナ情勢を裏表のあるものにしている。


[iii] 例えばクリミア独立派は、「ロシアに編入されれば公務員の給料は4倍になる」ことを16日住民投票のキャッチ・ワードにしている。


[iv] キエフの右派過激派の中にはサッカー・ファンも多い。いわばスキンヘッドが権力を握ったようなもので、彼らは拉致、拷問、殺戮を厭わない。


[v] 3月3日付Interfax/Ukraineによれば、東部でもロシアとの合併を支持する者は25.8%のみ。南部で19.4%、中央部では5.4%、西部では0.7%。

ロシア語を話す者の中でロシアとの合併を支持する者は31.8%。

ウクライナの一部が独立しても構わないとする者は僅か4.5%で、86.9%が反対。
(河東哲夫)

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コメント

投稿者: 山口寿男 | 2014年3月13日 15:43

トラブルメーカーロシアの横車という単純な理解を正す、さすが河東さんらしい分析、ありがとうございます。

投稿者: Johna55 | 2017年7月 9日 15:00

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