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世界はこう変わる

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2007年10月 2日

ロシア・情勢メモ 2007年9月


#10 不安定度を高めるコーカサス、グルジア情勢
★中近東とロシアの間、要するにカスピ海と黒海の間の狭い回廊の北には数千メートル級のコーカサス山脈がそびえたっている。
南にはグルジア、アルメニアの2つの共和国、東にはアゼルバイジャン共和国があり、それを除いてはロシア領なのだ。
ところがこのコーカサスの北半分は民族のるつぼで、谷間ごとに別の民族が住んでいるといわれる。住民のほとんどはイスラムで、中には急進派もおり、古来ロシアの支配に抵抗してきた人たちがいる。
★その中ではチェチェン共和国が最も有名だが、他にもいくつかの小さな共和国があり、そこの情勢が今、不安定化してきたのである。
ロシアは選挙前の微妙な時期にあるので、コーカサスの情勢を口実にして非常事態宣言をし、それによってプーチン大統領の任期の延長をはかる、というようなシナリオも、西側のマスコミでは推測されている。
★イングーシ共和国では、Zyazikov大統領の伯父で元FSBの将軍だったMurat Zyazikovが拉致されて以来、治安が悪化した。その息子が地元の公安当局の長で、やたら取締りを強化したためと言われる。
また8月に2,500名の連邦軍が来たことは、事態を益々悪くしたと言われる。軍が標的になった。連邦軍と地元の警察が争っている面もある。
★ダゲスタン共和国でも治安が悪化している。多民族国家で失業率も高い。
9月18日 FSBは反ロを煽っていたテロリストのRppani Khalilovを殺害した。
★ロシアは、山岳戦闘能力を増強中だ。


#9 ズプコフ首相についての追加情報(ロシアでの報道から)
★報道では、内政の智恵袋であるスルコフ大統領府副長官は8月当時、大統領後継者についてのプーチンの意中の人物はセルゲイ・イワノフ第一副首相だとばかり思っていた。プーチンもスルコフにそのようなことを言ったことがある。
★従ってズプコフを首相に任命することはスルコフも知らなかったし、大統領府長官(日本で言えば官房長官)ソビャニンも知らなかった。ズプコフが首相になったことは、プーチンが早期復帰の決心を固めたことを意味する。
★プーチン大統領は、三選を禁ずる憲法にも関わらず三選に出馬したルーズベルト大統領の資料を読みふけっている。テレビでは近く、ルーズベルトのドキュメンタリーも放映される。
そしてプーチン大統領は、よく傍についているロシア正教会の僧侶チーホン達によって、自分はロシアを救うために神によって遣わされた、石油高騰も神の思し召しだと思い込まされている。
★ズプコフ首相は20日の初閣議で、政府官房のドロズドフ局長に「同志」という呼びかけをした。
ソ連時代の呼びかけで、ロシアになってからは使われていなかった言葉。
そして、別の場で「ロシアの銀行が工業に融資しないのは許せない」と述べた。経済性を無視して、行政的な命令で企業を動かそうとする体質を暴露したもの。
★9月末ズプコフ首相はウラル地方のペンザに赴き、工場を視察した。その際出迎えの小さな女の子を抱き上げ、チョコレートをやるところをテレビに映させた。謹厳なソ連タイプで、このようなパフォーマンスを嫌うはずの彼があえてこの挙に出たのは、おそらく大統領選挙への出馬を「上から言われている」からではないか?
★他方プーチン大統領は9月27日、2014年のソチ冬季オリンピック組織・大統領評議会の議長におさまった。次長はズプコフ首相。48の省庁間委員会のようなもの。これで08年の大統領選挙後、プーチンはソチに居を定めてオリンピックの準備に専念するのだという観測も現れた(僕はそう思わない)。
ソチのすぐ近くはロシアとの関係が悪化する一方のグルジア共和国だ。オリンピックという国家的行事とのからみで、グルジア情勢の安定はロシアにとって非常に大きな意味を持ってくる。
オリンピックのためと称してロシアがグルジアに介入するようなことがあれば、米ロ関係も悪化の度を一層高めることだろう。

#8 ロシア経済に現れたカゲ
★8月の鉱工業生産の伸びが下がった。対7月では、季節要因を除くと0,5%の伸びで最近数年で最低だそうだ。実質利益の伸びが上半期で10,4%に下がったこと(昨年同期23,2%増)。インフレが前年比7,9%(食料品のため。食料品の生産者価格は12%上がった)に上がったことも懸念要因だ。
★サブプライムの「黒雲が水平線の上に現れた」状況。
ロシアのマスコミではだんだん不安感が囁かれ始めている。いくつかの銀行が支払いを滞らせている、とのうわさも市中に流れている由。
9月26日 コール資金(1日)の利子率は05年以来の10%になった由。中銀が560億ルーブルを注入したにもかかわらず、クレジット・クランチが生じてきた。
★ロシアの金融市場は1997年のアジアの金融市場と似たところがある。
ロシアの銀行はこれまで、欧州の資金を短期で借り、ロシアで長期で貸していたのだ。返済は借り換えでやっていたのだが、サブプライム問題で欧州での金利が上がったため、そのコストが上がってきた。
それは住宅融資にも響くだろう。住宅融資が縮小し不動産価格が下がり担保価値を下げると、焦げ付きの連鎖反応が起きる。


#7 検察から牙を抜いた「捜査委員会」設立は何のため?
★9月7日、以前から予告されていた通り、「捜査委員会」なるものが立ち上げられて、検察から人員と案件がごそっと移管された(ことになっている)。
検事総長はチャイカのままだが、検察は「捜査権限を奪われた」というから、ただの裁判所の飾りになったという意味なのか?
★12月は総選挙、来年3月は大統領選挙だが、ロシアの政治は西側をはるかに上回る規模で利権に関わっているので、不正、腐敗を捜査する権限を誰が持っているかは、政権、政治家にとって死活の問題なのだ。
★この「捜査委員会」の立ち上げ、その委員長にプーチンの学友が任命されたことは、何かの政治的意味を持っている。チャイカ検事総長がやっていたことが政権の誰かにとって都合の悪いことだった、しかしその誰かはチャイカ検事総長を更迭するだけの力はない、ということなのか? 実態はまだわからない。


#6 なんでズプコフ首相なのか?
★なんでズプコフという無名のベテランが突如首相に任命されたかについては諸説があるが、クレムリンのプロパガンダを請け負うパブロフスキーはメディアにこんなことを言っている。彼の言うことは、眉に唾をつけてから聞くことにしているが、今回は的を射ているかなと思う。
彼があげた理由は、
①大統領選を前に、内閣の中にも複数の大統領候補が出て、閣僚達がどちらにつくかで浮き足立ち、現政権をないがしろにし始めていた、
②こういうことでは大統領選挙の来年3月までろくな仕事ができなくなってしまうし、選挙後も混乱がしばらく続いてしまう(新大統領就任式は5月7日)、
③諸情勢が動いているロシアでそんなことをやっている暇はない、
④来年3月まで、そして3月直後もフルに機能する内閣が欲しかった、
⑤大統領候補の本命を選挙前に首相にすえて人気を高める、という手法は今回とらない、
⑥ズプコフを大統領にして直後にプーチンに禅譲させる、というような手法も取らない。そのような弱い大統領では、今の世界に伍していけない。
★ということで、新しい内閣には大統領選挙後も残せるような連中を大臣にしたいのだそうだ。
★これは同時に、新大統領の下でもプーチンが院政を敷こうと思うば敷けることを意味している。なぜなら、大臣の大半はプーチンに恩義を感じる者になるだろうから。
★僕の友人達は、プーチン大統領は何らかの形で権力の座に残ることを決意したようだ、と語り始めた。「ロシアを救うために天から遣わされた」という使命感を
★もっとも24日中に終わるはずだった組閣は遅れていて、25日の今日もまだニュースがない。

#5 新しい「捜査委員会」の発足
★9月7日、これまでの検察の権限と人員を大幅に取り上げて、「捜査委員会」なるモンスターが誕生した。長はアレクサンドル・バストルイキン(Bastrykin)と言って、これまで副検事総長、プーチン大統領の学友なのだそうだ。
★報道によれば、これで検察は刑事訴追ができなくなり(本当かね?)、1万8千人の捜査官、6万の捜査中の案件を「捜査委員会」に引き渡す羽目になった由。
★チャイカ検事総長がクレムリンに歯向かったという話があったかどうかは覚えていないが、このような大手術にはどうもきなくさいどろどろした背景がありそうだ。でもそれが何なのかはまだわからない。

#4 「シロビキ」から「委員会の面々」へ
★プーチン政権と言えば「シロビキ」、つまり元KGBとか軍とか力を司る連中が牛耳る政権ということになっているが、最近では「委員会」、つまり90年代前半プーチンが務めていたサンクト・ペテルブルク市政府対外経済「委員会」での元同僚が権力の座で目立ってきたことが注目をひいている。
当時の秘書が述懐しているが、「プーチンさんの隣室にはその右腕のセーチン(現在、大統領府副長官)さんがいて、メドベジェフ(現在、第一副首相。大統領候補の一人)さんは廊下のはしっこの部屋、ズプコフ(首相に任命されたばかり)さんはベテランでプーチンさんに役人界の決まりごとをよく教えていたものです。そう、ミラー(ガスプロム社長)さんも、チューロフ(わりと最近、選挙管理委員会委員長になったばかり)さんもいたわねえ」という感じだったそうだ。
★当時は経済危機の時代で、対外経済委員会は市民の食料確保の問題から経済改革まで同時並行で進めなければならなかったから、最高の人材が集められていたのだそうだ。

#3 「今のままが一番いい」 ロシアの世論
★9月初めPublic Opinion Studies Centerの世論調査によると (ロシアの世論調査は既に15年間くらい西側の手法で行われていて、いくつか会社もあり、僕はその結果を一応考慮の対象としています)、こんな結果が出ている。
★つまり国民の42%が「プーチン路線」(何でしょうね、これは?)の継続を望み(昨年は27%だった由)、51%がロシアの独立性とアイデンティティの強化(要するにアメリカの言いなりになるなということ)を、21%だけが西側への接近、世界経済との合体を望んでいる。
65%がより多くの社会保障を望み、小さな政府を望む者は15%のみ。
★石油価格が高いのだから無理もない。数年前、経済がまだ悪かった頃は、「自分のことは自分でやらざるを得ない」と健気に答えていたロシア人が確か過半数を占めていたのですが。

#2 ブログでは自由なロシア
★新任のズプコフ首相は最初の閣議で、どこかの省の局長を立たせて叱責したが(サハリンの地震復旧活動のための予算が一ヵ月たっても現地に届いていなかったため)、その時この局長にソ連時代の「同志ータバーリシ」と呼びかけた。91年8月のクーデター失敗をきっかけに、「同志」は共産主義時代の残滓としてきれいさっぱり世の中から消えていたのに、旧世代に属する真面目なズプコフはこれを復活させたのだ。
★では今のロシアは70年代のように規制と専制で息が詰まる(例えばリベラルの旗手と言われてきたウラジーミル・ルイシコフ議員は当局に追い詰められて、12月の総選挙では立候補もできなくなってしまった)感じかと言えば、さにあらず。特に大卒の青年達はリベラルそのものと思ったらいい(最近、ひところの「自分で自分の運命を切り開く」という気概が見られなくなったのは事実だが)。
★そしてそれは、ブログで遺憾なく発揮されている。ブログは今のところ自由だ。Live Journalではロシア人は世界で2番目の加入者数、110万人を誇るらしい。9月5日だけでも1,600人が加入し、50万のコメント(政治討論も活発らしい。まだ見てませんが)が貼り付けられたというから暇なんですね。
★でもソ連の時代、青年がどんどん西側的、リベラルで開放的になっていくことがどんな変化をもたらすか、ということが盛んに議論されたが、情けないことにまた同じことを議論する羽目になってきたようだ。


#1 グルジア・ロシア関係、そしてグルジア北辺ロシア領コーカサスのきな臭さ
★外から見ていると、グルジアとロシアの関係、そしてグルジア北辺ロシア領のコーカサス地方の情勢が緊張含みなことが気にかかる。
もしかすれば、アメリカかイスラエルがイラン攻撃を開始する時点と合わせてこの方面でも何かが起こり(国際世論の関心がイランに向いている間隙を狙うわけだ)、ロシアは非常事態宣言を敷いてプーチン大統領三選をはかろうとするかもしれない―ーーこんな妄想を抱く者が出ても不思議ではない。
★グルジアとロシアの関係は冷たくなったままなのだが、グルジアは更にNATO加盟の動きを続けている。
★グルジアの北隣、ロシアのイングーシ共和国(イスラム)では最近、ロシア系住民が何者かに殺される事件が続けて起きた。

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