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世界はこう変わる

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2012年3月 7日

プーチン大統領再び いつまで?

4日のロシア大統領選では予想通り、プーチン首相が63%強の得票率で勝利を収めた。今の時点で考えていることをいくつか書いておく。

(1)プーチンと言うと、「アメリカに敵対する人物」というイメージが定着してしまったが、彼は敵対まではしていない。NATOを拡大され、近隣にミサイルを配備する姿勢を示されたりしたので、切れただけである。彼が言っているのは、「ロシアを軽視するな。尊敬しろ」という一語に尽きる。

そんなこともあって、プーチン当選が明らかになった後のアメリカの論調も抑えられたものになっている。フィナンシャル・タイムズは、ロシアを仲間に入れる(エンゲージ)政策を続けるよう呼びかけてさえいる。

思うに、現在大統領選を前にした米国においては、イスラエルのイラン攻撃への参与の是非の方が、プーチンの扱いよりもはるかに大きなマグニチュードを持っているのだろう。イラン攻撃をめぐってイスラエルの信頼を繋ぎ止められるかどうかは、米国大統領選候補への資金の流れを大きく左右するからである。

(2)日本でもそうだが、世界のマスコミは、ロシア国民が権利意識にめざめ、自由の抑圧、腐敗等に対する反発を強めているかに書いている。

だが、僕が見ているロシア社会の大勢はそれとは少し違う。安い公営住宅を政府から供与してもらえる日を待ち望むロシア大衆、そして中産階級の半分を占めると言われる公務員・準公務員は、プーチンを批判しない。つまりロシアでは、政府に依存した大衆が、自由を求めるインテリの手足を縛って、お前たちだけいい目を見ようとするな、と言っている構図なのだ。

種々世論調査を平均すると、この3カ月の政府批判集会を支持する者は30%強に上るが、自分で参加する意向のある者は10%に過ぎず、実際に参加した者は全国で数十万人程度であろう。反対する者は30%強、そして残りは無関心、白けの層なのである。ロシア社会の大多数が当局に歯を剝くのは、ソ連末期のように生活が悪化して、支配階級による富の独占をもはや容認できなくなった時である。

そして今回集会に出ている「リベラルなインテリ」層も、年長世代はこれまでの数度にわたる失敗を知っているために、運動に命を懸ける気はない。この運動のリーダーになろうとする者は、現在に至るもいないのである。そして学生等の若い世代は、これまで経験したことのない警官隊による弾圧などを経験すれば(既に5日の集会では多数が拘束されている)、今後政府、国営企業に就職できなくなる(そのくらいしか良い就職先はない)ことを恐れて運動から離れていくだろう。

(3)従って、ロシア社会の基本的対立軸は、西側マスコミが言うような「プーチン+政府 vs. 国民」という単純なものではなく、むしろ「大衆の上に載った皇帝的存在のプーチン vs. 権利意識を強めた豊かな層」なのだろう。今回は共産党も反政府の側に回ったが、選挙後彼らはこれまでの「体制内野党」に戻り、その中で分け前を得る方針に戻るだろう。

(4)僕は大統領選の直前、ロシア及び第三国在住のロシア人オピニオン・リーダー5名ほどに、大統領選周辺の情勢予想をメールで聞いてみた。彼らの答えは、次に集約できる。
①プーチンは第1回投票で勝つだろう(特に地方当局に対しては、勝利を確実にするよう厳しい指令が出ている。チェチェンなどは以前から、ろくに票を数えもせず結果を提出してくる)。
②当選後、批判派に対する大々的な弾圧はないだろう。しかし個々の人物、組織を狙い撃ちしてくるだろう。その方が世論の反発を受けない。
③批判派を宥めるためにも、政治・経済両面での改革 を打ち出すだろう。しかしそれは既存利権には食い込まず、生ぬるいものに終わるだろう(一人の者は、これをロシアの終末とさえ言った)。
④批判派の運動は1カ月ほどは続くかもしれない。しかし尻すぼみになっていくだろう。経済情勢如何によっては、再燃することもあり得るが。

(5)ロシアのマスコミも書いているように、今後の注目点は「プーチン大統領がいつまでやるのか、やれるのか」ということである。当人そして側近はもちろん、任期いっぱい、あるいは次期もやりたいのだろう。だが今後の情勢の展開次第では、現在の権力を支える旧KGB、そして石油・ガス、国営企業の利権を差配する者達が、プーチンでは権力・利権をもはや守れない、と思い始めるかもしれない。
 この点について注目されるのは、次の諸点である。

 ①現在のプーチン批判は、その多くの部分が与党「統一」批判であるとみられる。ソ連時代の共産党に似て(しかし人材の質ははるかに落ちる)、官僚等社会の特権層を網羅しただけの「統一」は、その利権・腐敗体質によって国民の怒りを招いている。それが、12月の総選挙の際、表面化したのである。このため今回大統領選では、プーチンは「統一」の候補であるにもかかわらず、「統一」はあたかも存在しないかの如く静かにしていた。

「統一」はかつて、エリツィン時代の与党的存在であった「我らが家ロシア」に代わるものとして、政商ベレゾフスキーの資金援助も受けプーチン時代の与党として創造されたものである。その際、「我らが家ロシア」は雲散霧消した。
同じことが今度は、「統一」に起こるかもしれない。しかし任期途中に議会内の与党を組み替えるようなことをすれば、それは当然総選挙の前倒し、そして大統領選挙の前倒しへのモメンタムを生むだろう。現に「統一」が結成されたのは、議会選挙の半年前であった。

②今回モスクワでプーチンに次ぐ得票を得た実業家(実際は準国営企業の経営を委ねられている、ないし簒奪したに過ぎない)プロホロフは、大統領選中から「世界に例を見ないまったく新しいタイプの政党」を作るのだと豪語している。かつてプーチンに対抗して大統領職への野心を示したホドルコフスキーが文字通り「シベリア送り」になったのに比べると、プロホロフは未だ政府から敵視されていない。つまり、プーチンに代わり得るものとして泳がされているのかもしれない。

 但し彼が改革の旗手と言えるかというと、そうでもない。ロシア経済、特に製造業は、外資の大々的な流入なしには蘇生不可能とも言える。宇宙、兵器、原発、ITソフト、薬品等については望みがあるが、それだけでは不十分である。

そして民主化についてプロホロフは、「自分は世界に例を見ない政党を作るのだ。すべての政党の上に立ち、社会のあらゆる階層の代表を糾合した・・・云々」と言っており、これではソ連の翼賛体制への逆行である。確かに1917年ロシア革命の前、「ソヴィエト(ソヴェート)」が草の根レベルからの代議制を積み重ねたものとして盛り上がりを見せていた。しかしこのソヴィエト・システムの頂点に立つ最高会議はボリシェヴィキ革命政権によって閉鎖され、その後は共産党独裁の下での「ソ連最高会議」として、単なる翼賛組織に変えられてしまったのである。
複数候補制選挙というものは、ロシアの支配層にとっては耐え難いリスクとコストを伴うものになっており、翼賛体制への懐旧の念があるのだろう。

(6)日ロ関係、特に北方領土問題については、先般の外国人記者懇談でのプーチン発言が示すように、プーチンも一定のやる気は維持しているのかもしれない。9月にはウラジオストクでAPEC首脳会議が予定されており、日本との協力関係はロシアにとって重要である。
 だから、北方領土問題解決のための交渉を再活性化することが適当だろうが、拙速な動きは日本国内で批判の種となり、政局の道具とされかねない。
 そしてプーチンも、過度の譲歩をすれば保守派ばかりでなく、リベラルな層からも(彼らは90年代のように、脳天気ぎみに西側や日本になびくことはもはやしない)足を引っ張る材料とされかねない。日ロ両国の政情が安定して初めて、領土問題のような大きな問題を話し合えるのである。
 

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