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世界はこう変わる

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2020年1月 2日

日本でのMMT先駆者

最近、MMT(Modern Monetary Theory)が話題とされている。紙幣増発による景気刺激を是とし、インフレが起きたら抑制すればいいとする見解である。
僕もMMTそのものではないが、日本で個人金融資産が増加する分程度は国債を増発してマネーの死蔵を防ぐことが必要だろうと考え始めた。

しかし、MMT構想を既に2011年の昔から唱えていた日本の学者がいるので、ここで紹介しておく。2011年に「世界大不況と環境危機ー日本再生と百億人の未来」を出版した、金子晋右(しんすけ)佐賀大学経済学部教授である。彼はその後、「文明の衝突と地球環境問題」で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)を受賞しているが、2011年の著書でも、経済を環境との連関でとらえ、経済成長と環境汚染防止を同時に進める方策を提示する、壮大な考察を展開している。

当時、僕は比較文明学会の雑誌で「世界大不況と環境危機」の書評を担当したのだが、当時は金子教授の紙幣増発論に懐疑的だったし、彼の強い官僚批判に鼻白んで、少し批判的紹介をした。今、彼の所論に少し近づくにあたって、剽窃だと言われないために、「世界大不況と環境危機」の当時の書評から批判的な部分を除去したものを、ここに掲載しておくこととする。

第1章は、環境問題も包含しつつ18世紀以来の世界経済史から説き起こす。その視野は英国産業革命から日本の江戸時代に至るまで広い。ここでは気温の低下という環境の悪化が18世紀後半のフランス革命等、一連の変動を起こしたこと、税負担の軽い国では産業革命が起きやすかったことが示される。そしてこの書物のライトモチーフ、即ち現下のグローバルな経済危機を克服するのは官僚の自己抑制、税軽減と富の再配分、社会保障の整備による格差是正と需要の創出だ、との点が示される。

それを枕に、第2章「ハイパー・インフレの比較文明史的考察」では、紙幣を増刷して需要を創出するインフレ政策をとっても、日米のように政府への信頼度が高い国ではハイパー・インフレにはならないことを説明する。

第3章「グローバリズムとテロリズム」は2008年6月の秋葉原通り魔事件から説き起こし、その犯人を追いつめたものは格差であり、格差を放置した新自由主義経済政策であるとする。

第4章「ネオリベラリズムとアウシュヴィッツ化する日本」は第3章の続きであり、人材派遣、過当労働等による労働力収奪を糾弾、フルタイム労働者はすべて正規雇用にすること、自己留保を持つ企業には従業員の解雇を禁止すること、中流以下には減税、低所得層には各種の手当を充実させることを提言する。

第5章「2020年代の複合的環境危機とEMSの目標」では、2020年に石油をはじめ諸資源が枯渇する可能性が高いこと、これに対処するため、ISO(国際標準化機構)が定めた国際規格「ISO1400シリーズ」を励行し、EMS(環境マネジメントシステム・環境を良くするための工場や事業所内の体制・手続き等の仕組み)を普及させることを提言する。

第6章「脱・アメリカ文明モデルと新日本文明モデルの構築」では、郊外の一戸建てで車と電化製品で暮らすアメリカン・ウェイ・オブ・ライフこそが資源浪費の元凶なのだとして、世界規模でのライフ・スタイル改変を提言する。日本でも再生可能エネルギーの普及やオーランチオキトリウム(炭化水素を生産する微生物)を休耕田で栽培することから得られるバイオマス燃料でエネルギー消費を半分にし、自動車は保有台数を減らし、建物は耐用年数を百年に延ばすことによって資源を節約、内需は介護、医療、教育、育児支援などで創出することを提言する。

最終の第7章「日本再生と100億人の未来」では、脱・新自由主義の掛け声の下、環境、社会、経済3面にわたる危機克服のための具体策が示されている。第2章の紙幣増刷論を、「毎年数十兆円の政府紙幣発行」(197頁)として具体化させ、将来はこれを「エコ・ジャパン推進券」と称する金券に代えて低所得層に配分し、エコ商品のみを買わせることで、内需拡大とエコ推進の一石二鳥を狙う。そして依存を許さないよう、受益者にはボランティア活動を義務付ける。

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 この書物には賛成できるところもいくつかあるが、納得しかねる個所もある。例えば134頁では、2020年頃、グローバルな資源枯渇の可能性があることが打ち出され、それがこの本の下敷きにもなっているのだが、この1年でシェール・ガス、シェール・オイルの生産が本格化したため、当面はエネルギー不足よりむしろ過剰(値下がり)が問題になろうとしている。

 また43頁では、1992年ロシアのハイパー・インフレは国家分裂のためだとしているが、ソ連、ロシアに当時滞在した評者には、この書物の筆者も提唱している紙幣の増刷と弱者への配分政策(価格補助金等)の行き過ぎこそがハイパー・インフレの原因だと思えた。

 第3章から第4章にかけて筆者は、「米国流の新自由主義的経済政策」を非難しているが、評者として共感できるところもあるにせよ、現代の日本企業が円高に苦しみ、韓国その他の企業との競争に苦しんでいることは無視してただ負担を強いるようでは、企業は益々海外に流出してしまうと思う。

 109頁以下の「政府紙幣」大量発行、あるいは低所得層向けの金券配布は、もしかすれば機能するかもしれないと思わせる。だが日本では生活保護を受ける者は既に200万人を越え、支給総額は年間3兆円を越えている。そして政府紙幣を毎年数十兆円発行するとの筆者の提言は、既に実行されていると言ってよかろう。民主党政権になって年間44兆円にも増加した赤字国債発行は、まさに利付きの政府紙幣発行のようなものだからだ。

 201頁では、「自国通貨の発行権を保有し、そのうえ変動為替相場制の国、つまり、現在の日本やアメリカなどでは、財政破綻は、理論的にあり得ない」と言うが、本当に安心できるのだろうか。

 また110頁で筆者は、金券受益者にボランティア・ワークを義務付けるとしているが、それは現場監督者の負担をいたずらに増やすことになろう。

以上、この書物は視点が広いだけでなく、具体的な政策提言まで含む点で稀少価値を持っているが、結論を出すに性急なところもある。例えば筆者は200頁で、「省庁の少なくとも課長以上、少なくとも局長以上のポストは、政治任命とする。加えて、総理大臣が日銀総裁や日銀幹部を自由に罷免できるように、法改正するべきである」としているが、総理大臣の権限をそこまで強化することはネガティブな副作用を伴うだろう。

評者が7年在勤したロシアでは、紙幣の増刷が起こしたハイパー・インフレが人々の貯金を一夜で破壊、その後も計画経済が残したマイナスの遺産(まともな経営者の決定的な不足等)が自律的な成長を今でも阻害している。投資と分配、規制と自由の間には、適正なバランスが必要なのだと思う。 


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