Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2023年3月24日

リーマン危機再来か

 米欧の大銀行がいくつか破綻したことをきっかけに、2008年のリーマン危機に似た金融恐慌が起こる瀬戸際にある。

金融恐慌は、かなり心理的な現象だ。これは取引相手がゾンビ、つまり実は死んでいて支払い能力がない相手ではないか、と皆が皆を疑い出して、カネの流れが停止することから起きるからだ。

いや、大丈夫だ、と思って皆が取引を続けていれば、社会に不良資産が溜まっていようが金融、そして経済は回っていく。カネ余りの中での狂乱乱舞は続いていく―――。これが、この数年の図式で、危ない、危ないと言われながら、米国の株価は2009年以来、約5倍に伸びてきた。そして今、皆が皆を疑い始めた。そうなると、ネズミ講は派手につぶれる。

で、今回、パニックは起きるかどうか。起きた場合、何がどうなるのか? それは米国の覇権、そしてドル支配の終焉を意味するのか? 2008年以後、世界で起きたことを振り返りながら、近未来を考えてみる。

(米国の場合)
2008年9月のリーマン危機では、米国は公的資金を注入して大型金融機関、そして一部大企業を救済。金融機関、企業は政府にあれこれ介入されるのを避けるために、可及的速やかに公的資金を返済した。因みにロシアなど、政府への依存意識が強い国では、公的資金を返済せずに国有化されて「安堵した」企業家も多数いる。

 米国政府、連銀は財政支出拡大、金融大緩和で景気を刺激し、2010年にはプラス成長を回復した(但し、成長分の多くは富裕層に流れてしまったから、格差は増大して、2016年の大統領選挙でトランプの当選を助けてしまう)。そして米国議会は、大銀行が投機性の強い債券に投資したことがリーマン危機を招いたことを反省し、銀行がその預金を投機性の強いものに投資することを禁止した。

 リーマン危機では米国の銀行がマヒしたため、世界での貿易・投資決済に目詰まりが生じた。これらの取引の多くはドルを使って行われているためである。世界中でドルが不足したから、恐慌に陥った米国の通貨、ドルの実効為替レートが急騰するという奇妙なことが起きた。

そこで米連銀はドルを大量に発行して(と言っても帳簿上のことだ)主要国中銀に「配布」し、危機をしのぐ。通貨を大量に発行したと言っても、諸方で貼り付いて使えなくなっているドルに代わって通常の経済取引を維持するためのもので、じきに米連銀に返済されたから、インフレ要因にはならない。

 因みにドルは2009年からは実効為替レートを下げるが、2013年4月の日本の「異次元緩和」を境に上昇を始めて現在に至る。この間日本はドルに反比例して2009年あたりから円高、2013年から円安の時代を経ることになる。

 今、米国が抱える基本的なジレンマは、金融危機から脱出するために金融緩和をすると、もう止められないということだ。金融緩和がインフレを呼ぶと、これを抑えるために利上げするのだが、すると債券、株価の下落を招いて、パニックを起こすからだ。

これはEUでも日本でも起きている現象で、成長を選べば金融バブルとその崩壊が起きやすくなる。一方安定を選ぶと、それはデフレ、縮小均衡につながる。要は、この二つの危険の間でうまくバランスを取りながら綱渡りをしていくことだ。基本は拡大均衡に置く。その上で起きる金融破綻や格差は、公的資金の注入で緩和する。但し、過度の投機をして破綻を起こした者は罰する。この方が、やたら手綱をしぼるより社会の活力を維持できるだろう。

(中国の場合)
 中国は2008年まで、貿易黒字と外国からの直接投資に依存した経済成長をはかっていた。リーマン危機でこの双方が消えることを見越した中国政府は、合計60兆円(当時の中国のGDPは約480兆円)の内需拡大措置(一部は予算、一部は国立銀行の融資)を打ち出した。

カネの多くは国有地・公有地の再開発、インフラ建設に向かう。これによって中国は当時、「リーマン危機を乗り切った唯一の大国」だと囃され、2010年にはGDPで日本を抜いて押しも押されもせぬ経済大国にのし上がったのだが、その経済の構造は歪んでいて、民間消費の規模は今でも米国の約45%に過ぎないから、だぶついた資金は不動産に流れてバブル、そしてバブルの崩壊と地方財政・不動産大手の破綻を招いている。

 中国はこうして、今でも2008年の大盤振る舞いの後始末をやっているところで、ここにリーマン2,0が襲ってきたら、打つ手はあるまい。財政赤字(地方財政含めて)は2023年、約74兆円相当と空前の規模になることが想定されている。これはGDPの3%に相当する。

 米国がつまずくと、中国、ロシアは「米国一極支配の終わり。多極化時代の到来」だと叫ぶが、米国経済がつまずくと、中国(ドル箱の対米輸出が縮小する)、ロシア(原油価格が暴落する)の経済は本格的にコケるのである。「多極化時代」どころではない

(ロシアの場合)
 2008年リーマン危機の直前8月、NATO加盟をかざしてロシアに反抗したジョージアにロシア軍が侵入し、領土の一部を分離独立させた。これは、当時のサカシヴィリ大統領が米国政権が止めるのを聞かず、ロシアに対して跳ね上がった行動をしたために起きたことなので、米国はロシアを殆ど制裁しなかった。

しかしその1カ月後のリーマン危機で、世界の原油価格は暴落し、ロシアは2009年のGDPが6%も急落する仕打ちにあう(日本は輸出を一時失って、GDPが6,3%減少したが)。ロシアの銀行、企業を救済するために、ロシア政府も公的資金を注入した。筆者は当時、「市場経済に移行して間もないのに、よく西側流の救済策をマスターしたものだ。素晴らしい」と思いながらも、一抹の違和感を拭えなかった。そしてその違和感は正しかった。

「公的資金の注入」は、ソ連の時代には当たり前と言うか、それが社会主義経済の常態だったので、注入のノウハウはもちろんあったのだ。そして西側では、前記のように民間企業は公的資金は一刻も早く返済しようとする。そうしないと、企業への評価を落とすし、役人にあれこれ口を出されるからだ。ロシアで、そのように考える企業、銀行は少なかった。むしろ公的資金に安住し、返済もせず、準公務員として居座り続けた社長、頭取が普通だったのである。

ロシア経済の中で国営企業が占める比率はソ連崩壊とその後の民営化で減少していたが、リーマン危機をきっかけに再び増加して現在に至る。IMFは2019年、ロシアのGDPの33%は国営企業が生産していると計算したが、諸方の機関はこれより更に高い数字を提示している。

2010年に国際油価が回復・上昇するとロシア経済にはボーナスとなり(2009年には1バレル62ドルに落ちたブレント原油価格は、2012年には112ドルとほぼ2倍になった)、プーチンはその金で国防支出を急増、兵器の近代化をはかった(と彼は思った)。国防費は2013年から2016年のピークに向けて、72,7%伸びている。

だから筆者は、今回のウクライナ侵攻で、兵器近代化の成果が余すところなく示されるだろうと思ったのだが、結果は逆だった。ウクライナ戦争は、ロシアの国防支出増加が(新型ミサイルを除いては)浪費に終わっていることを余すところなく示したのである。

近代化の後れの最たるものは通信である。米軍は21世紀に入ってNetwork-Centric Warfare(NCW)と称して、前線での仲間内の通信、前線と本部(時には米国本土の司令部がリアル・タイムでアフガニスタンのドローンに攻撃指令)の通信が整備されて、機動力、展開力を世界で並びないものとしている。

ロシア軍は今回ウクライナ戦争で、モスクワと前線の間、前線にいる友軍間の通信能力を欠いた。「どこで誰が何をやっているかわからない」という声が、ロシア軍の間から漏れてきた。しかも、この通信を支えるべき通信・偵察衛星網GLONASSは、半導体が入手できないこともあって更新が遅れ、衛星の多くが老朽化している。

こうなったことの背景には、ロシア軍も今回のような古典的な陸戦があるものとは思わず、予算が新型ミサイル開発に重点配分されるのを見過ごしたことがあるのではないかと思う。予算の一部が横領されていた可能性もあるだろう。

更に、今のロシア軍上層部は、1990年代の大混乱の時期、軍人としての教育を受けた者たちである。当時は軍への予算は大幅に削減され、教官や若手将校が「ビジネス」に転向していった時代だし、米国を初めとする海外での軍事動向はフォローできていなかったに違いない。

筆者は、ロシアの戦力の柱である戦車が、今回のウクライナ戦争で1000両近くも、西側のJavelinなどの携帯ミサイルで破壊されるのを見て、快哉を叫びつつも傷ましく思った。2000名近くの戦車兵が、それらの戦車の中で無残な死を遂げているからだ。

そして今ロシアは、ミサイルや砲弾すら使い尽くした感があり、戦闘は下火になっている。

そこでリーマン2,0に話を戻す。米国経済が金融危機でつまずくと、ロシアは囃し立てることだろう。「ロシアを制裁したから、油価の上昇とインフレを招き、それで経済が倒れたのだ。ざまあみろ。これからは米一極支配ではなく、中ロ(日本や他の国のことは考えてくれていない)も核となる多極化時代なのだ」と。

しかし2008年9月のリーマン危機の時と同様、そんなことを言っていられるのはせいぜい15日間。金融危機が襲えば、世界の原油・ガス価格は再び暴落して、ロシアは塗炭の苦しみをなめることになるだろう。

(日本の場合)

 肝心の日本はどうか? 2008年9月のリーマン危機では、「日本の銀行は大丈夫。米銀のように投機に手を出していないから」という安心感が当初支配していたが、日本製品への海外からの注文が激減したことで、危機は日本にも及ぶ。日本のGDPは2009年6,3%も下落している。

 米欧は、リーマン危機を大規模な財政支出、金融緩和で乗り切った。日本は当初それをしなかったから、米欧との金利差が開き、円高傾向を示現した。さらに2011年3月東日本大震災で、企業は海外の持ち金を万一の際の予備資金として本社に引き戻した。これで大量のドルが円に換えられて円高に拍車をかけ、それに伴うデフレ傾向がさらに激しくなる。国民は、商品の値上げに強い反発を示すようになった。

これを、米欧から一周も二周も遅れた「異次元緩和」とかで叩き壊したのがアベノミクスである。金利は一時、マイナスの領域にまで落とされ、過度の円安が進行した。

アベノミクス、そして黒田日銀前総裁の異次元緩和については批判もあるが、過度の円高とデフレを是正した点では成果を上げている。と言うか、岸田政権になってから、物価はやっと上昇傾向を示し始める。そしてこれをウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰が増幅し、日本は一挙に4%を超える(本年1月)インフレ時代に突入した。今年の春闘で、大企業は軒並み、大幅なベースアップに踏み切っている。

(当面の見通し)
これを書いている21日の前日、20日、世界の金融市場は落ち着きを取り戻した。破綻したスイスのCredit Suisseが同じくスイスの大銀行USBに吸収されて、預金は保護されたからだ。

当面の見通しは大きく言って、二つに分かれる。一つは、またどこかの大銀行がつぶれることで(アジアで起きる可能性がわりと高い。米国の債券にずいぶん投資しているので)リーマン2,0が起きてしまうこと。その場合、米国ではFRBがこの1年続けてきた利上げを緩和、あるいは停止する。金融緩和の再開すらあるだろう。これはインフレを亢進させ、ドルの価値を一層下げることになる。と言っても、後出のようにユーロ等も価値を下げるから、金=ゴールドの一人勝ちという状況になる。

 こうなると、世界の序列は変わるだろうか? 第2次世界大戦で、経済・通貨面での覇権が英国から米国に移った時のような。あるいは17世紀の末、オランダ資本が英国に乗り移って、英国の覇権確立を助長した時のような。

 おそらくなるまい。というのは、米国で常に生み出されている巨額のカネは、米国以外に投資できる対象がないからだ。16~17世紀、ヴェネツィア、ジェノヴァなど地中海諸都市の資本はアントワープ、アムステルダムに向かって、17世紀のオランダ覇権時代を現出、17世紀の末、オランダの資本は英国へ、そして19世紀の末、英国や西欧諸国の資本は米国へ流れて、それぞれの覇権国化を助長した。今回、米国のカネが向かえる新たな投資先は見当たらない。中国、インドは、昔のオランダ、英国、米国のような自律的な成長力を欠くから、米国にとって代わることはできない

 だから、戦後のドル体制はこれからも続く。中銀が紙幣を垂れ流し、財務省、そして大銀行がこれを社会に流すという、人工的な経済刺激レジームがこれからも続くのだ。

恒常的なインフレ状態が続き、経済は嵩上げされていく。そして十年に一度程度、金融部門でのバランスが失われて金融危機が襲うが、そのたびに公的資金が注入され、金融緩和・財政緩和が行われて、経済は更に嵩上げされていく。通貨の価値はどんどん低下していくが、ドルも円もユーロも仲良く低下していくから、それぞれの経済に響きはしない
 
今回リーマン2,0が起きるにせよ、起きないにせよ、このなんちゃって成長は続くのだ。だから課題は、そうした中でも生活水準を向上させ、格差を緩和していくことにある。成長と分配のバランスをどちらかに過度に傾けないことで、それは実現できると思う。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/4247