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世界はこう変わる

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2016年11月21日

世界のメルトダウン その24 理念の時代から情念の時代へ 謝罪 と法

(13年前、「意味が解体する世界へ」という本を草思社から出版した。
米国のイラク攻撃が、「自由」とか「民主主義」というスローガンへの幻滅をかきたてると同時に、米欧諸国の足元でも移民により多民族国家化が進行し、近代の「自由民主主義」が危殆に瀕している様を随筆風に書いたものだ。僕が自分の書いた中でいちばん好きな本。
そして今、13年前に書いたこのことが、世界のメルトダウンを起こしている。
それについて共著本の出版を策していたのが頓挫したので、ここに自分の書いた分を発表していくことにする。これはその第23 回)

「謝罪」と法

この「謝罪」というのは、近代国際法にない概念である。近代国際法は多分、ローマ法の伝統を継ぎ、感情的、道徳的なものは法の埒外の問題とし、法が裁くのは個人、法人、国家の権利の侵害の有無、程度、そしてそれに対する賠償、あるいは刑罰の問題に限っている。西側では、謝罪をした者は法的な責任をも認めたものと見なされて、直ちに賠償を請求される。

ところが東アジアでは個人の権利、所有権より、正義・不正義の価値観に基づいて、個人、あるいは他国家を断罪、公衆の面前で謝罪させた上で、末代にわたって序列を下げ、周囲に頭を下げなければいけない存在、つまり国際的村八分にする、という意識が強く残っている。ここでは、一回だけの賠償、刑事罰だけでは、ものごとはすまないのである。中国、韓国は経済力をつけて国際的発言力を高めた今、このような伝統的な法観念に基づいて日本を自分より道徳的な低位に位置づけ、自らの地位を上げようとしているのである。

確かに、近代国家の政府も感情的に行動する時はある。例えば第二次世界大戦後、米国がドイツ、日本に対して行った戦争犯罪の裁判は、近代国際法の基準からははみ出した、感情的な報復の要素を強く持っていた。米国は、戦争の前には存在しなかった「平和に対する罪」、「人道に対する罪」という概念を持ち出して、極東軍事裁判を正当化、7名をA級戦犯と断罪して死刑にしたのである 。

法よりも情念に基づく外交は、人間が人間である以上、どの国家でも、どの時代にも避けがたいものである。しかしそれを続ける限り、不必要な紛争が絶え間なく起ることになる。中国も韓国も米国も日本も、あくまで近代国際法に準拠していくことが望ましいのである。

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