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世界はこう変わる

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2016年11月11日

世界のメルトダウン その22  理念の時代から情念の時代へ 新しい理念グローバリゼーションをめぐる迷妄

(13年前、「意味が解体する世界へ」という本を草思社から出版した。
米国のイラク攻撃が、「自由」とか「民主主義」というスローガンへの幻滅をかきたてると同時に、米欧諸国の足元でも移民により多民族国家化が進行し、近代の「自由民主主義」が危殆に瀕している様を随筆風に書いたものだ。僕が自分の書いた中でいちばん好きな本。
そして今、13年前に書いたこのことが、世界のメルトダウンを起こしている。
それについて共著本の出版を策していたのが頓挫したので、ここに自分の書いた分を発表していくことにする。これはその第22 回)

 
 冷戦が終わって数年たつと、「グローバリゼーション」という言葉がよく聞かれるようになった。欧州においては、冷戦後の資本主義一人勝ちが社会の格差や青年の失業をもたらしているという意味で、「グローバリゼーション」が批判されている。この場合の「グローバリゼーション」は、「経済・文化における米国支配」に近い意味を持ち、欧州に根深いアメリカ嫌いの風潮も反映している。一方、それまでは鎖国状態にあった旧社会主義諸国、そして専制的な支配体制を持つ途上諸国では、自由貿易、あるいは言論の自由を掲げて流入してくる西側製品、そして社会の上下の秩序にこだわらない西側の民主主義に恐怖感を抱いた。国内の産業が成り立たなくなるうえに、それまでは強権統治の上にあぐらをかいてきた――強権の度合いは各国で濃淡の差がある――支配層の権威が崩壊するからである。そこでこれらの諸国は、そうしたものを「グローバリゼーション」と呼んで排撃している。欧州諸国で批判されている「グローバリゼーション」と、その中身は少し違うのである。

 これら諸国の既得権益層は、自分たちの特権を守りたい一心で、理念の衣をかぶって自分たちの主張を正当化しようとする。ロシアでは、「国家主権は絶対で不可侵」という理念を前面に立て、途上国では「伝統」、「美風」、「西側社会の堕落」を前面に立てて、「グローバリゼーション」を批判する。グローバルな世界経済を利用して経済大国となり、他方では伝統もかなり守って来た日本人にしてみると、グローバリゼーションをめぐるイデオロギー的議論は無意味なものに思えるのだが、この「グローバリゼーション」という言葉も、現代の国際政治を論ずるためには、その意味をしっかり把握しておく必要がある。

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