Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2016年10月15日

世界のメルトダウン その16 国際紛争の新たなactor達4

義勇兵、傭兵、私兵、軍の「民営化」

 「軍」と言うと、すぐ「国」軍とか兵「役」とかの言葉が頭に浮かんでくる。要するに近代の常識では、軍は国家に属するもので、個人、私人、法人が軍を持つのは違法なのである。ところが世界史をひっくり返してみると、それはむしろ異例のこと。近世西欧の絶対主義王国で武力が国王に集約され、常備軍となって以来、近々三百余年の現象でしかない。それまでの欧州ではカネのある者、力のある者が抱える用心棒、傭兵、私兵が戦争の主役で、例えば十七世紀の三十年戦争で神聖ローマ帝国の大元帥として名を上げたアルブレヒト・フォン・ワレンシュタインは、もともとは傭兵隊長である。現代においても、アフリカの紛争などでは、傭兵の存在がよく報じられるし、二〇一一年のリビア内戦でもそうだった。

二〇一四年ウクライナでは、ロシアとEUのどちらにつくか、専制制と民主主義のどちらを選ぶかをめぐって、内戦状態となったが、ここでもまた傭兵、私兵、義勇兵の類が入り乱れた。ウクライナの内戦は、民主主義という理念をめぐる戦いと思われているが、戦争はそのようなきれいごとではすまない。紛争に加わる者達を動かしているのは、利権や地位の奪い合いなのであり、彼らは傭兵でも義勇兵でも何でも利用する。

ウクライナ政府とロシアの間の、東ウクライナをめぐる綱引きで特徴的なのは、これが国民国家同士の戦争ではないことである。宣戦布告は行われておらず、人間の往来や貿易も減少はしたものの禁じられてはいない。クリミアの併合は国際紛争だが、東ウクライナ問題は国際法的にはウクライナの内戦である。内戦ならウクライナ政府がさっさと片を付ければいいようなものだが、ウクライナ情勢における基本的な問題は、ウクライナが独立したのは一九九一年で、国家としてまだ形成途上、形も力も弱いことにある。

ウクライナの経済は数名の財閥に牛耳られ、政治も実質的に彼らの間で決められる。従ってウクライナの政治は、没理念的で腐敗を極めるのである。しかも二〇一四年、情勢が先鋭化した時のウクライナ国軍は無きに等しく、兵力は一万名程度、国家意識がまだ十分でないため、忠誠心も薄い。徴兵をしても出頭率は低く、前線に送り出しても、武器を放り出して(それは東ウクライナの親ロシア勢力が鹵獲して活用する)、故郷に逃げ帰って雲隠れする。

国軍がこの有様なのに東ウクライナを親ロシア勢力が席巻しなかったのには、理由がある。一つにはここの住民はロシア語をしゃべると言っても、ロシアに併合されることまでは望んでいないこと、もう一つはプーチンが東ウクライナを財政的に丸抱えする負担の重さに腰を引いたこと、そしてもう一つにおそらく西側が放った、あるいはウクライナ政府側が雇った「傭兵」が親ロシア勢力に反撃していることがある。ロシアだけでなく、他の国のメディアも、この傭兵のことを報じている。

傭兵派遣会社というものは欧州などに一貫して存在し、アフリカでの紛争などには荒稼ぎ目当ての者たちを派遣してきたものだが、米国ではイラク戦争の時から急増した米国防費を狙って、軍や諜報機関の要員が早期退職、「戦争のアウト・ソーシング」を高値で請け負うことを始めた。つまり、政府の注文を受けて傭兵を派遣したり、兵站その他の事務、作業を請け負ったりする例が急増したのである。このようなアウト・ソーシング企業としては、ブラックウォーターなどが知られているが、彼らは名称を数年ごとに変更していくので、現在は別の名前になっている。

国家の権力が弱いウクライナでは、警備員を武装させた程度の「私兵」もまた、政治のActorとなっている。たとえば東ウクライナはウクライナ最大の財閥アフメトフの牙城なのだが、彼の事業(製鉄、石炭など)は内戦中もほぼ安泰で、これまで通りウクライナ本土、ロシアの双方と取引を続けている。彼が親ロシア勢力に事業を没収されなかったのは、後者にしてみれば慣れない企業経営に手を染めて失敗するより、一定の税を払ってもらう方がよほどいいからだろう。一方アフメトフも、数千名とも推測される私兵に守られていなかったら、ここまで利権を保持していることはできなかっただろう。

東ウクライナに跋扈する親ロシア勢力の構成は複雑である。満州事変の時の日本と同じで、ロシアそのものは軍を送り込んでいない建前になっているから、複雑かつ微妙になる。まず当初この地域で指揮を執ったのはストレリコフ(実名はイーゴリ・ギルキン)という名の「個人」であった。彼は当時ロシアが西側に押しまくられる一方だったことに義憤を感じて、クリミアや東ウクライナで活動したとされている。しかし、彼がロシア軍の諜報機関GRUの将校であることは、ロシアのマスコミも大々的に報 じている。東ウクライナでの彼の同輩にもGRU将校が数名いると指摘されていた。

東ウクライナの親ロシア勢力の兵力の大部分は地元の青年であると言われるが、ロシアからも「義勇兵」が参加している。ロシア軍の将兵が「休暇」を取った上で(または半分強制的に休暇を「取らされる」例もあると報道されている)、個人として東ウクライナに来ているのである。その数は数百人とも推定されている。義勇兵とは、国家として介入するのが適当でない場合に送り込まれるものだが――軍隊はでなく「ボランティア」の資格で――これが戦争犯罪を冒したような場合、正当な裁判を行うことは非常に難しいだろう。

話しをさらに複雑にするのは、ロシアの中で自立の気概の強いイスラム系チェチェン共和国から、義勇兵や傭兵がウクライナ政府側、東ウクライナの親ロシア勢力側の双方に出ていることである。これはプーチン大統領の意向を受けてと言うより、チェチェンのカディロフ首長の意向でこうなっている。カディロフ首長はロシアのイスラム勢力の代表気取りで、プーチンの庇護をいいことに、今やロシア(特にイスラム人口の)の代表権を持っているかのように振る舞うことがある。

ところがチェチェン共和国も一枚岩ではなく、内部に反カディロフ、反ロシア勢力を抱えていて、彼らもウクライナにやってきている。反カディロフ勢力の多くはウクライナ政府について、東ウクライナの親ロシア勢力(ここにもチェチェンからの義勇兵・傭兵がいる)と戦っている。こうなってくると諸勢力が入り乱れ、何が何だかわからなくなってくるのだが、東ウクライナの親ロシア勢力の司令官たちは互いに仲が悪く、中には殺し合いをしている者もいるという報道を読むと、本当に魑魅魍魎の世界になる。要するに、紛争においては美しい理念よりも倨傲、物欲、名誉欲といった人間の情念がぶつかり合って渦を巻くので、ここに法が分け入っていくことはなかなかできないのである。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/3279