Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2021年1月 4日

旧ソ連諸国 旬報第5号

(旧ソ連圏には計13年間勤務したが、今でもロシア語、英語のニュース、論評を毎日読んで、自分でデータバンクを作っている。それをベースに四半期ごとに若手の専門家の参加を得て勉強会を開いている。その際の議論を旬報として公開することにした。あと何年できるかわからないが、お役に立てば幸い。
旬報はこの号から、ロシアと旧ソ連諸国の二本立てとし、期間の記事データバンクはブログのメモリーを浪費するので、掲載しないことにした。必要な方は、河東に直接ご連絡ください)

第4号の目次は次のようなものであった。
1.概論
1)相続く不穏な情勢
ベラルーシ、ナゴルノ・カラバフについて。
2)不穏化の背景
3)西側の無関心
4)「攻めてこない」ロシア
2.ウクライナ
1)東ウクライナ問題収拾はコロナ、米大統領選で一時休止
2)ウクライナ上空を通って黒海に「出撃」する米軍戦略爆撃機
3.ベラルーシ
4・キルギス
5・ナゴルノ・カラバフ

今号では、以下を付け加えることにしたい。

1.ナゴルノ・カラバフ戦争をめぐって
1)電光石火の早業でロシアがくさび

ナゴルノ・カラバフは高地の上にあるのだが、東京都の2倍以上の大きさを持つ。今回アゼルバイジャン軍はこの高地を取り囲む地域からアルメニア軍を駆逐、ナゴルノ・カラバフ高地に攻めあがって「首都」ステパナケルトを見下ろす高地のリゾート都市シューシャを占拠したところで、プーチンに停戦を「斡旋」されたのである。その停戦交渉は11月9日の深夜から朝にかけて、アリーエフ・アゼルバイジャン大統領、パシニャン・アルメニア首相とプーチンの間で、ズーム方式で行われた。アゼルバイジャン側が継戦能力を欠いていたのかどうかは知らないが、おそらくプーチンはこのシューシャ占拠で水入りにすることを以前から考えていたのだろう。

停戦合意(ナゴルノ・カラバフの法的地位については何の言及もなく、紛争要因は除去されていないし、アリーエフ・アゼルバイジャン大統領も完全勝利を収めたとは言えないのである)ができるや、シューシャでの前線や、ステパナケルトとアルメニア本土を結ぶラチン回廊を守るための「平和維持軍」(最終的に1960名を予定。ロシアの平和維持軍は平和維持を目的に特別に編成されている軍であるが、何度も実戦を経験しており、装備も本格的な精強な軍隊である)が、ロシア中央部の基地を飛び立って10日朝には配置についている。

これによりロシアは、ナゴルノ・カラバフ問題の生殺与奪を握る立場を得た。つまりアゼルバイジャンもアルメニアも、ロシアの了解・支援なしにはナゴルノ・カラバフ問題で動くことはできなくなったのである。一般にはトルコがアゼルバイジャンを支援して、ナゴルノ・カラバフにも地歩を得たかに報道されているが、ロシアはトルコの進出を極力抑えている。

一方、アゼルバイジャンは、アルメニア領内にあるアゼルバイジャン人集住の飛び地であるナヒチェヴァン自治共和国への通行権も得た。これはアゼルバイジャン軍がナゴルノ・カラバフの南方、イランとの間の狭い地帯からアルメニア軍を駆逐したことで可能となった。ここからアルメニア領に入ってナヒチェヴァンに至る短距離の、Megri回廊通行権を獲得したのである。ただし、回廊通過においては、アルメニアに以前から駐留しているロシア国境警備隊の許可と監視に服さねばならない。

ナヒチェヴァンは地図を見ればわかるように、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャン、イランの間の交通を可能とする戦略的要衝である。当面はトルコとアゼルバイジャンの間の直行が可能になることが注目されている。ただそのためには、道路や鉄道の修復、建設が必要となる。

2)アゼルバイジャンをめぐるイランとイスラエルのねじれ構造
ナゴルノ・カラバフ戦争をめぐっては、イランが置かれた面白い立場も浮き彫りになった。基本は、イランにはアゼルバイジャン系の人間が多数おり、人口の4分の1を占めていることにある。アゼルバイジャン本土のアゼルバイジャン人はもとはシーア派だが、ソ連時代に随分世俗化している違いはあるのだが、両者は民族的親近感・一体感を今でも維持していて、イランにとっては潜在的な安全保障上の脅威でもある。第2次大戦末期には、ソ連軍がイラン北西部に進入してアゼルバイジャン系の独立をそそのかしたこともある。またアゼルバイジャンが近年、スンニ派のトルコのみならず、イランの仇敵のイスラエルと軍事協力を進め(今回ナゴルノ・カラバフ戦争でもイスラエル製ドローンが活躍している)ていることも、イランにとっては薄気味の悪いところであった。

一方、イスラエルは近年、アゼルバイジャンとの関係構築に余念がない。アゼルバイジャンは、エルサレムをイスラエルの首都と認めず、大使館も開いていないのに、イスラエルはバクーに大使館を開設しているのである。おそらくアゼルバイジャンを通じて、イラン国内のアゼルバイジャン系国民を操ることを考えているのだろう。
他方、アルメニアは親米のパシニャンが首相として権力を握って以来、それまで進めていたイランとの関係(アルメニアはイランに電力を輸出していたし、鉄道敷設も計画していた)も止まっていた。今回、米国、フランス等西側諸国とアゼルバイジャンの関係が後退したことで、イランはアゼルバイジャンとの関係強化に乗り出してくる可能性がある。

3)アゼルバイジャン制裁へ?
今後アルメニア内部で復讐機運が盛り上がり、米欧に点在するアルメニア人(有力な者が多い)の支援も得て戦闘が再燃すると、ロシアは難しい立場に置かれる。アルメニアはロシア版NATOであるところの集団安全保障条約機構の加盟国なので、アルメニア本土が外部からの脅威にさらされたときは、ロシアは守らなければならないからである。そうなると、トルコとも事を構えることになりかねない。

他方アゼルバイジャンは、この停戦合意で安心できるわけでもない。今回ロシアによって、停戦の局外に置かれた米国、フランス等は、国内のアルメニア人の突き上げも受けて、アゼルバイジャンを制裁する動きに出てくるかもしれないからである。特に、アゼルバイジャンの対欧州天然ガス輸出は、制裁の対象となる可能性がある。またバクーからトルコの地中海岸に向けて走る天然ガス・パイプラインは、アルメニアとの国境の至近距離を通っており、有事には脆弱なものである。

2.モルドヴァでの大統領選
1)「Sandu新大統領は親西側・反ロ」ではない

11月15日大統領選決選投票の結果、Sandu女史がドドン現職大統領を破った。勝因は、海外のモルドヴァ有権者海外票26,2万票のうち24,2万の票を獲得したことにある。全体の票差は25,2万だったのである。これもあり、西側のマスコミは、「親西側で反ロのSanduが親ロのドドンに勝った」かのように書いているが、選挙の争点は西側とロシアの間の選択ではなかった。どの候補が、どの政党が一番頼りになりそうか、が争点であった。

ドドンは資金を求めて右顧左眄してきただけであり、ロシアに約束したEUとの連合協定の破棄も実行せず、ロシアの信頼を失っていた。他方、Sanduは親西側でも反ロでもないことを公言、ロシアもSanduが2019年後半数か月の首相時代、経済を担当して、ロシアとの関係を現実的に進め、訪ロも計画していたのを覚えていたのだろう。選挙翌日の16日午後には、プーチンが他国に先駆けてSanduへの祝意を表明している。

2)Sanduの権力確立はこれから
Sanduの力は目下、限られている。大統領の権限は形式的なもので、実権は首相が握るところである。Sanduは実は2019年6月以来、11月まで首相の地位にあったのだが、連立相手のドドン大統領(当時)に裏切られて、議会で不信任をくらい、辞任していたのである。

彼女の後首相になっていたチクとその内閣は12月23日総辞職しているが、Sanduの「行動と団結」党は101議席中、15議席しか持たず、議会は以前のように、ドドン前大統領の社会党が第一党であり続けている。議会の任期は2023年まであるが、これまでもあったように、超法規的な合意で議会が解散され、2021年に早期選挙が実現するという見方もある。
すったもんだの末、仮にSanduが総選挙で勝利を収めても、西側の大きな支援は得られないだろうし、ロシアとの関係を断絶することもないだろう。モルドヴァはルーマニアと民族的に近く、統合を求める声は双方にあるが大きいものではない。

3)「沿ドニエストル共和国」は反Sanduで立ち上がる?
モルドヴァについては、北東部ウクライナとの国境に沿って存在する沿ドニエストル共和国(モルドヴァは自国の一部としている)の扱いが問題とされる。ここはロシア人が集住する地域で、ソ連崩壊時に軍事力を行使してモルドヴァから自立した地位を獲得、今日にいたっているからである。Sanduも、11月末ロシアのマスコミとのインタビューで、ロシア軍の撤退を求めている。「2万トンの兵器庫を守るロシア兵1000名については、何の協定もありません。撤退するべきです。他方400名ほどの平和維持軍については1992年の取り決めがありますが、時代も変わったのでOSCEの文民に代えるべきです」と述べたのである(11月30日付Moscow Times)。これに対してロシアのスポークスマン、ペスコフは「急激な変化は望ましくない」とのあっさりとしたコメントを出している。双方とも公式の立場を繰り返しているだけで、西側の一部報道が言うようにSanduがいよいよロシアに挑戦を始めたということではないだろう。

因みに沿ドニエストルは、ロシアから実質無料で得ている天然ガスを用いて生産する電力、鉄鋼をモルドヴァ、EU(主としてルーマニア)に輸出して経済を回している地域であり、ことを荒げることは望むまい。

3・その他
1)ジョージアでは10月31日総選挙が行われ、与党の「グルジアの夢」が50%以上の票を得たが、サカシヴィリ元大統領の率いる「単一民族運動」は選挙に不正があったとして、政府施設占拠の構えを見せる等、2003年の「バラ革命」の夢再びを狙った。しかしこれは、西側の支持を得ることもできず、同国政治に地殻変動は起きなかった。

2)カザフスタンでは、5月にナザルバエフ前大統領の長女ダリガが突如上院議長・議員の地位をはく奪され、政治生命は終わったものと思われていたが、来年1月10日に予定される下院総選挙向けの与党「ヌル・オタン」の候補者リストに記載されており、政治活動を再開するものと思われる。ナザルバエフ前大統領時代に獲得した利権を守ろうとする者たちに担がれているのであろうか。
 
3)タジキスタンでは10月11日に大統領選が行われ、現職ラフモン大統領が91%の得票率で5選された。彼については長男のルスタム上院議長が後継と目されてきたが、最近では直腸がんであるとの説が流されている。

4)トルクメニスタンは、天然ガス輸出収入が激減しているところをコロナ禍に襲われ、物資不足、インフレ等の報道が絶えない。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/4054