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世界はこう変わる

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2020年10月24日

ロシア旬報第4号 6月から9月のあたり

(旧ソ連圏には計13年間勤務したが、今でもロシア語、英語のニュース、論評を毎日読んで、自分でデータバンクを作っている。それをベースに四半期ごとに若手の専門家の参加を得て勉強会を開いている。その際の議論を旬報として公開することにした。あと何年できるかわからないが、お役に立てば幸い。
旬報はこの号から、ロシアと旧ソ連諸国の二本立てとし、期間の記事データバンクはブログのメモリーを浪費するので、掲載しないことにした。必要な方は、河東に直接ご連絡ください)

1.概要

1)盛り返すコロナと強まる閉塞

コロナ感染者数が一向に減らないどころか、かなりの増大傾向を示していることが懸念材料である。感染者数は夏に向けて減少を示したものの、最近では増勢が目立ち、23日でも全国で16,521人と多人数の感染が公表されている。これまで検査を受けた者は5670万人、つまり人口の3分の1強に達し、うち感染が確認された者は150万、つまり感染率は2,6%である。死者は5-7月で15,955名だが、例年の死者数を上回る「超過死亡」数はその3,6倍、57,800名に上っており、それでも人口あたりの死亡率は英国の半分であるものの、実際の死者数では世界5位程度に位置していることになる 。

ロシアはコロナ・ワクチンを世界に先駆けて開発したとしているが、今のところは医療・教育関係者等に限定して接種されている段階で、一般への接種が可能になるのは11月以降とされる 。そして特筆すべきはプーチン大統領は接種を受けていないことであり、国民の45,6%は「どの国のものであれ、コロナ・ワクチンの接種は受けない」気構えでいる 。
モスクワのソビャーニン市長はコロナ増勢に強い懸念を示しているが、プーチン大統領は21日、当面ロック・ダウンのような強制措置は復活させない旨を声明した。ロック・ダウンに対しては、市民の強い反発があるのである。

2)ヴァーチャル・リアリティーとなったプーチン

最近、クレムリンのホームページを見ると、プーチン大統領の活動として掲載されているものは1日に数件しかない。稀に対面方式の会談もあるが、閣僚や知事たちとの会議でさえ、大人数のものも含めて、ほとんどテレビ会議方式である(但し9月23日にはクレムリンで、上院議員ほぼ全員の前でスピーチをしている。全員マスクもディスタンスもなし。10月6日には下院との会合をしているが、これは人数が多いこともあり、4名の党首党数名とテレビ会議)。

彼は毎年春、国民からの質問を受けて2時間以上もテレビ画面上で回答していく「直通回線」というショーを行うのを常としていたが、今年はこれも中止されている。そのため「社会から遊離してしまったプーチン」という感じがするばかりでなく、政府が打ち出す経済政策は力を欠き、これに対するプーチンの説明も力がない。

 こうなったのは、3月下旬、モスクワでコロナ禍が目立つようになり、2024年以降も大統領として居座り可能となる憲法改正を実現して上げ潮の、プーチン政権に急ブレーキをかけて以来のことである。このためにプーチンは5月初めまで強制的な企業の有給休暇を施行(主要な企業は国営)、そのために4月22日に予定した憲法改正の是非についての「国民投票」(憲法上必要なものではなく、プーチンの強い希望によるもの)、そして5月9日に予定した大々的な戦勝75周年記念行事を延期した。

3)地平線上に姿を現した「石油不要の世界」

コロナ禍は世界の原油市況を冷やし、ロシア原油はテキサス原油先物程の下落は示さなかったにしても、第2四半期の連邦政府歳入は33%程減少した 。これにOPECの減産に協力して原油減産をはかったことが追い打ちをかけ 、さらには欧州委員会が2030年までの「水素戦略」を発表する等、ロシアが外貨取得・国家歳入面で依存する原油・天然ガス・石炭の将来を脅かす動きはいよいよ現実のものとなってきた。ただ、目下のところ世界の原油価格は盛り返しており、ロシア政府予算で当初指標とした1バレル当たり40ドルの水準は確保している。

4)次が見えない政治日程

コロナが収まらない中、プーチン政権は6月24日、前記5月9日に一時延期した戦勝75周年記念の軍事パレードを強行したし(10以上の地方大都市では行われなかったし 、モスクワでの行事に西側諸国首脳は来訪しなかった)、7月1日には前記4月から延期してきた憲法改正についての「国民投票」を実施、9月13日には一連の地方で知事・議会選挙を行って、与党「統一」が一応の勝利を収めている。

しかし外交面での動きはほぼ止まっている。前記のとおり、戦勝75周年記念式典に西側外国首脳は来なかったし、コロナ禍のため、7月末にサンクト・ペテルブルクで予定されていたBRICSと上海協力機構の首脳会議、9月に予定されていたウラジオストクでの東方経済フォーラムも中止に追い込まれた。また9月末には国連75周年記念総会に乗り込んで、P5諸国で首脳会議を開き、「第二次大戦の成果」を確認しようとしていたプーチンであったが、これもビデオ演説に止まり、P5首脳会議の案はお蔵入りとなっている。

5)座して閉塞するのみ

ロシアは「経済外交」を展開する力がないだけに、首脳外交、つまりプーチンがどこでいつ誰と会ったかを、自分の外交力としてきたが、コロナのためにそれができなくなっている。首脳とは、9月14日ソチでベラルーシのルカシェンコ大統領、同28日同じくソチでキルギスのジェエンベコフ大統領とさしで会談した程度である。双方とも旧ソ連諸国で、足元に火がついて権力があやうくなった首脳である。

そしてトランプ米国が目立った行動を世界で見せていないことが、プーチン得意の「合気道外交」(相手の力を逆用し、小さな力で相手を投げ飛ばす)をさせないものとなっている。米国を悪役に仕立てて、国内の支持をかき立てる、ロシア指導部お得意の手も使えず、国内の閉塞状況は強まる。

米国との外交は大統領選で封じられているし、EUとの関係は後出ナヴァリヌイ関連でEUがロシアへの制裁措置を取ったことで冷え切っている。中国とは、首脳同士が会わないと、意味のある外交にならないだろう。

6)つのる内憂外患

7月中旬には極東のハバロフスクで、公安当局が地元知事をモスクワへ「拉致」し、強引に更迭したことに抗議する市民の(自発的に見える)大規模デモが発生、週末1カ月以上にわたって続いた。これには、地元の古い利権争いが絡み、公安側にも理があるようだが 、当局は市民デモを弾圧することはしなかった。

8月から反政府デモが絶えないベラルーシ情勢では、ロシアは特に不利な立場に置かれたわけではないが、ベラルーシ市民が反ロ・親西側スローガンを掲げるわけでもなく、ただ「ルカシェンコ政権の長期化(6期目)」にのみ反対して立ち上がったことは、2024年に大統領選挙を迎えるプーチンにしてみれば、心穏やかならざるものがあるだろう。当面、来年9月に予定される下院総選挙が一つのヤマとなる。

そして8月下旬には、反政府の運動家ナヴァリヌイが立ち回り先シベリアのトムスクで毒を盛られたとしてドイツに搬送され(そこの経緯はよくわからない。プーチンが許可したとされる)、ドイツの病院当局は「ノヴィチョック 系の成分が検出された」との発表を行った。その後ナヴァリヌイは、ノヴィチョックを盛られた者にはあり得ないほど急速に回復。10月1日にはドイツの雑誌に長時間のインタビューをしている。

それはそれとして面白いのは、彼が「毒殺未遂」直前に立ちまわっていたノヴォシビルスクとトムスクにおいては、9月13日の地方議会選挙で、ナヴァリヌイ系の議員が数名当選していることである。ナヴァリヌイが設立を試みた政党「未来のロシア」は9月21日、法務省の訴えで廃止されているものの、レーニンの率いるボリシェヴィキもかつては、地方から議会活動を始めている。ロシアの当局にとっては、心安からざるものがあるだろう。

7)火を噴く「不安定の弧」――旧ソ連諸国不安定化

ロシアを取り囲む旧ソ連諸国は、国内的にも対外面でも多くの不安定要因を抱え込む。そのため、これら諸国はかつて「不安定の弧」と呼ばれた時があった。現在、この弧が再びマグマを噴き上げている感がある。詳しいことは、旧ソ連諸国旬報で書くが、今回はこれら諸国で大統領選、議会選が相次ぎ、それを契機に国内の対立が表面化しているのである。選挙は更にモルドヴァ、ジョージアで続く。

ロシアや旧ソ連諸国で何か起きると、西側のマスコミは鬼の首でも取ったように騒ぎ立て、「これでロシアは終わり」という評価をしがちなのだが、今回の一連の騒動ではロシアの立場は致命的に脅かされているわけではない。それは一つには、各国内の改革勢力が弱すぎること、そしてもっと重要なことは、米国、EUはこれらの諸国に真剣な関心を持っていないことである。トランプ政権は海外を「民主化」するという使命感を持っておらず、オバマ時代までは公的な資金を得ていた民主化幇助のNPOは鳴りを潜めている。このため、2003年のウクライナ情勢等で顕著だった、「西側の策謀」は今回見られず、各国の情勢不安定化はほぼ全て国内要因によっている。中国も、これら諸国の権力や安全保障に食い込む構えは見せていない。

西側のマスコミは、例えばナゴルノ・カラバフの紛争を止められないことで、ロシアの力の低下を云々しがちだが、これは下手に介入しないロシアが正しいのである。

8)予算削減と増税、長期投資計画の先延ばし

4月はコロナのためにGDPは対前年同期比で12%も減少したが 、その後盛り返しており、通年では対前年マイナス3,9%程度の減少で切り抜ける見通しとなっている 。
しかし政府は9月中旬の閣議で、来年度予算で社会目的以外の項目は軒並み10%を削減、軍事予算も5%削減して合計約1220億ドル相当も捻出する案を承認した 。同時に高所得層、一部企業への増税をはかることになっている(13%の所得税を15%に。その他貯金からの収入への課税も強化)。これもあり、2024年の大統領任期切れまでに約4000億ドル相当の官民資金を投入して大々的なインフラ建設を行い、それによって経済活性化をはかる「National Projects」は規模が縮小されることになった。このままでは、プーチンの2024年大統領選出馬は難しいことになろう。

ミシュースチン首相は国税庁長官上がりで、歳出入を操作することには長けているが、構造改革、産業政策に踏み入る余裕は目下のところなく、プーチンもこれを是正しようとはしていない。プーチンの盟友で経済構造改革の旗手、クドリン会計検査院院長は、増税の代わりに企業民営化で歳入を確保するよう提言しているが、ロスネフチ等めぼしい国営大手の株価が低迷している今は、現実的なアイデアとは言えない。

2.裸になりつつあるプーチン政権
1)以上の次第で、内政、外交、経済ともプーチンは足場を失いつつある。軍隊、警察内部でも、プーチン居残りを可能とする今回の憲法改正について、意見が割れていることを指摘する向きもある 。また国民を精神面で掌握しておくために当局が使ってきたロシア正教会も、キリル総司教を頂点とする指導部への下部からの批判(権力との極端な癒着に対して)が公然化し、力が失われつつある。

2)こうしてプーチン政権は、秘密警察以外に頼るもののない裸の状態に陥りつつある。右翼系の新聞「明日」は次の趣旨を述べている 。
「リベラル、寡占資本家、右翼・国家主義者はプーチンから離れ、教会の権威も落ちている。プーチンは裸になった。ロシア社会では再び地滑り(革命的状況)が起きようとしている」

米国の専門家Paul Gobleは、1990年代初期のような無政府状態の到来を予言する、エカテリンブルクの識者の言葉を引用している。
「もしプーチン政権が崩壊すると、マフィアとまでは行かずとも、コサックのような暴力的組織が権力に入ってくる可能性がある」

そして独立新聞編集長のレムチュコフは、7月10日米国のThe National Interestへのインタビューで次の趣旨を述べている。「ロシア人は1990年代試みた『自由・民主主義』も、中国型の集権型経済発展も効かないことを認識した。中国経済は米国市場に依存し過ぎているのである」。つまりロシアにはモデルとするものがなくなり、当面漂流していくだろう、と言うのである。

3)原油依存のロシアの経済に未来はないことは以前から見えていた。政権の基盤が失われたように見えることも、今回が初めてではない。しかし「垂直権力構造」(プーチンを頂点とする強権主義・専制主義の構造)で、かつ自律的な経済力を欠くロシアで、頂上の権力が溶融状況を示した時の危険性は、90年代初期のロシアがカネと暴力が支配する無政府状態に陥ったことで証明されている。米国、中国、インド等と並び、ロシアもガバナンスの危機を迎えるのかもしれない。

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