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世界はこう変わる

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2019年5月11日

ソ連圏の崩壊、30周年

(これは、4月24日発行のメルマガ「文明の万華鏡」の一部です)

 30年前、僕は外務省で東欧課長をやっていた。目立たない部署だったので、少し省内の関心を引いてやろうと考えた。引かないと予算もつかず、人員も増えない。

そこで  「ソ連のゴルバチョフは、東欧諸国も経済改革、民主化に踏み出すよう望んでいる。1968年チェコ・スロバキアの民主化運動を戦車で踏みにじったようなことはするまい。他方、東欧諸国の方は、ゴルバチョフに煽られて足元の市民からの民主化圧力が強まる一方で、横で着々と統合度を強めていく欧州経済共同体からも大きな圧迫を感じている。東欧諸国の国民はかつては西欧の資本主義・民主主義・キリスト教文明の一員であったので、異質なソ連からの脱出を望むようになるだろう。数年内に東欧で大きな変動、ソ連圏からの脱出への動きが起こり得る」  とかいう趣旨のメモを書いて省内にばらまいた。外務省の文書は30年で公開されるので、ゴミとして捨てられていなければ公開されるかもしれない。

 このメモの結果、省内では何も起きなかったのだが、それから半年後、1989年5月、ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網を一部撤去。そこに東独市民達が大挙して「休暇」で押し寄せ、オーストリア経由で西独に亡命した。そこから東欧の大激動が始まり、トン汁の皮膜の油玉が結合するように、東欧は西欧にひっついてヨーロッパという元通りの大油玉になった。

クライマックスは11月9日のベルリンの壁の崩壊。あと100年続くかもしれないと思われていたドイツの分裂は、こうしてあっけなく雲散霧消してしまった。1989年の結末は、ルーマニアの「革命」。蜂起勢力に追い詰められたチャウシェスク書記長夫妻は国外に逃げる途中を捕捉され、その場で射殺される様子が世界にテレビ放送された。北朝鮮の金日成、金正日親子の目には、この情景がトラウマのように焼きついただろうし、それは核開発を急がせもしたことだろう。政権が選挙で交代しない専制主義の国では、こうして暴力でしか政権は交代しないのだ。
 
 こうして1989年は、現代史上一つの大転機であったのだが、そのうちいくつかは中途半端のまま未だにくすぶっている。それをまとめて見る。

1)ドイツの統一はドイツの再台頭とそれに伴う米独関係、米欧関係の希薄化、NATOの弱化をもたらしかねなかったのだが、ドイツが東独の消化で手いっぱいになったこと、「ユーロ」導入もあって全欧州の枠の中にしっかり抑え込まれていること等から、そうはなっていない。目下、トランプがどこまで米独関係やNATOを壊すかが話題になっているが、決定的なことはやらないだろう。

2) ソ連圏のような「帝国」の崩壊は、オスマン・トルコやオーストリア・ハンガリー帝国の崩壊が示したように、周縁地域に多数の不安定な独立国を生み、ここで旧宗主国と別の大国が勢力争いをすることで絶え間ない紛争の温床となりやすい。ソ連の場合、東欧諸国等の中立・非同盟化を確保して、紛争の温床化するのを防ぐべきだったが、結局は米国がNATOを拡大し、案の定ロシアとの「新冷戦」を招くことになってしまった。

3) 1989年のソ連圏崩壊、そして1991年のソ連崩壊は、共産主義、集権経済体制は機能しないことを示した。しかしそのことを西側諸国国民は認識しておらず、米国でも日本でも欧州でも、バラマキ社会主義、国家資本主義への期待が高まっている。それは、自殺行為だ。中国の国家資本主義が成功したように見えるのは、西側からの直接投資、それによる厖大な貿易黒字のおかげだ。

他方、旧社会主義諸国は中国も含め、「市場経済への跳躍」に失敗、あるいは失敗しつつある。集権経済は死のキスと同じ、味わうと毒が全身に回って変われなくなるのだ。市場経済のマインドがない、マインドを備えた中堅以上のホワイト・カラーが殆どいない、という状況がロシアでは今でも続いている。

4) 東欧諸国は、欧州共同体の強さ、豊かさ、そして「自由」に憧れてソ連圏から脱出したのだが、そのEUが今では息も絶え絶えである。基本的には中国に生産が流出して失業が増大。政治は反難民の右翼ポピュリズムに流れている。ドイツ銀行は分解寸前、自動車業界は無人運転・電気自動車技術の開発で出遅れている。そして南欧、東欧諸国は、自分達の経済不振の理由の一つである他ならぬ中国に、資金援助を期待する体たらく。

何のことはない。「自由」とか「西欧の人道精神」とか叫びながら、結局は「パン」が決定的なのだ。腹が減っては戦はできない。1989年の自由・民主主義ロマンは遠くなりにけり。
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