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世界はこう変わる

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2016年9月26日

世界のメルトダウンその11 近代の諸概念の意味の喪失5 国際法のメルトダウン

(13年前、「意味が解体する世界へ」という本を草思社から出版した。
米国のイラク攻撃が、「自由」とか「民主主義」というスローガンへの幻滅をかきたてると同時に、米欧諸国の足元でも移民により多民族国家化が進行し、近代の「自由民主主義」が危殆に瀕している様を随筆風に書いたものだ。僕が自分の書いた中でいちばん好きな本。
そして今、13年前に書いたこのことが、世界のメルトダウンを起こしている。
それについて共著本の出版を策していたのが頓挫したので、ここに自分の書いた分を発表していくことにする。これはその第11 回)

「国際法」のメルト・ダウン

こうやって、主権の概念が崩れてくると、主権国家を前提に作られている現代の国際法も溶融してくる。もともと国際法というものは、六法全書のように社会の全面をカバーするきっちりした体系になっていない。つまり、国際法を一手に作る世界議会もなければ、違反者を逮捕する世界警察もなし、これを裁く国際司法裁判所も権限は弱く(訴えられた国家が訴訟に応じないと、裁判は始まらない。また判決の結果を強制執行する力もない)、ましてや不法侵入者を撃退する世界軍もない。民法、商法の領域については、ほんの限られた領域について個々の条約とか協定があるだけである。

 現代の「国際法」は一六〇九年、オランダのフーゴー・グロチウスが「海洋自由論」を著し、海洋航海の自由を主張したのが、そのスタートとされている。グロチウスは「国際法の父」と呼ばれてもいる。しかし彼は、別に普遍的正義のためにこの本を書いたのではない。先行の植民地帝国ポルトガルに対して、香料の生産地、東南アジアのモルッカ諸島へのオランダ船の通航の自由、要するに香料権益への参入を認めさせるという、オランダの私利を正当化することを目的としていたのである。オランダは、その要求をグロチウスのペンの力で正当化し、武力で通したのである。

 このように「勝てば官軍」、力の強い国が自分の都合でやったことがその後法律的なものとして通用するのが国際法なので、もともとがアメーバの如く形を変える。筆者は大学時代、筒井先生のゼミナールで自衛権行使の様々なケースを学んだ。誰の書いたものだったかもう忘れたが、相手の攻撃に対して報復するために相手国領土に侵入しても自衛権の行使として認められるケースもあるというようなことが書いてあった。筆者はこれを読んで半信半疑。いったい誰がこういうことを決め、誰が違反者を罰するのか腑に落ちなかったものだ。

 そして案の定、外務省で働くようになってからは、ベトナム戦争はもちろんのこと、一九八三年の米軍グレナダ侵攻、一九七九年ベトナムのカンボジア侵攻、同年中国のベトナム侵攻、一九九一年の湾岸戦争、二〇〇三年のイラク戦争等、無数の戦争が起き、その多くは国連憲章上、国際法上、しっかりした説明もなく、お咎めもなしに、現在にまで至っている。そして二〇一四年三月には、ロシアがウクライナのクリミアを武力で威圧したうえで、一方的に併合を宣言し、西側から制裁を受けるもそのまま今に至っている。つまり「力のある国のやることが国際法」という情けない状態のまま、世界は推移しているのであり、「国際法」が主権国家を必ず守ってくれるわけではない。世界の実体は、十七世紀の哲学者トマス・ホッブズが言った「万人の万人に対する闘争」、つまり戦国時代の状態からそれほど進歩していないのである。
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