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    <title>Japan and World Trends [日本語]</title>
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    <subtitle>日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。</subtitle>
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    <title>「ペレストロイカ」今再び？　3月のモスクワに住んで</title>
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    <summary>「ペレストロイカ」今再び？　3月のモスクワに住んで ２０１０，３．１６ 河東哲夫...</summary>
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        <![CDATA[「ペレストロイカ」今再び？　3月のモスクワに住んで
２０１０，３．１６
河東哲夫

<strong>はじめに</strong>
2月下旬から3月まで2週間、モスクワ大学のビジネススクールで講義をしてきた。ほぼ毎夕三時間立ったままマイクもなしで、学生たちのおしゃべりの中をロシア語で声を通そうとして、ひどくくたびれた2週間。今回は大学の寮ではなく、寒くて滑る夜道を歩いて40分もかかる普通のアパートに泊められたので、大変だがいい経験になった。石油景気のモスクワでも、普通のアパートの住人はわりとひどい暮らしぶりで、何より夢も希望もないという風情でいるのが目に付いた。住人は階段でシャツ一枚でたばこを吸い、子供たちがたむろして騒ぐ。それは民主化とか市場経済化とは全く無縁の世界で、それがロシアの圧倒的な基盤を形成している。

そして高物価。昼にロシア人を食事に招いたりすると、メニューの値段をみただけで「しまった」と思い、自分の分はスープとサラダだけですませたりするので、今回はおかげで体重が2キロも減って喜んだ次第。もっとも、一人1000円くらいで好い食事ができる小奇麗なレストランも沢山できているが。

金融危機直後間もなかった昨年3月に比べると、今回ロシア経済は石油価格回復につれて上昇気配、下がっていた不動産価格も回復傾向だ。それでＧＤＰは外面上大きく見え続けるだろうが、政府が膨大な原油輸出税収を使ってしまうので（金融危機以前は「安定化基金」というものを作って過剰な資金が市場に流出しないようにしていたのだが、金融危機以降はこれも使って年金引き上げなどの大盤振る舞いを続けている）、国内はこれからインフレ亢進で「成長の果実が国民には見えない」という状況になるだろう。そしてルーブルのレートが高くなる一方の有様では、「ロシア経済を刷新してモノの輸出も増やす」ことなどできはしない。従って、ロシア経済は世界で石油からの転換が進むにつれて、ジリ貧となるだろう。

今のロシアでは、「民主化や市場経済より秩序と賃上げ」を求める大衆の声をいいことに、元ＫＧＢを筆頭とした「官僚たち」が社会にしっかと蓋をして、湯気のゆの字も外にもれない体制を作り上げ、自分達はその中で汚職にまみれていると言われるが、モスクワの心ある人たちはそれにすっかり嫌気がさしている。「君たちは大衆の虜になって、何もできないでいるんだ」と僕が言うと、彼らはうんざりした顔でうなずくのだった。数年前までは面白かったロシアのテレビも、世の中のことすべては茶番、やらせだということがわかってしまったかのように、価値判断というものがおよそ感じられない、魂のない、殺しとかお涙ちょうだいの三文オペラとか、そんな番組ばかり流す。

だが今回、僕の希望的観測かもしれないが、知識人、学生を中心に、忍耐がそろそろ限界に達し、政府の浄化などを求めて自発的な声のうねりが起きる前夜かなという気がしたのだ。ロシアのマスコミでも、「新たなペレストロイカ」などという表題でものを書く者が出てきている。中国などと同じく、誰が組織しているのかわからないが、携帯電話で市民を抗議集会に動員する「TIGR」という組織が現れている。

いくら声を上げても、めったなことでは近代化できないロシア経済。汚職追放は絶対に必要だが、強い野党ができないとそれも無理だ。18世紀から19世紀にかけて英国は腐敗していた議会をかなり浄化したが、それは市民運動の成果と言うより、野党が口をきわめて与党の腐敗を糾弾したからだ。ロシアの場合悪くすると、刷新を求める市民の声は結局80年代末にエリツィンに利用されたように、デマゴーグの乗ずるところとなって、ロシアという多民族国家を割ってしまうことだってあり得るだろう。

「2012年、メドベジェフとプーチンのどちらが次の大統領になるのか」という議論が続いているが、そろそろ頭の切り替え時ではないか？　メドベジェフ大統領はリベラルな言辞を弄するが実行が伴わないことで市民に相手にされていないし、プーチン首相は「保守」「ＫＧＢ系」のイメージが染みこみ過ぎてしまったので、これも時代に合わない。ロシアの友人たちは言下に否定したが、2012年の大統領選挙ではひょっとするとダークホースが賑々しく現れてくるかもしれない。そんなことを思いつつ、2010年3月のモスクワの印象を記してみたい。

<strong>外国旅行をやめていない日本人</strong>
2月２２日出発したが、成田空港は人でいっぱい。特に若い女性が多かった。だが、韓国人だったかもしれないし、地味な服装の中国人の中年女性も多かった。この頃の日本はなぜか女性に占領されたようで、男があまり見当たらない。「内向きになった、外国旅行が減った」と言われる日本だが、月曜という平日にもけっこう外国旅行客はいるのだ。

僕の乗った飛行機は、モスクワ経由ロンドン行きのアエロフロートのエアバス、「ウラジーミル・ヴィソーツキー」号。ソ連末期の吟遊詩人、俳優として国民的英雄だった男だ。僕の小説「遥かなる大地」（筆名　熊野洋　草思社）の主人公のモデルでもある。90年代、アエロフロートがエアバスを初めて購入した頃より、室内のメンテが良くなった。当時はエアバスを買っても、室内のカーペットが毎日ヒマワリ油でもひいているのではないかと思わせるほどすぐ汚れ、トイレの使い方もだらしなかったものだ。ロシアの国力が最低に落ちていた90年代、スチュアーデスまでおどおどしていたものだが、今ではその態度は完全に自然になった。そしてエコノミー・クラスでも、機内食が良い。以前乗ったビジネス・クラスでは（今回はがらがらだった）、フルコースの食事でスープには金片まで浮いていたものだ。


<strong>「肌を大根おろしでこすられる」感じのモスクワ</strong>
モスクワは僕が行く直前、40年ぶりの厳寒（マイナス20度以下）と豪雪（3日間で７０センチ）だったそうで、大通りの両脇にはまだ屏風のようにかき分けられた雪の壁がそびえていた。
モスクワでは、商品の包装がソ連時代とは段違い、西側並みになった。ところが使ってみると、どこかおかしいのだ。生クリームの缶を開けようとすると「へた」が途中で千切れてしまったり、電気湯沸かしから湯を注ごうとするとだらしなく周りにこぼれてしまったり、という調子。そこらじゅう、きらびやかでエレガントな西側商品の広告があふれていても、毛皮の外套を着た一見貴婦人風の女が平気で行列を無視して先頭に並ぶのを見たりすると、西側的なハイカラな広告と公衆道徳の欠落との間のギャップに、肌を大根オロシでおろされているようないらつきを覚える。

「基本的な価値観」がないのだ。共産主義はもうないし、市民社会的価値観も根付いていない。そこにあるのは、90年代からの「市場経済では何でもあり。自分だけ、儲けだけが大事」の世界の成れの果てだ。石油景気で一度煽られ、その後また底に突き落とされたばかりだけに、一種のアンニュイも漂う。それはテレビ番組に顕著だ。僕が着いた翌日が2月23日の軍記念日「祖国防衛者たちの日」であったこともあり、テレビ・ラジオは軍需産業の現状だの、明日にでも戦争が始まるかのいらついた口調の議論が多く、本当にうんざりした。この人達はいったい・・・・・

そしてモスクワの街並みは、ソ連が崩壊して以来、いつまでも「仮住まい」の状態のままのように感じられる。一見洒落た、しかし安手の建材で作られたことがありありと見える新築ビルの群れ。毒々しい悪趣味。心を和ませるものがない。本格的な新建築が少ないという点では、中国にもう20年は抜かれてしまった。そしてそのことを多くのロシア人はまだ知らない。僕もロシアに申し訳ないと思いつつ、今回は地下鉄の中で熱心に中国語を勉強していた次第。ロシアの地下鉄で日本人が中国語を聞いていたのは、これが史上初めてのことだろう。

そして街頭では、まるでいつも兵営にいるかのような好戦的なマッチョさが感じられる。いつも構えていないとあぶない、そんな感じ。まあアメリカでも時々こういう感じはするけど。まだ完全には安全でなく、力次第というところが強く残るこの社会は、人を疲れさせる。

住んでいたアパートの回りでは、大型犬たちの吠え声が絶えない。野犬もいる。ちょうど読んだところでは、モスクワには3万5千の野犬がいる。地下鉄に乗って下りていく犬もいるそうだ。2002年ルシコフ市長は野犬の捕殺を禁じ、去勢と保護を目指せと言った。それがこの結果。1月16日のフィナンシャル・タイムスによれば、22歳のモデル、ロマノヴァが自分のテリアを散髪に連れて行った帰り、メンデレーエフ地下鉄駅でそこを縄張りとする野犬（マーリチク、坊やという名がついていた）に吠えたてられて、隠し持った台所ナイフで刺し殺したのだそうだ。ロマノヴァ（ロマノフ王朝の末裔？）は逮捕され、1年間精神治療を受けたそうだ。マーリチクを可哀そうに思った市民の寄付で、彼の銅像が駅前にたったそうだが、僕は見つけられなかった。

<strong>それでも新しい芽も</strong>
ある日テレビをひねったら、子供用の「お休みなさい、こどもたち」をやっていた。もう50年はやっているだろう。昔と変わらない。ぬいぐるみが出てきておばさんとお話しし、アニメを見る。その繰り返し。本当にいい番組だ。

     ねんねんころり，ねんころり，夜は皆さんおねんねよ。
　　　　ねんねんころり，ねんころり，明日になればまたお日様が。
　　　　今日はとってもくたびれて，みんなに言いましょ，「おやすみなさい」。
　　　　さあ，お目々を閉じて，ねんねんころり

ロシアの青年たちはいつも、明日への希望を感じさせる。明るくて自由なのだ。もっともソ連時代も、西側では「青年こそソ連の明日への希望だ」と言われていて、実際にはそうならなかったのだが。

チェーホフの「かもめ」が初演されたモスクワ芸術座前には数年前まで「禅」というカフェーがあって、ボヘミアンたちがたむろしていたが、これは今ではStarbucksとなって、青年たちがさんざめいたり、素敵な女学生などが一人で読書していたりする。地下鉄を使う市民の服装は年々まともなものとなり、以前の疲れて荒れた表情ももう見せない。I-Padのようなもので本を読んでいる女性や少年がいる。ロシアでは、それはアマゾンのキンドルであるよりソニーである場合の方が多いようだ。有難う。アマゾンに相当する書籍のネット販売はロシアでは<a href="http://">www.ozon.ru</a>なのだそうだが、ここからは電子ブックにデジタル情報を移し替えることもできるらしい。

1昨年から始まった「横断歩道では車が歩行者に譲る」という当たり前なこともほぼ完全に定着し、歩行者が運転者に「有難う」と言うことも増えたらしい。10年前のモスクワには、ちかちか光るサイレン（「ミガールカ」と言う。）をつけたVIP用自動車があふれていたが、これも当局の取り締まりでほとんど見かけない。

ソ連時代のアパートというのは、住んでみると外も中もボロっちいのだが、居間の広さだけはたいしたものだ。僕のアパートは１ＤＫだったが、居間は18畳くらいあった。夜、大通りから小道に曲がり、アパートへの雪道をそろそろとたどる。2，3人の市民が僕の前を同じくそろそろ歩いていく。静かだ。近くの家に若者たちが集まって、「ゴーリカ！　ゴーリカ！」（結婚披露宴のとき新郎新婦にキスを迫って、友人たちが叫ぶ言葉）と叫んでいるようだが、前の日は軍記念日だったからもしかするとそちらの方の祝いか？　そこの四つ辻の暗がりでは、夫婦が車の割れた（割られた）後ろの窓に、プラスチック・ラップを張り渡している。静かで落ち着いていて、そしてそれでも犯罪があって。

昼はもっぱら地下鉄で動く。ここのエスカレーターでは、急がない者は右側に寄る。関西と同じだ。ときどき地下鉄の通路でバイオリンやアコーデオンを弾いている。ギターを弾きながら歌っている。プロなみの腕で。これはソ連時代もそうで、本当にいい。ヨーロッパもアメリカも同じで、地下鉄の駅はこうして自由な文化の香りがするものだ。

南方への列車が出るクールスク駅に行くと、地下鉄のエスカレーターの周囲の壁がユニクロの広告で埋め尽くされている。さながらユニクロ・シティだ。もうすぐ駅の近くにユニクロの店ができるのだ。だが僕の学生は、「ユニクロ」と僕が言っても、その有難さをまだ知らなかった。日本人と言えばサムライを連想し、中国製と言えば粗悪品と決めつけるロシア人のことだから、ユニクロも開店早々が勝負になるだろう。

<strong>澱みなのか、夜明け前の暗さなのか</strong>
僕は1974年モスクワ大学に留学していたが、その頃はロシア人とつきあうのも難しく、愛想のいい者は当局の回し者だったりした。だがソ連の末期80年代、大学生活を送った連中は非常にリベラルでしかも高い教養水準を持つ、世界でも最高レベルの知識人たちで、彼らがゴルバチョフのペレストロイカを熱狂的に支持したのだ。メドベジェフ大統領も、そうした世代に属している。だが、この世代はその後、「革命に裏切られる」。リベラルな政策が国を分裂させ、経済を崩壊させたばかりでなく、冷戦時代の恨みを捨てて友人になったつもりでいたアメリカやヨーロッパからは旧ソ連の共和国に次から次へと「民主化革命」を起こされ、NATOも拡大されるという仕打ちを受けて、自由とか民主主義とかいう言葉に屈折した感情を持つようになったのだ。

もう誰も覚えていないようだが、プーチン大統領もその第一期は改革志向を明確に示し、一連の立法をはじめ矢継ぎ早に手を打ったものだ。当時プーチンは、ロシアがNATOに加盟する可能性さえ口走っていた。だがロシアでも「官僚勢力」が強いようで、「旧ＫＧＢだけではない。役人たちは、プーチン大統領の『政治主導の革新』を結局抑え込んだのだ。それにシュレーダーもベルルスコーニも、その好意を金で買うことができた。だからプーチンは、政治に対してシニカルな見方をするようになったのだ」（あるロシア人の言）。

ソ連共産党亡きあと、国内で使えるほぼ唯一のまともな組織、旧ＫＧＢ勢力で周囲を固めたプーチンは、その強権と原油収入で国の安定を回復し、年金額も引き上げた。だが統治スタイルにはソ連的な強権性、官僚性がひたひたと戻ってきたばかりでなく、高官たちが汚職、横領にふけっているという報道が絶えない。警官たちもそれを見てか、交通違反を摘発しては多額の賄賂を強要するようになった。その様は、ブレジネフ末期からゴルバチョフ時代にかけてのソ連にそっくりだ。「この国では二重の基準がまかりとおっている。表では美しいことを言っても、裏ではカネをくすねている。これでは、国がもたない」とは、1980年代初期、ゴルバチョフが後に外相として抜擢したシェヴァルナゼに言ったという言葉である。1985年原油価格が暴落してソ連は財政赤字に悩まされるようになったが、そこまで現在にそっくりだ。

だがこの国が原油依存から脱却できるか、その見通しは暗い。原油輸出収入が膨大であるため、ルーブルのレートが上がり、国内でのモノづくりは競争力を完全に失った。何でも輸入する方が安いのだ。軍需生産に異常に傾斜し、計画経済で市場を無視してきたロシアでは、消費財を作ろうとしてもろくな経営者がいない。西側の銀行、企業なら、政府から救済融資を受けても、できるだけ早期に完済して自由を取り返そうとするが、今回救済資金をもらったロシアの銀行、企業の3分の２は政府融資をまだ返していない。彼らは政府資金に寄生して、適度の自由を味わっていれば満足なのだ。

ブランド力もない。サービス精神もない。そして資本は海外に流出し、銀行融資の利子率は２０％以上もあって、とてもモノづくりなどやっていられない。「『経済近代化』と言っても、何をどうやるのか？　ロシアには経済発展のための『インフラ』（基礎的要件という意味）がない。国民は社会主義化しか求めていない」と友人は言う。
40代後半の有名ジャーナリストは僕に言った。「この社会は澱んでいる。風もなく、息がつまる感じ。我々の世代はソ連末期に青春を送り、最高にリベラルで理想に燃えていた。だが我々の世代はこわすだけで終わる。新しいものを創造できる世代はまだ登場していない。」

あるいは、19世紀末から20世紀初頭のロシア。停滞のメランコリーと何か新しいものがやてくる予兆とを描いた、チェーホフの桜の園や三人姉妹の世界がまた蘇ってきた。ロシアはときどき思い立ったように立ちあがっては全ての過去をかなぐり捨てるが、その結果ますます事態を悪くしていくのだ。

<strong>国民を立ちあがらせるものがない？</strong>
僕のモスクワ滞在は、バンクーバー冬季オリンピックとほぼ完全に重なった。そしてその間中、ロシアのテレビ、ラジオは、「ロシア選手団が獲得したメダルの記録的少なさ」、「ロシア・オリンピック委員会の『官僚』たちの責任」ばかりを吠えたて、巷の話題もほぼ「ロシア選手団が獲得したメダルの記録的少なさ」に集中したのだ。日本や韓国が優秀なロシアのコーチを随分ガメてしまったからな。すみません。

だがそれにしても、この問題についてのロシア人の騒ぎ方は少し度を越していた。おそらくここには、ロシア人にとって「最後に残された誇り」のようなものが関わっていたのだ。「国民を立ち上がらせるものがもうない。理想が、目標がない。1960年代の人工衛星打ち上げのような」と僕の友人は言う。プーチン首相はまだ大統領だった時代の200７年、ロシアの面子など歯牙にもかけないブッシュ政権を相手にキレて見せ、反米主義で世論を結集する構えを見せたが（その痕は今でも学生たちのモノの言い方に残っている）、オバマ大統領に「リセット」とか言われてがくんとなって、それ以来反米言辞にも力が入らない。これも、今年のモスクワがなんとなくタガがはずれてしまったような感じを与えた一因だろう。

それ以上に大きな要因は、プーチンの下で社会が安定したのはいいものの、旧ＫＧＢ勢力を筆頭とする支配者たちが汚職にまみれていることが益々国民の頭の上に重くのしかかってきているということだろう。メドベジェフ大統領は警察にその罪をかぶせようとしてか、内務省の大幅改革を断行したが、国民はこれだけでは納得するまい。それに、「石油だけじゃロシアは食っていけない」という認識が大衆レベルにまで浸透してきたことも、大きい。僕の乗ったタクシーの運転手は、ロシアが「石油に依存」していることに不満だ、「少しは自分で作ったらどんなものか」と言った。

彼は両親と３人で26平米のアパートに住んでいる。それはさすがにひどいじゃないかと言うと、敷地９００平米のダーチャ（別荘）を空港近くの郊外に持っていると言う。これだから、ロシア人に安易に同情してはいけない。同情さるべきは、一生働いても小ぶりの住居しか買えない日本人の方なのだ。彼は数十万円相当でその「別荘」の地権を買い、家は自分で建てたのだが、そのうち一帯が「都市圏」として認定されると「土地使用料」が跳ね上がるのだそうだ。彼の母は農村出身で、「あたしゃもう、生きているのに疲れたよ」と毎日こぼす。彼女はロシア革命直後の内戦も経験したwalking historyで、確かにそう言えばロシアでは1920年代からいいことはなかった。

<strong>2012年の大統領は誰がなる？</strong>
ロシアの専門家を名乗るなら、「2012年の大統領はメドベジェフ、プーチンのうちどちらがなる」かを論じてみせないといけない、ということになっている。忘年会の隠し芸のようなものだ。今回僕が得た感じは、「プーチン優勢なるも判断するには尚早。ダークホースだってあり得る」ということ。ロシアの国営系テレビのニュースも、メドベジェフ大統領とプーチン首相がその日にしたことをほぼ等分に見せるよう努力しているのがありありと見える。シャツを脱ぐと筋肉隆々、三島由紀夫なみのマッチョのプーチン首相も、最近では顔の皮膚が少したるんでロシア人らしくなってきた。

2012年の大統領選候補を決める最終期限は、政治的には2011年半ばだという者がいた。だが2008年3月の大統領選挙では、プーチン大統領が後継者を公に指名したのは07年12月で、それまではメドベジェフ、イワノフが競っていたのだ。
他方、気の早い者は、「メドベジェフがこれから数カ月のうちに何も実質的な新政策を始めなければ、彼が1期だけで権力の座を去ることに同意したものとエリートは見なす」と言った。メドベジェフはリベラルの方に軸足を据えており、いろいろいいことを言うのだが、あまり実行が伴わない。私心がないように見えるので国民に許容されているが、凄味がないために相手にされていない。

「メドベジェフは憲法裁判所長官でいい。プーチンはもう首相をやることに飽きてきている。それに今のまま辞めれば、プーチンは結局ロシア経済を何も改革できず、ただ石油収入に乗っただけで12年間をしのいだこととなり、歴史に残らない。それは彼の負けず嫌いの性格から言って、我慢できまい」と言う友人もいた。それに、ロシアの政治でも最も重要な「カネの流れ」の多くはプーチン首相が抑えている。メドベジェフ大統領が会長をやっていたガスプロムの資金でさえ、そうらしい。

<strong>市民運動のマグニチュード。「第三勢力」の登場？</strong>
民主主義がないと言われている中国でも、携帯電話やメールを使って、首謀者のわからない集会やデモが開かれる時代になった。ロシアはエリツィンの時代に確立した報道の自由がまだ少しは残っている上、ブログでは自由で活発な議論が行われている（昨年8月時点でインターネット使用者は全国で4,200万人、成人の３６％と推計。ブログをやっているのは1月時点で９０万人ほどと推計）。この前警官が酔っぱらって撃ち合いし２名を殺した事件が、ブログで写真ととともに流されて、モスクワの警視総監辞任につながった。新聞では、「80年代末と同様の民主的目覚めがブログによって起きつつある」と囃されているが、ブログの世界はいずこも同じオタクの世界で、無数の小さなグループに細分化されてもいる。
この1月には、エリツィン大統領の次女で彼のイメージ・メーカー、アシスタントをしていたタチヤーナ・ユマーシェヴァがブログを開き、「エリツィン時代の自由」を擁護する記事を書き始めた。彼女の夫は元「アガニョーク」誌の副編集長、エリツィンのゴースト・ライター、そして最後は大統領府長官にまでなったヴァレリー・ユマーシェフで、彼女のブログのゴースト・ライターであるとも言われる。メドベジェフ大統領がリベラル勢力にラブコールを送っているのに乗って、自分達の存在をふたたびアピールし始めた。
1月末、カリーニングラード（ポーランドの北にあるロシアの飛び地。昔はプロシアのケーニヒスブルクで、哲学者カントが一生住んでいた街だ）やウラジオストックで、市民のデモが起きた。自動車関連の税引き上げに抗議するデモだった。1月は公共料金の引き上げが行われることの多い月で、これまでも住民が「自発的に」（完全に自発的なデモはないのだが）デモに繰り出したことはあったものの、今回注目されたのは「TIGR」（「ロシア積極的市民同志会」の頭文字。トラという意味も持つ）という、インターネット（もうそのサイトは当局によって閉鎖されているが）、携帯電話の上でのみ存在する団体が、これらデモの動員に関与したと見られることである。「官憲は、この運動の正体がわからず、ぴりぴりしている」らしい。

社会の行き詰まり、上から下まで広がるシニカルな横領と汚職、これらに対して普通の市民や学生たちは、次第に忍耐の限界に達しつつあるようにも見える。日本だってそうだが、社会がダメになってくると、どこかで市民は立ちあがる。ロシアでも17世紀初頭、ポジャールスキーとミーニン（赤の広場に彼らの像がある）という地方貴族が中心となって愛国運動を組織し、７年間もモスクワを制圧していたポーランド軍を追い出したことがある。

今回そういうようなことが起こるとも思えないし、起こればロシアの分裂につながりかねない危険なことなのだが、少なくとも社会の覚醒、蘇生に向けてのエネルギーが溜まりつつあるとは言えよう。ソ連の末期、生活水準の向上を背景に市民の権利意識も向上し、これがペレストロイカの背景となった。今、同じような現象が新しい中産階級を背景に起こりつつあるのかもしれない。　

他方、ロシアにおいても、社会は一様でない。所得水準の低い階層は、社会が停滞すると改革よりも益々多くの分配を求めて叫び出す。ある友人に言わせればロシアの場合、彼らの権利意識は、「改革の方向ではなくソ連時代への回帰を求める方向に行くのでないか」ということだ。タクシーの運転手は言った。「資本主義では勝者だけがいい目を見る。我々は全員いい暮らしがしたいんだ」。改革と言うとすぐ平等化の方向へ流れ出す、日本にも通ずるところがある。

<strong>ロシア人のDNA、日本人のDNA</strong>
「日本は行き詰まりだ。ロシア人にいったい何をどう説明したらいいだろう」という暗い気持ちで成田を発ったが、こういうわけでモスクワにいると、日本が行き詰まりとは別に感じられない。逆に明るく希望に満ちているように見えた。

帰りのシェレメチェヴォ空港、アエロフロートのカウンター。荷物を測ると、「超過重量」だと言う。その料金を払うため窓口に行くと、「安くしとくわよ。領収証出せないけど」。
そして日本の銀行口座をベースとするクレジットカードは受け付けない。多分、日本の銀行がロシアからの請求を信用せず、受け付けないからだろう。ロシア人もこの10年くらいしゅんとしていたが、中国、インドの空港でももうやらない、くだらない横領を今再び平然として始めているようだ。昨年も同じことがあったものな。

そしてやっとのことで、パスポート・コントロールにたどりつくとまた行列で、1人に3分もかけて出国審査している（3月8日の１８：２５。ターミナル左の52番窓口だ）。行列が残っているのに平気で窓口を閉めたりするから、別の行列の最後尾にまた並ばないといけない。無責任と悪意そのものだ。こんなことをやっているのは、世界の中でいまどきロシアだけ。国の恥なのだ。文句を言えば、「お前は反ロだ」と言って食ってかかる。そうやって、ＡＳＥＡＮにもアフリカにも置いていかれる。係官は若くてソ連時代を知らないはずなのに、どうしてソ連時代のやり方が戻ってくるのか？　度し難い。このＤＮＡは。

そう思ってやっと成田に着いて、やれやれ清潔でカンフォタブルな日本の社会で疲れを癒そうと思ったら、たった２週間のうちに日本は随分薄汚くなってしまった。モスクワから追いかけてきたかのように、大雪が降りだし、池袋駅には昼間から路上生活者が多数避難している。そして、通路を行きかう人々もなぜか失業者風のくすんだ服装をしているように見え、立ち食いの駅ソバでもすすろうものならもう戦後のアメ横ムードだ。これなら、モスクワの新しいモールの方がはるかにきれいでモダン。来年もモスクワへ教えに（教わりに）行きたい。


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    <title>金持ちに子供手当てをやめ、その金で保育園増設を！</title>
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    <published>2010-03-15T11:57:25Z</published>
    <updated>2010-03-15T12:10:25Z</updated>
    
    <summary>4月から保育園に子供が入れるかどうか、今頃各家庭に知らせがいっているはずだ。 聞...</summary>
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        4月から保育園に子供が入れるかどうか、今頃各家庭に知らせがいっているはずだ。
聞く話では、これから子供を保育園に入れて働きに出ないと生活が成り立たないという家庭でさえ、杓子定規で断れているそうだ。「保育園が足りません。働いている母親優先です」なのだそうだ。
出生を奨励しておきながら、保育園が大量に足らないというこの不合理な現象は、民主党が子供手当てを出すというマニフェストを実践したのはいいが、金持ち家庭にまで配るという不可解な政策を取ったために、保育園増設のためのカネがなくなってしまったためだろう。
子供を保育園に入れてもらえなかった家庭は、ツウィッターででも政府に早急な対策を求めよう。

        
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    <title>核密約廃棄のあとの民主党は、どうやって皆の安全を保証してくれるつもりなのか？</title>
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    <published>2010-03-11T15:38:54Z</published>
    <updated>2010-03-11T16:00:08Z</updated>
    
    <summary>外務省の有識者委員会が9日、核密約についての報告書を提出したが、2週間前にも書い...</summary>
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        外務省の有識者委員会が9日、核密約についての報告書を提出したが、2週間前にも書いたように、密約があったとしてではこれからどうするのか、日本の周囲にまだゴマンとある、そしてこれからも増えてくる、米軍以外の核兵器に対して日本はどうやって「抑止力」を維持するのか、ということについての議論が国会、マスコミで見られないようなのはどうしたことだろう。

密約があった、それを隠していたことについて官僚に責任を負わせてそれで終わりなら、民主党は国の安全保障を考えていないと言われることになる。夏の参院選でわれわれは、我々の生活を守ろうともしない政党に投票しなければならないのか？　経済政策も人気取りに終始、子供を産めと言っていながら保育園さえちゃんと準備しておけない政党達に？

せめて「参院選が終わって新しい政権を作ったら、有事には核持ち込みを認める、または核ミサイル搭載の米原潜に常に東アジア水域を航海しておいてもらう方向で、日米協議を行う」くらいのことを表明してもらいたい。

核は撤廃の方向にある。だがそれはまだ端緒についたばかりで、核兵器は多分なくならない。日本も抑止力を持っていないと、いくら正論を吐いても、脅かされれば社会が分裂して屈することになりやすい。
        
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    <title>国債は、利子つきの回転税金だと思えば？</title>
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    <published>2010-02-21T14:39:12Z</published>
    <updated>2010-02-21T14:48:43Z</updated>
    
    <summary>ちょっと時間がないので、今考えていることをざっと書いておくと、みんな「国債は子孫...</summary>
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        <category term="経済" />
    
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        ちょっと時間がないので、今考えていることをざっと書いておくと、みんな「国債は子孫に借金を残すことになる」とか言って、バイキンマンのように汚らわしいことだと言っているが、本当にそうなのか？
国債は数年で返金されるではないか。みんな増税が嫌だから、政府は歳入が不足する。そこで政府は、国民が溜めこんだ金を銀行を通じて利子つきで数年借りて運用し、また返済する。

そこで景気が良くなって税収が増えれば、これは国民が政府の事業に融資をしたようなことになる。つまり政府の民営化のようなものであり、「税金に代わるものとしての国債」ということだ。

ギリシャなどで問題になっている債務問題と違って、日本の場合は国内だけで資金がぐるぐる回る。まだ回せるのでないか？　早すぎる増税論は景気を冷やす。

        
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    <title>核「密約」の先はどうなっているのか？</title>
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    <published>2010-02-21T14:22:25Z</published>
    <updated>2010-03-11T15:37:31Z</updated>
    
    <summary>今日本で問題になっているのは、1970年代初め沖縄の施政権が日本に返還された後も...</summary>
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        今日本で問題になっているのは、1970年代初め沖縄の施政権が日本に返還された後も米軍が沖縄基地に核兵器を持ち込むことを、日本政府が暗黙のうちに認めるという、「密約」が日米間にあったかなかったかということである。

日本は「核不拡散条約」に核兵器非保有国として入っているため、「核の傘」を米国に依存している。それなのに米軍が核兵器を日本に持ち込むことを公に認めていないのは、日本が唯一の被爆国だからだろう。だがソ連の圧倒的な通常兵力に脅かされていた欧州では、ドイツ、ベルギーなど核兵器非保有国に米軍の戦術核兵器がいくつも配備されている。

で問題は、「密約」があったとして、そのことを今の政府が公表したあと、どうするつもりなのか、ということだ。米軍の核兵器持ち込みをこれからは大っぴらに認めることとし、非核三原則を修正するのか、それとも米軍の核兵器持ち込みは一切認めず、核の傘は米軍の潜水艦積載の核ミサイルに全面依存するのか、そんなことで日本は核兵器面での抑止力を十分確保できるのか、ということである。この点が今、全然議論されていないのは奇異なことだ。

日本に届くミサイルを持っているのは、北朝鮮だけではない。中国の保有する核ミサイルについては十分な情報がないが、北朝鮮をはるかに上回る能力を持ち、日本に届き得る中距離ミサイルをいくつも持っているのは確実である。中国とは友愛、友愛で大いに友好関係を進めるべきだ。他方、抑止力も整備しておかないと、お人好し外交と言われるようになるだろう。
1980年代初期、西ドイツのシュミット首相は、アフガニスタンに侵攻したソ連とのよりを取り戻すべく努力しながら、他方ではソ連の中距離ミサイル配備に対抗して米国の中距離ミサイルを欧州に配備してもらうべく奔走していたのだ。




        
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    <title>この頃の日本の学生、ソ連人のようーーあるロシア人の述懐</title>
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    <published>2010-02-11T16:41:46Z</published>
    <updated>2010-02-11T16:56:46Z</updated>
    
    <summary>この間、もう１０年以上日本の大学で教えているロシア人の友達が言っていた。 「もう...</summary>
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        <category term="社会" />
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.japan-world-trends.com/ja/">
        この間、もう１０年以上日本の大学で教えているロシア人の友達が言っていた。

「もう何年前だったか、ある時モスクワで休みを過ごして帰ってくると、新しい学生たちはこれまでと変わっていた。それまでの学生はロシアのことに関心を持っていろいろ聞いてきたのだが、最近はロシアだけでなく外部のことにとんと関心がない。単位をもらうことだけに執心している。まるでソ連時代の労働者のようだ。」

村落共同体の風情が強く残り、誰でもみんな平等という気分の強い日本は、これまでもソ連に似ていると言われてきた。今度は無気力なところがソ連と似ている、というわけか。この野郎、と思う。だが僕が教えている大学のひとつも、彼の言うとおり。

どこかの年次で、日本人がかなり変わっている。それがゆとり教育のせいなのか、携帯電話が中高生に普及したためなのか。数年前まではインドなどに｢自分探し」に行く学生も多かったのに、今では大学３年から｢職探し」だそうで、そうするとやはり最近の不況が学生をクソ現実的にしているのかもしれない。

あれこれ考えているうちに、｢近頃の若者はなぜダメなのか」原田曜平(光文社新書）という本にぶちあたって、目からうろこの落ちる思いをした。携帯の中高生への普及が、かつての村社会をヴァーチュアルに再現し始めた、というのである。
でもこの本のこと、また別の機会に。
        
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    <title>中央アジア情勢(０９年１１月周辺）</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=965" title="中央アジア情勢(０９年１１月周辺）" />
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    <published>2010-02-11T16:32:15Z</published>
    <updated>2010-02-11T16:33:49Z</updated>
    
    <summary>１１月周辺の中央アジア情勢を簡単にまとめてみた。情報の出所は特に断りがない限り、...</summary>
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        １１月周辺の中央アジア情勢を簡単にまとめてみた。情報の出所は特に断りがない限り、インターネットで入手したロシア語、英語の記事である。

１．１１月の概観
（１）中央アジアの天然ガスをめぐる景色に変化――中国の本格参入、トルクメニスタンの立場の低下、ウズベキスタンからの対露天然ガス輸出がトルクメニスタンを上回る構え
（イ）１１月は、中央アジアでは大きな動きが少なかった。しかし１２月になると、トルクメニスタンから中国への天然ガス・パイプラインが開通したし、４月以来停止していたロシアへの天然ガス輸出も再開の運びとなった。但し、欧州での天然ガス需要が減少したことを受けて、２０１０年ロシアの輸入量は０９年契約量の約半分に減少、価格も２００８年契約価格の半分近く、千立米当たり２００ドル以下に下落する。
（ロ）これらを総合すると、一連の変化はトルクメニスタン政府にとって不利に作用したのではないかと思われる。「ロシアが中国に中央アジアの天然ガスを取られた」式の見方が横行しているが、世界全体で天然ガス市況が緩んでいる中で（米国における天然ガス生産が急増していることが主因）、ロシアの地位はもともと低下しつつあるのであり、トルクメニスタンとの関係においてはこれまで割高で引き取ってでも欧州への独占的ガス供給者の地位を維持しようとしてきた政策を止め、損失を限定しようとしたものと言えよう。結局は、欧州への直接の搬出路を持たないトルクメニスタンがいちばん割を食い、ロシア、中国双方に対するバーゲニング・パワーを大きく低下させたのである。
（ハ）そしてこれまではせいぜい自給に向けられていたウズベキスタンの石油・天然ガスの生産が増えて、来年あたりは対露輸出量でトルクメニスタンを凌ぐ勢いになった。ウズベキスタンは、ロシア資本も大々的に入れてこの数年、エネルギー資源の新規開発に励んできたのである。
（ニ）こうして、天然ガスをめぐる中央アジアとロシアの関係に、大きな変化が起ころうとしている。報道によれば（Stoletie.ru, Shustov）、ガスプロムは２０１０年、中央アジアからの天然ガス輸入を半減させることを画策している。２００８年には中央アジアから６６１億立米輸入したのを、２００９～１１年には３３０～３４０億立米、２０１２年には３７９億立米程度で収めようというのである。２０１０年、トルクメニスタンからは、２００７～０８年平均の４分の１にしかならない１０５億立米の輸入のみでとどめる（注：ロシアは最大３００億立米を輸入することをトルクメニスタンに約束したが、この「最大」にトリックが隠れているのかもしれない）。他方ロシアは、ウズベキスタンから２０１２年に１４５億立米の輸入を予定しているので、トルクメニスタンからの輸入を超えることになる。

（２）ウズベキスタン、「中央アジア電力網」から離脱
　（イ）１２月１日には、ウズベキスタンが中央アジア電力網から離脱した。ソ連時代から存在するこの電力網を使って、中央アジア５カ国はピーク時の電力の相互融通などを行っていたのだが、実際には電力不足に悩むタジキスタン、キルギスが無通告で消費を急増させ、隣国で停電を起こすなどの例が絶えなかったことが、ウズベキスタン離脱の背景にある。
今回ウズベキスタンの措置も、11月９日タジキスタンのヌレク水力発電所で事故が起き、中央アジア電力網からの取電を急増させたため、ウズベクからの送電を止めざるを得なくなったことがきっかけとなったようだ。トルクメニスタンは２００３年既に離脱しているそうだし、カザフスタンも離脱を検討しているようだ。
　（ロ）タジクはこれまで、南部で水力発電した電力をウズベク領経由で北部の工業地帯に送っていた。今、国内を直接送電できるよう、中国が送電線を建設中である。
（ハ）ウズベキスタン、カザフスタンが電力網から抜けると、キルギス、タジキスタン両国が電力不足に陥る。これを救うためには、世銀、ＡＤＢが提唱する、中央アジア・南アジア千メガワット構想（CASA）（キルギス、タジクの両国は水力資源が豊かなので、両国における水力発電を強化して、アフガニスタン、パキスタンにもその電力を輸出する）が有効だが、キルギス、タジクの両国におけるダム建設には、灌漑水を必要とする下流の農業国ウズベキスタン、カザフスタンが抵抗している。
日本は、中央アジアの団結を高めるようなインフラ案件にＯＤＡを出すことをその政策としているが、このように中央アジア諸国間に遠心力が作用している間はいろいろ難しい。

（３）中央アジアにおけるインターネット人口
中央アジアでももちろん、インターネットは使える。筆者がウズベキスタンに在勤していた頃は、回線が超のろくて閉口したし、ニュース・サイトはよく閉鎖の憂き目にあっていた。ソ連時代の頭でいる当局者にしてみれば、国民が情報に自由にアクセスできることなど、「とても考えられない」ことだったのだろう。でも今は、Ｅメールで自由にやり取りができる。
Vesti.uzというサイトがInternet World Statisticsを引用して報ずるところによると、中央アジアにおけるインターネット利用人口が500万人を超えた由。そのうちウズベクが247万人、カザフが230万人、キルギスが85万人、タジクが60万人、トルクメンが7.5万人で、普及度ではキルギス15.6％、カザフ14.9％、ウズベク8.9％となるのだそうだ。ちなみに、ロシアは4500万人強、32％の数字だそうで、実感と合う。ロシアではＳＮＳ、YouTube、ブログをはじめ、一般市民レベルでのインターネット感覚は日本と同じ、あるいはもっと進んでいる。

（４）死んだのか生きているのか、テロリストのユルダーシェフ
前月のメモでも書いたが、「ウズベキスタン・イスラム解放戦線」（ＩＭＵ）の指導者ユルダーシェフはパキスタンで最近政府軍に殺されたはずなのだが、ＩＭＵのスポークスマンはそれを否定したし、１１月末にはユルダーシェフの演説録音がカタールのマスコミにＥメールで届いたのだそうだ。そんなことすると、どこのコンピューターから送ったかすぐ足がつくが。ヤクザの跡目相続と同じで、親分にやたら死なれてもらっては困るものらしい。

（５）上海協力機構事務局長交代
２０１０年１月には上海協力機構の事務局（上海という名がついているのに、事務局はなぜか北京にある）長が代わる。任期通りの交代である。これまでの事務局長は前在京カザフスタン大使のボラット・ヌルガリエフ氏で日本も話をしやすかったが、新任の事務局長はキルギスの元外相Muratbek Imanaliev氏。
彼は１９５６年フルンゼ生まれで、モスクワ大学のアジア・アフリカ学科を中国語専攻で卒業した。キルギスの「アメリカ大学」で教授を務めたこともあり、英語ができる模様。９３～９６年には在中国大使、１９９６～９７年には大統領府国際部長、１９９１～９２年及び１９９７～０２年には外相、２００９年１～１０月には大統領補佐官を務めており、経歴に不足はない。

（６）集団安全保障条約機構（CSTO）をめぐる動き（１０月メモの追補）
（イ）１０月２日から１６日にかけカザフスタンで行われたＣＳＴＯの「即応展開軍」演習には、アルメニアが105人、キルギスが86人、タジクが３人、ベラルーシが２名（オブザーバー）、ロシア、カザフが1500人づつの兵員を参加させた。
　ウズベキスタンのカリモフ大統領は６月のＣＳＴＯ首脳会議で、「即応展開軍は外部からの脅威に対してのみ用いることとするべし。即応展開軍のうち外国の兵力は、自国には常駐しないこととするべし」との条件を付するよう求めたが容れられず、結局即応展開軍創設意図文書には署名するも、右軍自体には加わらないこととした。筋が取っている。
（ロ）CSTOは相変わらずNATOと同じ背丈に背伸びしたがって、「痲薬取り締まり等の問題での協力をNATOに申し入れた」（ボルジュジャ事務局長）。だがＮＡＴＯはＣＳＴＯを無視する姿勢を改めておらず、ボルジュジャ事務局長によれば「返事がない。こちらももうせっつくのはやめた」ということの由。

（７）ロシア・ベラルーシ・カザフスタン関税同盟発足へ（２０１０年１月）
　これまで延々と準備が進んできたロシア・ベラルーシ・カザフスタン関税同盟が、２０１０年１月にスタートする運びとなった。２０１１年央からは３国間の税関を撤去する。こうした国々は関税同盟のようなものを華々しくスタートさせても、裏口、例外、腐敗とあらゆるものがよってたかって合意をあってなきがごときのものにしがちである。だから筆者もこの関税同盟をこれまで真剣には調べてこなかった。加盟国のマスコミでも今やっと同盟発足のプラス・マイナスについての議論が始まったところだ。
ロシアにとっては昔のソ連を一部だけでもまた寄せ集めたことになり、その点プラスなのだろうが、ベラルーシ、カザフスタンにとってのメリットは何なのだろう？　ロシアの港に入荷するカザフスタン向け物資は、ロシアの税関が関税徴収を代行するのだろうが、そのカネは果たしてちゃんと徴収され、ちゃんとカザフ側へ送金されるのだろうか？
　そして報道によれば、統一関税率の９２％はロシアの関税率を採用したもので、カザフのより高いのだそうだ。このためカザフ人は、高くなる外国製品よりロシア製品を好むようになるという仕掛けなのだそうだ。例えば自動車について言えば、カザフはこれまで１０％の輸入関税しか課していないが、ロシアは３０～３５％をかけている。

（８）「ＮＩＳ清算銀行」発足？
ソ連の時代、東欧、モンゴル諸国は「コメコン」というぱっとしない経済組織にからめとられていた。口の悪い者は「不用品交換組織」などと呼んでいたのだが、このコメコンには「清算銀行」というのがあった。ＥＣＵのような計算単位「振替ルーブル」で、各国の間の貿易勘定を清算していたのである。
報道を見ていたら、１５年前、ＮＩＳにもこの清算銀行に似たNIS Interstate Bankが作られたのだそうだ。だがここは域内決済の１．５％しか扱っていない（０８年２２０億ルーブル）。しかもドルを仲介して、決済をしているそうだ。
従ってＮＩＳ諸国間の決済のほとんどは現在、西側の銀行を通じてドルかユーロの仲介で、１～２日かかって行われている。手数料は西側に落ちてしまう。
だから、NIS Interstate Bankを強化し、加盟国の通貨で直接決済ができるようにしたい、という声があるが、夢物語に過ぎない。

２．ウズベキスタン
（１）――ＥＵは、アフガニスタン治安強化のために対ウズベキスタン制裁を解除？
１０月２７日にＥＵがウズベキスタンへの制裁を解除し、兵器を供与できるようにしたことは、１０月情勢のメモに既に書いたが、なぜ兵器の供与が可能になったのかの意味について一つの憶測が出ている。それは、アフガニスタン北部にタリバンが浸透しないようウズベキスタンに戦わせるための兵器だ、いや、アフガニスタン北部に多数居住するウズベク族住民が自衛するための兵器だ、等々。そして、ドイツはアフガン北部のクンドゥースに軍を駐留させているので、その安全強化のためにも、ＥＵの先頭に立って今回の制裁解除を実現した、というのだ。
　あり得ないことではないが、ドイツはこれまでもＥＵの中では一貫して中央アジアでは最も積極的だった。１８世紀のロシア帝国、エカテリーナ大帝時代、彼女の故郷ドイツ方面からロシアのヴォルガ河沿岸に多数の農民が入植したのが、スターリンによって中央アジアに放逐され、ソ連崩壊後ドイツ本国に大量に帰還した。従ってＥＵ諸国の中でドイツは最も根を張った人脈を中央アジアに有しているし、９月１１日事件以降はウズベクのテルメス空港をクンドゥースへの物資補給中継基地として、軍人を駐留させているのである。

（２）ロシアは、ウズベクでの西側の動きに警戒的
　こうした欧米日の動きに、ロシアの一部は警戒の念を表明している。１１月１１日、ロシアの独立新聞はVictoria Panfilovaの論文を掲載,「EU、米、日はウズベクとの関係を再び強化することによって、ロシアに忠実でない第２の政治力センター（第１はカザフスタン）を中央アジアに作ろうとしている」と論じた。
ロシア戦略研究所のクルトフは、「ウズベクは、選択肢を増やしている。同国は、アンガルスクでロシアとカザフが計画しているウラン加工プラント建設プロジェクトに加わらないことを決めたが、ウランの件では日本をパートナーに選んだのだろう」とコメントしている。
日本の中央アジア政策は、日本国内でより、ロシア国内でよほど注目されているようだ。

３．カザフスタン
（１）対外借り入れ再開の構え
石油輸出のおかげでこの１０年、ＧＤＰを６倍（１９９８年２２１億ドル、０８年１２９８億ドル）にしたカザフスタンは、ロシア経済の風見鶏のような性格を持っている。ロシア経済の変化は、カザフスタンでまずその先ぶれがあることが多い。
シベリアに隣接するカザフスタン北部は工業地帯であるが（インド人のミッタルもカラガンダの製鉄所を所有している）、その技術基盤はソ連時代からのものである。従ってカザフスタンは、製造業が弱体な中でエネルギー資源輸出に過度の依存をしている面で、ロシア経済と酷似しているのである。
実際、サブプライム危機の余波がロシアに及んだのは０８年９月だったが、カザフスタンはその１年前から欧州での起債、借り入れに困難をきたしていたのである。そのため、銀行はこれまでの借り入れ返済ができなくなっただけでなく、国内の消費・建設・不動産にカネを回せなくなったため、カザフ経済は０７年秋には一気にしぼんでしまったのである。
だが原油価格が回復してきたのを背景に、カザフスタン政府は対外借り入れ再開の旗を振り始めた（「新世代」誌）。今回は、その点でロシアと時期を同じくしている。まず政府が５億ドルくらい借りて、民間へのベンチマークを設定するのだそうだ。現在民間銀行の対外債務は、破綻したBTA銀行、Alliance銀行を除外しても310億ドル以上あるそうで、道は遠い。
政府はイスラム債スクークの発行も検討し、民間がこれに続くように期待している。マレーシアなどが、中央アジアでも重みを持ってくるだろう（既にウズベキスタンなどで直接投資を行っている）。
なおカザフスタン政府は、国民には国債MAOKAMを売り出しているのだそうだ。

（２）カザフスタンの石油
「Ｅｘｐｅｒｔ　Ｋａｚａｋｈｓｔａｎ」誌第４５号に掲載されたＳ．スミルノフ論文によると、石油ガス部門（注：不正確な定義だが）はカザフスタンのＧＤＰの２１％、輸出では６４％を稼いでいるのだそうだ（９８年にはそれぞれ、１０％と３２％だった）。石油生産量が増えた上に、輸出価格が天井知らずだったのだから、ＧＤＰが１０年間で６倍になって不思議はない。
カザフスタンの石油部門についてはウィンブルドン現象が指摘され、これまで欧米系の企業に抑えられてきたが、最近数年、国営のカズムナイガス等が石油企業の株取得に努めている。また中国の石油・ガス企業がカザフスタンのエネルギー企業の株取得を強めていることも、最近の特徴である。カザフスタンの原油は主として黒海方面に積み出されるため、日本への輸入には向いておらず、JOGMEGがカシャガン油田開発に参加している程度である。

（３）その他の話題
　ナザルバエフ大統領は艶福家で正妻Saraの他に知っている女性が多数いる、という報道があった。タイガー・ウッズが自分から注意をそらすために流したガセネタか？　でも旧約聖書とコーランの双方で始祖扱いされているアブラハムも、正妻Saraの他に何人も面倒を見ていたというから問題はあるまい。
　別の話だが、ロシアでメドベジェフ大統領の下、組織犯罪対策が強化されているため、カザフスタン当局はロシアから暴力団の本部が移転してくることを心配し始めたそうだ。実際に、彼らの入国が増えているのだそうで。

４．キルギス
（１）内政
１１月には議会解散のうわさが出たが、何事もなかった。
他方、バキーエフ大統領の同族支配が強まっている。同時に反政府の人物が暗殺等危害を受ける例が増えているため、１２月には米国議会で非難の声が高まった。
バキーエフ大統領の弟Zhanyshと息子の一人Maratは、キルギスの秘密警察を握っている。もう１人の息子マクシムは国内の企業活動、投資を全てコントロール下に置けるポストについた。アカーエフ前大統領の場合も、同じようなプロセスから、利権争いが発生し、誰もアカーエフ本人を助けなくなって崩壊した由。

（２）ロシア、カザフからの送金（出稼ぎ者からの）減少
第１次産業、第２次産業ともに弱いキルギスでは、ロシア、カザフスタンへの出稼ぎ者から送ってくる金は、ＧＤＰ（２００８年で５０億ドル、ＩＭＦ）の半分近くに相当する重要なものである。だがロシア、カザフ両国とも経済困難にあるため、０９年１～９月の送金額は約13億ドルで（当局が把握した部分のみ）、昨年同期より47％減少している。

５．タジキスタン
（１）９０年代タジク内乱解決は、アフガニスタンの参考になる？
Foreign Affairs誌１１月号は、テキサス大学のジョージ・ガブリリスの「アフガン解決の見本はタジクだ」とする論文を掲載した。
タジキスタンはソ連崩壊後の利権争いが原因で全国を巻き込む内乱となったのだが（それを鎮めるための国連監視団に加わった秋野豊政務官が殺されている）、内乱疲れが見えてきた頃３年間、イラン、ロシア、ウズベクを中心とした交渉が８回も行われ、反乱側にも政府での要職を与えることで停戦が成立した。地方有力者達はソ連時代にも地元の利権を差配し、内乱時代には野戦司令官になっていたのだが、彼らにも公職が与えられた。アフガンへ逃げた6千名の過激派は、タジクに駐留するロシアの第２０１師団と国境警備隊が防いだ。
確かに全体の方向としては、タジキスタンの内乱収拾は現在のアフガニスタンに参考になる。但し、アフガニスタンの場合、外部のアル・カイーダ勢力の扱いが問題なのであって、９０年代のタジク情勢とは基本的に異なる。またアフガニスタンのパシュトゥン族を政府に入れることで鎮撫しようとする試みは何度も行われてきたが、パシュトゥンは一つにまとまらないので、彼らを相手に交渉することはおそらく不可能に近いという問題がある。

（２）浸透する中国の経済援助
６月の上海協力機構首脳会議で、中国は中央アジアに100億ドルの救済融資を行うことを明らかにしたが、タジキスタン政府はこのうち30億ドル程度でダム等を作ってもらうべく画策中である。11月中旬、ドシャンベでは中国との投資フォーラムが開かれている。報道によれば、融資は中国の６の銀行から与えられており、電力、道路等地域インフラ建設がその重点である。
タジク投資・資産委員会によればタジクへの直接投資額は7.6億ドルだが、うち10％は中国からのもの。０９年１～９月、中国との貿易は対前年比42.9％増え、4.5億ドルに達した（全貿易の17.8％）。
２００５年、中国は中央アジア諸国に９億ドルの輸出信用を供与すると表明したが、タジクはこのうち６億ドルを使い、Lolazor-Hatlon高圧線、南北高圧線、ドシャンベ－ハナク自動車道修理・建設、Shar-Sharトンネル建設を実現した。これらは中国の建設企業、中国人労務者、中国の資材によるもので、中国が外国で公共投資を行っているようなものだ。
２００９年６月、タジクは中国と４の協定に署名し、10億ドル以上で工業、電力、運輸、通信面での案件を手掛けることになった。こうして中国はこの５年で20億ドルの融資をタジクに約束、この面でロシアを抜いた。

（３）ロシア、タジクのウランに再び乗り出す？
ソ連時代、タジキスタンはウラン鉱石の主要な産地だった。第二の都市ホジェント（ソ連時代のレニナバード）にはロシアからの鉄道が入っているが、これはウラン鉱石運搬に使われていた。中央アジア諸国はウランの宝庫と目されるが、地質資料等はソ連時代に集められたまま、地元ではなくモスクワに眠っている。
１１月、ロスアトムはタジクでのウラン新規開発を支援する用意がある旨表明した。新規ウラン鉱床はパミール高原、東部のRasht、西部のヒサル州にあるものと思われているが、近寄りにくく調査もされていない。

６．トルクメニスタン
（１）ロシアへの天然ガス輸出再開――しかしトルクメニスタンの収入激減
４月以来止まっているロシアへの天然ガス輸出の再開は、トルクメニスタンにとって１１月の最大の課題だったろう。１１月２９日、ベルディムハメドフ大統領は訪ロして、モスクワ北の保養地ザビードヴォでメドベジェフ大統領と会談（これは最高度のもてなしを示す）したが、それでも輸出価格について合意に達することはできなかった。ガスプロムのミルレル会長はトルクメニスタンについては匙を投げ、「政府レベルで話し合ってほしい」ということを確か９月に言っている。
トルクメニスタンの首脳にとっては、ガスプロムは独立した会社なのだというような説明は意味を持たず、重要事は相手国の最高首脳と話し合わないとだめだと思いこんでいるのだろう。ソ連時代、中央と地方の間の経済問題は最後は共産党トップの調整に持ち込まれた構図が今でも残っている。
その後１２月２２日、アシハバードを訪問したメドベジェフ大統領は、ベルディムハメドフ大統領と本件についてやっと合意に達した。２０１０年１月にロシアは輸入を再開、年間最大３００億立米を引き取ることとし（ここは表面上、トルクメニスタンへの譲歩）、１月の価格は千立米１９５ドルとする由（インターファックス）。２００９年は５００億立米をロシアに輸出する契約になっており、価格は３００ドル前後と推定されていたから、トルクメニスタンの収入は激減し、もともとロシアへのあて馬として引き込んだ中国に対する依存度が高まってしまう。トルクメニスタンはロシアの足元を見過ぎ、世界における天然ガス需要地図変化の速さに追いつけずに割を食った。

（２）トルクメニスタンの民主化？
欧米諸国はこの数年、トルクメニスタンの天然ガスが欲しいこともあって、「ベルディムハメドフ政権はニヤゾフ前政権に比べて『民主化』を進めている」と囃してきた。だがトルクメニスタンは最近、なぜか外国の私立大学への留学を突如禁じたりして、その体質にあまり変化がないことが露わになりつつある。
それでも、欧米諸国はトルクメニスタンへの批判的姿勢は取るまい。天然ガスが欲しいだけでなく、アフガニスタンでの作戦にはトルクメニスタンの協力も必要だからだ（米国、ＮＡＴＯの軍用機がトルクメニスタンの上空を通過することが多い）。例えば、米国は静かに（トルクメニスタンは永世中立国だから）トルクメニスタンの国境硝所の設備改善を支援しているとの報道があった。対イラン国境方面は2006年、対アフガン国境は07年、対ウズベク国境は０９年に（０９，１０）改修された由。これは、アフガニスタンの麻薬がトルクメニスタンに流入するのを防ぐ意味合いもある。



        
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    <title>ある冬の朝の情景</title>
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    <published>2010-02-11T16:18:34Z</published>
    <updated>2010-02-11T16:27:23Z</updated>
    
    <summary>ただの断片。 これまで月曜日の朝９時から大学で講義という、殺人的なことをやらされ...</summary>
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        ただの断片。
これまで月曜日の朝９時から大学で講義という、殺人的なことをやらされていたのだが、それも終わった１月のある日、大学のある八王子から四谷まで急行でかけつけ、かけそばの一杯を食した駅前の交差点で解放感にふけるひと時。

ーーー四谷、ベルサイユ調の迎賓館前、大通り。ヨーロッパ風。
真っ青に冴えわたる冬の空。宣伝カーが大声で、迎賓館の彼方へと去っていく。
「・・・は、天からキリストをつかわされましたーーー」

ああ、そうですか

        
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    <title>犬も吠える自由を求める</title>
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    <published>2010-01-31T15:55:53Z</published>
    <updated>2010-01-31T16:04:21Z</updated>
    
    <summary>インターネットを読んでいたら、こんなジョークがあって思わずにやり。 ウクライナと...</summary>
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        インターネットを読んでいたら、こんなジョークがあって思わずにやり。
ウクライナというと、旧ソ連の一部でロシアと並んで最重要部だったのだが、独立後の経済は思わしくない。

そこである日、犬がウクライナからロシア領へ移っていったのだそうだ。国境警備兵がなぜだと聞くと犬は、「ウクライナ経済ひどくて、食えないから」と答えた。

それから数週間たって、今度は同じ犬がロシアからウクライナ領へ帰っていくのが目撃された。国境警備兵がなぜだと聞くと犬は、「それでもウクライナなら、吠えてもいいからな」。

（このジョークの意味するところは、ユシェンコ大統領の時代ウクライナは、経済はだめだが、言論の自由だけはある、ということ。なに、ロシア？　まあ、このジョークほどにはひどくないですが。
        
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    <title>１月２８日のファミレスは学生で満員――なぜ？</title>
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    <published>2010-01-31T15:47:51Z</published>
    <updated>2010-01-31T15:53:37Z</updated>
    
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        １月２８日は多摩大学のグローバル・スタディーズ学部で最後の授業をやったのだが（できてまだ３年の新しい学部で、英語で授業をするのが売り物）、湘南台の駅前のGUSTOで昼飯でも食べようと思って入ると、なかは満員。それがどうも、男女の高校生のようなのだ。
不景気だと言われるが、昨年年末の居酒屋は満員だったし、ここは高校生で満員だ。だから結構人は金を使っていて、不景気、不景気という掛け声の方がおかしいのかも。

それにしても、１月２８日は高校生がファミレスでたむろする、何か特別の理由があったのでしょうか？

        
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    <title>電車の席がせせこましい</title>
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    <published>2010-01-31T15:40:47Z</published>
    <updated>2010-01-31T15:47:13Z</updated>
    
    <summary>歳を取ると文句ばかり言うようになるが、そのひとつ。 通勤電車の席、どうしてこの頃...</summary>
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        歳を取ると文句ばかり言うようになるが、そのひとつ。
通勤電車の席、どうしてこの頃、あんなにせせこましく区切るんだ？！　皆がこちらに尻を向けてはすごい勢いで座席に「着陸」すると同時に、こちらは肘鉄を食う。座席の区切りが狭すぎるからだ。
昔は区切りなどなく、混んでる時は皆くっついて座ったが、すいてる時はゆったり座れたのに。
通勤電車の座席についてる区切りはとって、みな真っ平らに直してほしい！
        
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    <title>レオニードが亡くなった――日露文化交流を支えてくれた人たち</title>
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    <published>2010-01-23T14:47:30Z</published>
    <updated>2010-01-23T15:04:47Z</updated>
    
    <summary>僕は９１年から９４年、激動のロシアで、大使館の広報と文化交流を担当していた。 あ...</summary>
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        僕は９１年から９４年、激動のロシアで、大使館の広報と文化交流を担当していた。
あの頃からもう２０年、信じられない。そして世話になった、正直で気のいいロシア人たちが一人、また一人と亡くなっていく。さびしいことだ。日本経済研究では第一人者だったラムゼス氏、大学の日本語教育を支えたストリジャク氏、マエフスキー氏、そして今度はレオニードだ。

日本人の母とロシア軍人の間に生まれたレオニード。会ったことのない母親を探しに日本にまで行ったことがある。戦争が残した日系人は、ロシアにも実は沢山いるのだ。彼は日本人特有の正直な人柄だったが、ロシアの社会のウラとコネも知り尽くし、その使い方がうまかった。大使館から日本人形やビデオや写真パネルを借りて、ロシアの奥の奥地にまで汽車や車ででかけては、日本、日本文化をロシア人に紹介してくれていた。もう２０年間も。彼がほとんど手作りでやった展示会は、もう１００万人以上ものロシア人が見ただろう。

年末に新型インフルにかかって、それでも元気にしていたのに、使っていた肝臓の薬で免疫力が落ちていたとかで、６０歳くらいで突然亡くなってしまった。こういう時、残された子供の教育費を見てあげられたら。

        
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    <title>少子化対策担当大臣、福島さん</title>
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    <published>2010-01-05T14:46:19Z</published>
    <updated>2010-01-05T14:46:49Z</updated>
    
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    <title>少子化対策担当大臣、福島さん、保育園不足対策は？</title>
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        新年早々、福島瑞穂少子化対策担当大臣の記者会見があったので、今全国で深刻な問題になっている保育園不足対策でも発表するのかと思ったら、自分の党が掲げる安保政策のことばかり。
保育園不足は規制緩和だけではだめで、財源不足の地方自治体に中央政府がもっと補助金をつけなければ動かないことだと思うのだが、昨年末のあの予算組み換え騒ぎでこのことは何か議論されたのだろうか？

保育園増設は、所管の厚生労働省、幼稚園を所管する文部科学省、地方自治体、予算を握る財務省がからむ問題だが、この複雑な方程式を解いて解を出すのは、少子化対策大臣の仕事ではないか？　保育園は、福島大臣が担当する「男女共同参画」の基礎でもある。

出産を奨励するだけで、あとは女性を家庭にしばりつけて子供の面倒を見させるだけでいい、まさかそういう風に彼女が考えているとは思えないが、この問題についてこそ福島大臣に記者会見を求めたい。それとも、社民党は女性票を軽視しているのか？
        
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    <title>ハイパー・インフレがソ連で囁かれるようになったのは、実際の２年前</title>
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    <published>2009-12-28T16:16:38Z</published>
    <updated>2009-12-28T16:38:14Z</updated>
    
    <summary>（今、年末の大掃除で机の上のメモを整理中。それでアップロードが増えています） ソ...</summary>
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        <![CDATA[（今、年末の大掃除で机の上のメモを整理中。それでアップロードが増えています）
ソ連はすべての価格を国で決めていた。牛乳、肉など手厚い政府補助金で、低めに維持していたのである。それが石油価格の低下で財政が赤字に陥り、価格補助金を維持できなくなった時、先日亡くなったガイダール首相代行が１９９２年１月に国定価格を一気に廃止したのだ。価格はそれからの２年間で６０倍に跳ね上がった。ハイパー・インフレである。

それは本当に見ていられない、可哀そうな光景だった。年とった人たちが、マイナス１０度以下の寒天に並んで、靴下などの不用品を手にぶらさげて売っていたのだ。
（熊野洋「遥かなる大地」草思社より　<a href="http://">http://www.amazon.co.jp/%E9%81%99%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%8B%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E2%80%95%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%88%E7%AC%AC1%E9%83%A8%E3%80%89-%E7%86%8A%E9%87%8E-%E6%B4%8B/dp/4794211481/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1262017349&sr=1-1</a>）

だが、「ハイパー・インフレがやってくる。ハイパー・インフレしかない」という言葉は、もうその１年前の学会で囁かれていたのだ。ソ連という計画経済社会は、企業でさえ現金・銀行預金を自由に使えない社会だった。利益はすべて上に吸い上げられて、赤字の企業救済に回されていたのだ。

ところが経済活性化を進めるゴルバチョフは、確か１９８８年頃だと記憶するが、「協同組合」形式で計画経済に服さない、一種の民営企業を設立することを認めたのだ。これで国営大企業の社長達は、裏金作りにこの「協同組合」を利用し始める。協同組合を夫人に作らせては、ここに大企業の製品を安く卸し、高く売らせて差額を着服したのである。このことと、労働者の賃金が野放図に上げられたこと（他の企業に移るのを防ぐためだった）で、極力市場から遠ざけられていた現金が、市民のタンスにあふれるようになり、これで経済学者達は、「このままではハイパー・インフレがやってくる。ハイパー・インフレになるしかない」と囁くにいたったのである。

国債が積み上がる日本の現状は、当時のソ連とはまた一味違うが、かなりのインフレへの危険は秘めている。僕はまだ大丈夫だと思っているが、津波と同じでどうなるかわかったものでない。]]>
        
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